22. 背負う重さは二人で分かち合って
「……俺、何やってたんだろうな」
辺りはすっかり寝静まった、夜のひだまり荘。
薄暗い六畳一間の部屋で、タケルはちゃぶ台に肘をついてぼんやりと宙を見ていた。
コラボライブから数日経ったが、ミウの姿が頭に焼き付いて離れない。「自分にキラキラなんてなかった」と涙を流して崩れ落ちた、あの姿が。
「助けるつもりだったのに……。アドバイザーとして関わって、借金を返すきっかけを作って、ミウさんを応援するつもりだったのに……」
鋭い自責の念がタケルの胸を抉る。
今まではどんな無理難題も機転や情熱、力技で良い方向へと導いてきた。どこかで過信していたのかもしれない。RE:Genesisのプロデューサーである自分なら、関わったみんなを救えるはずだと。
「俺が余計なことをしなければ……。あんな企画なんてしなければ、ミウさんはファンのみんなと一緒に、楽しくアイドルを続けられたんじゃないのか……?」
ミウの五年間は確かに赤字で、停滞していたかもしれない。
だけど、あの小さな広場にはファンの温もりとささやかな幸せがあった。
良かれと思って、そこに土足で踏み入ってプロデュースを仕掛けた結果。彼女の心をへし折り、休業へと追い詰めてしまったのではないか。
「俺が、ミウさんの居場所を壊したんだ……」
溢れ出てしまった弱音。
自分の不甲斐なさと無力感に、タケルは深く目を閉じた。
バチンッ!!
「ぶぐっ!?」
突如、後頭部に凄まじい衝撃が走り、タケルの顔面がちゃぶ台に激突した。
鼻を打った痛みで涙目になりながら顔を起こすと、手を振り抜いた姿勢のヴァルガンが立っていた。
「いってぇ……! 何すんだよヴァルガン! いきなり殴るなよ!」
「思い上がるな、タケル」
ヴァルガンは威圧感たっぷりにタケルを見下ろしていた。
その目に宿っているのは呆れと怒り。
「貴様は神になったつもりか? 己の手が届く者すべてを、幸せに導けるとでも自負していたのか?」
「それは……」
「何もかも救えるなどと考えるとは。身の程を弁えぬ、愚か者め」
冷たく、重い言葉。タケルは何も返せなかった。
「かつて我が世界を統べていた頃、無数の配下がいた。絶対的な王として望むものはすべて力で奪い、支配してきた」
ヴァルガンは部屋の壁際へ歩くと、薄暗い窓の外──ルミナ・シティの夜景を見つめながら、静かに語り始めた。王であった頃の記憶を。
「だがな、タケル。我に世界を揺るがすほどの力があろうと、死ぬ者はいた。我が与えた任務の途中で命を落とす者も、破滅する者も、いくらでもな」
「……」
「王たる我が力でも、すべてを救うなど不可能なのだ。他者の人生に関わるということは……その者の挫折や敗北の可能性も引き受けるということなのだぞ」
ヴァルガンは振り向き、タケルを真っ直ぐに見据えた。
「あの小娘は己の限界を知り、自ら引き返す道を選んだのだと理解しているな」
「……それは、そうだ。ミウさんが選んだことだ」
「だというのに、貴様が『俺のせいだ』などと身勝手に悲劇の主人公を気取るのは、あやつに対する侮辱と同じであろう」
ミウは、自分の意志でマイクを置いたのだ。眩しいステージから降りて、ファンに感謝を伝え、休業を決めたのだから。己の不遜さを恥じ、タケルは俯く。
「……俺は、慢心してたんだな。ヴァルガンの相棒として、プロデューサーとして、なんでも上手くやれるって……」
「フン。元より貴様はただの脆弱な人間だ。完璧さなど期待しておらん」
ヴァルガンは鼻を鳴らし、ズカズカとタケルの目の前まで戻ってくると、ちゃぶ台を挟んでドカリとあぐらをかいた。
「だが、これで理解したであろう。頂点を目指すということは、辛さも苦さも常に引き連れて歩むということだ」
「……ああ」
光が強くなれば、その分だけ影も濃くなる。プロデュースするアイドルが輝けば輝くほど──才能のなさに絶望し、舞台を降りていく者が現れる。
みんなが笑顔になるだけの、おめでたいハッピーエンドばかりではない。トップへの道は、諦めていった者たちの屍を越えて進む道でもある。
「上を目指すって、想像以上に重いんだな……」
「何を今更怯えている。その重さから逃げ出すつもりか?」
「……俺は、お前とトップに立つって約束した。ステラを超えるくらいの存在になるって決めたんだ! ここで立ち止まるわけにはいかないだろ!」
「うむ。それでこそ我が相棒だ」
ヴァルガンの口元に、満足げな笑みが浮かんだ。
魔王は大きな手を伸ばすと、タケルの頭をガシガシと乱暴に撫で回す。
「これからの道中、我らに敗れ去る者や挫ける者がいくらでも現れるだろう。だが、その重さを貴様一人で抱え込む必要などない」
「え……?」
「なんのために我が貴様の『相棒』として、隣に立っていると思っている」
ヴァルガンはタケルを見つめながら、力強く己の胸を叩いた。
「苦痛も悲哀も分かち合えばよい。一人で背負えぬなら、我に預けよ。すべてを飲み込んで糧としてやる。我と貴様で、共に頂へと登るのだ。……違うか?」
そうだ。自分は一人でプロデュースしているわけじゃない。
規格外で傍若無人で、誰よりも誇り高い魔王と一緒に、同じ景色を目指して走っているのだ。ミウの挫折も、自分たちが引き受けるべき「プロとしての重み」だとわかった上で前に進むしかない。
「……ああ。そうだな! 俺らで全部背負って、頂点まで突っ走ってやろうぜ!」
タケルは袖でぐっと目を擦り、涙を拭う。
その瞳に、迷いや自責の陰りはもうなかった。




