18. 熱狂のステージと、影から放たれた一閃
ついに迎えたライブ当日。騎士団の第三演習場こと特設会場は、開場と同時に押し寄せた大勢の観客で埋め尽くされ、はち切れんばかりの熱気に包まれていた。会場のあちこちから興奮混じりの雑談が飛び交う。
「今日、めちゃくちゃ人が入ってんなー」
「前のRE:Genesisライブより、一気に会場大きくなったもんな」
「あれだろ? あちこち乱入してた謎の美少女アイドルも出るとか!」
「はー、ミウちゃんがこんな大きなステージで歌うなんて……感無量だな」
RE:Genesisのパフォーマンスを期待するファン。噂の新人を一目見ようと訪れた好奇心旺盛な新規層。ミウを長年支え続けてきた常連ファンたち。客層は様々で、誰もが色とりどりのサイリウムや応援グッズを握りしめている。
『大変お待たせしました。これより、RE:Genesisコラボライブを開演いたします』
セレイナのアナウンスが響き渡ると同時に、客席から大歓声が沸き起こった。
『待たせたな貴様らッ! 今日も我の新曲を味わうがよいッ!』
トップバッターとしてステージに躍り出たのはヴァルガン。
今日は新曲『RE:vel Fiesta』のお披露目。カッコよさとセクシーさを併せ持つ、ディスコファンク系の一曲だ。うなるベースと突き抜けるブラスセクション。パーカッションがリズムを刻み、テンションの高さと切なさが入り混じる。
『♪熱く舞って、息重ね 果てるまで終わらないfiesta!』
「「「オイ! オイ! オイ! オイ!」」」
ダンスしながら手で客を煽るヴァルガンに合わせ、客席から全力のコールが上がる。リズムに合わせて踏み鳴らす観客の足が、会場全体を揺らしている。
『♪誘いたいならストレートに、飾った言葉はお断り 自信がないなら下がってな、求めるハードル高いから』
「「「うりゃオイ! うりゃオイ!」」」
バリトンボイスで語りかけるような歌い方。だが、リズムを感じさせる跳ね方で雰囲気は崩さない。
『♪本音隠し待ってる、熱帯夜の招待状 言って言って言って言って言って……『欲しい』って』
「「「ふぅーッ!!」」」
キメの部分はあえて囁くようなセリフ調。
一瞬静かになったあと──派手に炸裂するホーンの高音が入り、一気にボルテージを上げた。
『♪熱く舞って、息重ね 素顔までさらけ出すfiesta! 祭りが終わったら 二人はどうなる?』
「「「オイ! オイ! オイ! オイ!」」」
『♪熱く舞って、息重ね 果てるまで終わらないfiesta!』
「「「イエエエエエイッ!!」」」
掴みは大成功。魔王のパワフルなパフォーマンスに、観客たちは大興奮でペンライトを振り回した。
曲が終わり、ヴァルガンはふぅ……と呼吸を整える。ステージの中央に立ち、観客席を見渡しながらMCを始めた。
『フッ。盛り上がっているようで何よりだが、今回のイベントはコラボ。呼ぶべき相手がいるようだな?』
「「「おおーっ!」」」
『さあ、来るがよい! 我と共に今日の舞台に立つアイドル、ミウとティアだ!』
ヴァルガンに呼ばれ、ステージに二人が飛び出してくる。
大人モードの姿で出たティアは全く物怖じせずに客席に向かって手を振っているが、ミウは緊張でカチコチだ。
『もー、ミウちゃん! 緊張しすぎだよ~。ほら、挨拶しなきゃ』
『そ、そそ、そうだね……せーの!』
『『こんにちはー!』』
「「「こーんにーちはー!」」」
どこか初々しさの残る二人に、観客たちが優しく応じる。
だが声量が物足りなかったのか、ヴァルガンの教官モードが顔を出した。
『何をしておる、本番だぞ。気合を入れて挨拶せよ! 民をひれ伏させるのだ!』
『そ、そんなこと言われても~……』
『んー、じゃあみんなー! ヴァルガンくんがよしって言ってくれるくらい、おっきな声出してくれるかなー?』
「「「はーい!」」」
ヴァルガンの無茶振りにうろたえるミウに代わり、ティアがアドリブで繋いだ。彼女はそのままミウの手を引き、タイミングを合わせ──
『『こーんにーちはー!!』』
「「「こーんにーちはァァァァッ!!!!」」」
『うむ、よかろう。我のライブに出るのならば、これくらいしてもらわねばな』
『あ、改めまして、今日一緒にライブをします、ミウです』
『ティアだよ! みんなでいーっぱい楽しもうね、よろしくー!』
観客たちは拍手で二人を歓迎した。
その様子をステージ袖で眺めていたタケルは、ホッと一息つく。
(うん、お客さんの反応はいい感じ。このまま流れを作れるぞ!)
