23. 数字上の成功と消えない痛み
「それでは、改めて今回のライブにおける最終的な収支報告を行います」
冒険者ギルド『獅子の牙』の会議室。
セレイナが書類をトントンと揃え、静かな声で説明を始めた。
「今回のイベントは動員数、グッズ売上ともに予想を大きく上回りました。会場の規模をかなり広げたにもかかわらず、チケットはほぼ完売。売上を分配した上でRE:Genesisと『獅子の牙』には十分すぎる利益が入ってきます」
セレイナが魔導端末を操作して情報を投影すると、明確な黒字を示す数字がズラリと並んでいる。タケルはそれを、どこか複雑そうに眺めていた。
「これで『オフィスYMD』が抱えていた借金は全額返済が可能となりました。手続き代行は私たちギルドが請け負っているので、順次対応を行います」
「そんなに上手くいくなんて、今でも信じられません……。借金返済の足しになればいいな、くらいに思ってたのに……」
「事務所の当面の運転資金を含めても、まとまったお金が残る計算です。ヤマダさんの手術費用および今後の通院費も問題ない認識ですが、合っていますね?」
「はい、これなら僕が治療と通院に専念しても何も心配ありません」
ビジネス面では完璧と言ってもいい。借金に苦しむ事務所を救う手段として、数字の上ではこれ以上ない結果だった。
「タケルさん、そして『獅子の牙』のみなさん。この度は、お力添えいただいて……本当にありがとうございました……!」
机の向かい側で、ヤマダとナカタが深々と頭を下げる。
「おかげで事務所を守れて、僕の命も助かりました! このご恩は生涯忘れません!」
「……お礼なんて、言わないでください。全部やりきれたわけじゃないですから」
「そんなことはありません。お金の面でも、僕の身体の面でも、タケルさんには奇跡のような救いをいただきました。それは紛れもない事実です」
そう言ったあと、ヤマダは寂しげに目を伏せる。
その顔には命が助かった喜び以上に、悲しみが刻まれていた。
「ですが、それだけに申し訳なくて……。僕はミウちゃんの夢を応援したくて、ここまでやってきました。あの子の笑顔が、あの子の輝く姿が好きで、なんとかしてあげたくて……。なのに……」
ヤマダの声が、微かに震えていく。
「僕の至らなさのせいで、あの子に無理をさせて……挙げ句、タケルさんたちにまでご迷惑をおかけして……。結果としてミウちゃんの夢を奪い、休業に追い込んでしまった……」
「そんな、ヤマダさんのせいじゃ……」
「……みんな一生懸命だったんです」
タケルの言葉を静かに遮り、ヤマダは力なく首を横に振った。
「タケルさんは、全力で知恵を絞ってくださった。ミウちゃんも、ファンや事務所のために精一杯歌って踊ってくれた。誰も悪いことなんてしていないのに……どうして、こうなってしまったんでしょうね……」
「……」
その問いに、タケルは答えを持っていなかった。
もし対立する誰かが原因だとしたら、全員で対策して立ち向かえばいい話だ。でも今回は違う。みんながそれぞれにできる努力をして、いいライブにしようと取り組んでいた。
けれど。ミウの「アイドルになりたい」という夢は、傷を負ってしまった。悪意を持った誰かが、そう仕向けたわけでもないのに。
「……まぁまぁ、社長! ミウちゃんなら大丈夫ですよぉ。そんな暗い顔しなくたって、心配いりません!」
ナカタはそう言いながら、ポンポンとヤマダの背中を叩く。
それまでの会議室の空気とは全く違う、異様に明るい声。
「あんなに真面目でいい子なんですよ? 休業しても、ちゃんと幸せになれるに決まってるじゃないですか! むしろ、あの子が幸せになれなかったら私が許さんっていうか。それに若くて未来があるから、チャンスだってたくさんあります!」
必死に、言葉を続けていく。
そうしないと耐えられないように。
「落ち込んだりしないで、『オフィスYMD』は超元気! ってとこ見せなきゃ、大丈夫かな~ってミウちゃん心配しますよ? 案外あっさり、またアイドルがしたいって相談に来てくれるかもしれませんし、だから……だから……」
まくしたてていた早口が、ふいに止まった。
堪えきれなくなった涙が溢れ出す。
「だか、ら……うっ、うああっ……」
ミウと共に過ごしてきた五年間。なのに、彼女のためにできたことが何もなかった。その無力感にナカタは打ちのめされていた。
沈黙が、会議室を重く支配する。
腕を組んで聞いていたガルドも、眼鏡を押し上げたセレイナも、かける言葉を見つけられずにいた。
コンコン、ガチャッ。
「あ、いた! タケルくん!」
ノックに返事をする間もなく入ってきたのはティアだった。暗い雰囲気などお構いなしの足取りで、真っ直ぐにタケルのもとへと駆け寄ってくる。
「ティアちゃん? ごめん。打ち合わせ中だから、また後で──」
「あのね、大事な話があるの!」
タケルが戸惑う中、ティアは大きく息を吸い込んで問いかけた。
「アイドルやるには、どうしたらいいの!?」
「……え?」
タケルだけでなく、その場にいた全員が驚いて固まった。
かつて、ごっこ遊びの延長でステージに乱入してきた子供。
そんなティアが初めて、真剣な眼差しで教えを求めてきたのだ。
「ミウちゃんと一緒にステージで歌って、すっごく楽しかったの! だから……ティア、本気でアイドルになりたいの!」




