20. 履けるはずがなかったガラスの靴
「待ってください、ミウさん! ライブは盛り上がって、大成功だったじゃないですか。なのに、なんで……」
タケルは動揺を隠せないまま、聞き返していた。最高のフィナーレを迎えたのに、どうして。
俯いたまま、ミウは静かに首を横に振った。
「今日のライブで、あたしができたことは何もないんです。ヴァルガンさんと、ティアちゃんがいたから、上手くいっただけ……」
「そんなことないですよ。だって、みんなミウさんのことも応援して──」
「……タケルさん、袖から見えてましたか? サイリウムの光。あたしのピンクを振っていたのは、いつも来てくれる常連さんだけでした」
「っ……」
タケルは言葉に詰まる。それが事実だと気付いていたからだ。
会場で振られていたのは、ほとんどがヴァルガンの赤かティアの黄色。ミウのピンクを振っていた人は、全体のごく僅かでしかない。
「……大丈夫ですよ! そんなこと言ったら、俺たちなんて雨の中で観客ゼロからスタートしてますし。これがきっかけで広がるかもしれないじゃないですか」
「わかるんです。あたしがソロでやったら、きっといつものファンしかいないって。このライブであたしに興味を持ってくれた人は、いないんだろうって……」
「その結果が出るのはこれからですよ。ミウさんのソロ曲も披露して、お客さんも楽しんでくれてたんですから」
今からネガティブに捉える必要はないと、タケルは返した。なんの根拠も保証もない慰めでしかないと、自覚しながら。
だが、ミウは自嘲するような笑みを浮かべる。
「……ヴァルガンさんやティアちゃんの時は、みんな心から盛り上がってた。でも、あたしの時は『合わせてくれてた』だけなんです」
「……」
「あの子も頑張ってるから、声をかけてあげよう。そう気を遣ってくれてるのが、伝わってきました……」
「そ、それは……ちょっと考えすぎなだけですよ! またやってみたら、印象が違うかもしれません! だから、その……」
「タケル」
必死にフォローしようとするタケルの肩に、ヴァルガンの手が置かれた。
もうやめろ、と止めるように。
「そんな言葉に意味などあるまい」
「……」
「話すがよい、小娘。なぜそう思ったのか、貴様の本心をな」
ミウは溢れ出る涙を拭おうともせず、掠れた声で胸の内を吐き出し始めた。
「……みなさんと一緒にステージに立って、わかったんです。あたしには、キラキラなんて……最初からどこにもなかったんだって……」
「……」
「ヴァルガンさんには、自分の世界にみんなを巻き込むパワーがあって……。ティアちゃんには、みんなを惹きつける魅力があって……。でも、あたしは……」
途切れ途切れの声。床に落ちた涙は、小さな水溜まりになっていく。
「ずっと、信じてました。人が集まらなくても、大きなステージに立てなくても……諦めずに頑張れば、あたしにも本物の魔法がかかるんじゃないかって」
いつか報われるはずだと、応援してくれるファンのみんなと一緒に歩いてきた。ひたむきに努力を重ねてきた五年という月日。
「でも、違った……。素敵なお姫様になれると思って、あたしはずっと……合わないガラスの靴で、無理やり踊り続けていただけ……」
痛みに耐え、血を流しながら、いつか足に馴染む日を夢見ていた。
けれど、ガラスの靴は選ばれた存在にしか履けない。
「一番、辛いのは……あたしを信じて、ずっと応援してくれたファンのみんなに……『ミウちゃんは凄いアイドルなんだよ』って、胸を張らせてあげられなかったこと……」
ミウは涙で濡れた顔を上げ、震える声で続ける。
ヴァルガンは無言で彼女を見下ろし、タケルは喉の奥が締め付けられるような痛みを覚えていた。
「みんなは、笑顔で『ミウちゃんが一番だよ』って言ってくれて! だから、『ミウちゃんを応援してよかった』って、その気持ちに応えてあげたかった……!」
しかし、今日証明されたのは。
ミウには彼らの想いに応える才能がないという現実。
「あたしには何もない……! みんなの優しさに、みんなの応援に……何も返してあげられない……。ごめんなさい、ごめんなさい……!」
子供のように声を上げて泣きじゃくるミウ。
タケルは何か言わなければと口を開く。
「ミウさん……」
大丈夫、心配することないよ。
ちょっと人と比べて落ち込んでるだけ。
立派なアイドルとして輝いているじゃないか。
「そんなこと……」
頑張っていれば夢は叶う。
ミウさんにだって素晴らしいものがある。
これからもファンのために活動を続けよう。
「……」
優しい励ましは、どれも音にならないまま消えてしまった。
プロデューサーとして、これまで数々のピンチを乗り越えてきた。
どんな逆境でも前を向いてヴァルガンを導き、周囲を巻き込んできた。
なのに、目の前で泣き崩れるミウに一言声をかけることすらできない。
タケルはミウと出会ってから一度も。
彼女の歌やダンスを「上手い」と褒めたことがないから。
プロとしての目で、リスナーとしての見識で。彼女のパフォーマンスが万年下積みの域を出ていないことを、誰よりも理解していた。
だからこそ、慰める言葉が出てこない。「君には才能がある」なんて気休めの嘘の残酷さを、タケルは知っている。
「ぐすっ、ああっ……」
むしろ、もの凄く下手な方が救いがあったかもしれない。歌やダンスが下手すぎてネタになれば、それはそれで新しい話題を生む。
彼女の歩もうとしていた王道とは違う、イロモノアイドル路線になってしまうだろう。それでも、「今話題の歌が音痴すぎるアイドル!」といった形で取り上げられるチャンスになる。
ミウは極端に下手でもない。上手くもない。真面目に練習をした上で、程々にできていて、特徴と言い切れるほど目立つものはない。
五年間。印象に残らず、誰も足を止めない程度のもの。
「うっ、ううっ……ごめん、なさい……」
床に膝をついて泣き続ける少女を、タケルは何も言えずただ見つめていた。