『次はこやつら二人、『ミーティア』が歌う曲だ。我も踊って盛り上げてやる』
『は、はいっ。それでは、『トキドキ? ドキドキ! トキメキッス♡』聞いてください!』
掛け声と共に、音楽が流れ始めた。キュートさ全振り、とびきりきらびやかな王道アイドルポップ。ミウとティアは目を合わせ、楽しそうな笑顔を浮かべながら踊り始める。
『『♪トキドキ・ドキドキ・スキスキ不思議? トキドキ・ドキドキ・トキメキッスキス♡』』
『よいか貴様ら! 声を出していくのだぞォッ!』
「「「おおーッ!」」」
煽りまくるヴァルガンのコールに対し、観客たちも負けじと声を張り上げた。
『♪君と話したくなっちゃう 隣に座りたくなっちゃう なんでかな?』
『♪どうしてトキドキ目で追うの? どうしてドキドキしちゃうの? わかんない』
少し硬さが残っているが、普段通り丁寧にファンに向けて歌っていくミウ。伸びやかな歌声で、緊張など全く見せずに弾けるティア。
『♪まだ待って、まだ待って、まだ待って、まだ待って でもホントはね』
『♪ギュッとして、ギュッとして、ギュッとして、ギュッとして トキめいてるの!』
『『♪トキドキじゃない、いつもなんだよ ドキドキしてる、君を見てると』』
「「「ハイ! ハイ! ハイハイハイ!」」」
観客たちはすっかり『ミーティア』のパフォーマンスにのめり込んでいた。
ヴァルガンの赤、ティアの黄色、ミウのピンク。各々のカラーを象徴するサイリウムが、会場のあちこちに灯っている。
『『♪だから(早く)こっち(向いて)待ってるから とびきりのプレゼント、トキメキッスキス♡』』
(よし……! 完璧、狙い通りだ!!)
ステージ袖で見守っていたタケルは、興奮しながらガッツポーズをした。
盛り上がりは申し分ない。これならきっと、利益も十分に確保できる。ヤマダの借金を返し、手術代を捻出する道が拓けたと思えた。
会場全体が音楽と笑顔で一つになり、誰もがライブの熱狂に酔いしれている。
ただ一人、客席の後方で静かに佇む男を除いては。
*
「実に素晴らしいライブですね。ミウ殿も楽しそうで何よりです」
観客たちの歓声とサイリウムの光の波に包まれながら、カンディードは穏やかな笑みを浮かべてステージを見つめていた。
「ですが……少々、確認をさせていただくとしましょう」
カンディードは指先に、極限まで圧縮した魔力を集めた。攻撃魔法ではなく、隠密性に特化した極小の魔力弾。音も発光もなく、一般人では気づくことすらできない観察用の針のようなもの。
当たっても木製の柱や床に小さな傷を残す程度で、後から「何か当たったのかな?」と首を傾げて終わる一撃。
彼が指を曲げると、精密にコントロールされた魔力弾が放たれた。
歓声の渦をすり抜け、ステージ上で次のポジションにつこうとしていたヴァルガンの足元へと一直線に飛んでいく。
刹那。
パァンッ!!
ヴァルガンが右腕を軽く一閃させた。
観客たちには、アピールの一部にしか見えない自然な動作。
魔王から放たれた魔力が、カンディードの放った弾を完璧に相殺した。
ライブの爆音に紛れるよう、防いだタイミングも計算されている。
音も衝撃も周囲には一切感じさせないブロック。
「……ほう」
普通なら絶対に察知できない、大気に溶け込ませた魔力。だというのに、まるで蚊を払い落とすかのように一切の間を置かず防いでみせた。
人間には不可能な反応速度。そして、防いだ瞬間にヴァルガンの身から微かに漏れ出た、隠しきれない異質な波長。
「なるほど。貴方がこの世界を歪める『異物』でしたか」
賑やかなイベントの中、カンディードの周囲だけが凍りついたように静まり返っている。スポットライトを浴びながら踊り続ける魔王の姿を、カンディードは微笑みながら見つめ続けていた。




