17. 魔王様パワーなら設営だって百人力
合同ライブの開催日が刻一刻と迫る中。会場となる騎士団管轄の第三演習場では、設営作業が進められていた。
「ぬぅんッ!」
「だあああああ! 優しく置けヴァルガン、機材はデリケートなんだから!!」
「量があるのだから仕方なかろう。手早く済ませねば終わらんぞ」
当然ながら、演習場ということもあってイベント用の設備はゼロ。
ステージを作り、魔導機材の搬入と配線を行い、客席スペースを用意し、入口の導線や物販の確保……とやることは山盛りである。
「うーん、じゃあ……ヴァルガンはステージの組み立てをやってくれないか? 機材運びは他の人に頼むから」
「よかろう。どういった形で組むのだ?」
「こういう感じ、ほら」
タケルはスタッフと相談して決めたステージの図面を取り出した。ヴァルガンはふむふむと頷き、近くの資材に目を向ける。パイプや木材が山積みだ。
「それを使えばよいのだな。我にとってはこの程度、戯れに過ぎん」
ひょいと片手でパイプの山を持ち上げたあと、宙に向かって放り投げ──
「そらそらそらあああァァァァッ!!」
シュバババババッ!!
落ちてくるパイプ同士を瞬時に金具で留め、凄まじい速さでパイプを組み上げていく。木材も次々と手刀で切り分けていき、柱や板をあっさりと必要な形状に仕上げてしまった。
工具を使ったかのような美しい切り口に、周りで作業をしている冒険者たちはポカンと口を開けている。
そのままヴァルガンは轟音を響かせながらパイプと木材を予定していた場所に設置し、難なくステージの土台を完成させた。
「こういうことやらせると流石だなぁ、ヴァルガン」
「フン、当然よ。強度も確認しておくとしよう」
組み上がった台の上に乗り、ドスン! ドスン! と飛び跳ねるヴァルガン。
魔王が踏みつけるパワーに余裕で耐えている。安心安全、ギルドの職人設計。
「うむ。問題ないな。して、他に何をすればよいのだ?」
「えーっと、次は機材設置なんだけど……配線周りがあるから、ヴァルガンだとちょっと……」
音響や照明の機材テストをしながら進めたい。が、ヴァルガンに任せるとケーブルが間違いなくヤバいことになるとタケルは確信していた。
汗を拭いながら悩んでいると、重い機材を軽々と持ち上げた男──裏方作業を手伝いに来てくれたゼクスが近づいてきた。
「……どうした。何か困ってるのか」
「あ、ゼクスさん。実は配線周りの作業、誰にお願いしようかなって……」
「オレがやろう。変なことしないようヴァルガンに指示すりゃ、まあいけるだろ」
「いいんですか? ありがとうございます! すみません、何から何まで……」
ゼクスは別に構わん、と応じるように手を振り、見取り図を見ながら機材の確認を始める。彼ならヴァルガン相手でも堂々と話ができるし、問題なく作業が進められるだろうとタケルは安心して任せることにした。
「すみませーん! タケルさん、進行の確認いいですか?」
「はーい! どうしました、ミウさん」
「控室の準備を進めていいか、冒険者さんから質問があって。大丈夫です?」
「あー、ステージ側で機材準備してるので、そこが終わってからにしましょうか」
「わかりました。差し入れを持っていく時に、冒険者さんに伝えておきますね」
ミウはあちこちで作業しているスタッフの進行を確認したり、足りないものがないか聞いたり、差し入れを持っていったりと働き続けている。ステージのために自ら率先して動いてくれている、彼女の真面目さが伝わる。
「おお、こんな広い会場で開催するなんて……」
そこへ、療養を終えて退院したヤマダが顔を出した。治療のおかげか足取りは比較的しっかりしており、容態は安定しているように見える。
「ヤマダさん、体調は大丈夫ですか?」
「ええ、おかげさまで。……タケルさん。本当に、ここまでしていただいて……申し訳ありません」
ヤマダは何度も深々と頭を下げた。
その顔には不安と申し訳なさの影が色濃く落ちている。
「僕が頼りないばかりに、こんな力仕事や準備をさせてしまって……。本当なら、病気のことも自力でなんとかしなければいけないのに、ミウちゃんに苦労ばかりかけて……」
「ヤマダさん。そんな暗い顔しないでください」
自分を責めるヤマダの肩に、ポンと手が置かれる。
ミウが満面のスマイルで、ヤマダを見上げていた。
「あたしのこと、ずっと一番近くで応援してくれたじゃないですか。今回のライブを絶対に大成功させて、今までのご恩を全部返します! だから、そんな顔禁止ですよ。安心してくださいね」
「ありがとう、ミウちゃん……!」
ミウは胸を張り、力強く笑ってみせる。その頼もしい姿に、ヤマダも涙ぐみながら何度も頷いていた。
(ミウさん、本当にいい子だな。周りのことを一番に考えてて……)
タケルはそのやり取りを温かい気持ちで見つめていた。
ヤマダの人の良さも、ミウの健気さも本物だ。だからこそ、プロデューサーとしてこのライブを絶対に成功させなければならない。
*
「設営も一通り終わったし、台本の最終チェックといきましょう!」
タケルが呼びかけると、出演アイドルのヴァルガン、ミウ、ティア、それからガルドやセレイナなど裏方を担当するスタッフたちが集まった。
「まずオープニングですが、ヴァルガンのソロで一気に会場を温めて、終わったらMCが入ります。共催なので、ミウさんとティアちゃんの紹介ですね」
「ふむ。ならば、我が歌い終わったあと、小娘たちを呼べばいいのだな?」
「そういう感じでオッケー。ざっくりとした流れは決めてるけど、細かい部分はヴァルガンのアドリブで大丈夫だ。……流れ自体は守れよ?」
「ククク……案ずることはない。場をこれでもかと滾らせてやろうではないか」
得意げな魔王に若干不安になりながら、タケルはミウとティアに顔を向ける。
「紹介が終わったら二人でペア一曲目、ヴァルガンが戻ってMC。次がミウさんのソロ、ティアちゃんのソロ。その次は三人でトークコーナーが始まります」
「ここにお客さんいーっぱい来て、ティアたちのこと見てくれるんでしょ? すっごい楽しみ!」
「まさか、オリジナル曲を歌う日が来るなんて……き、緊張します……」
楽しそうに飛び跳ねるティア。対照的に、胸を押さえて不安げなミウに向かって、タケルは優しく声をかける。
「いきなりソロは不安だと思うので、ペア曲からにしました。二人ならきっと乗り切れると思います。そこからは各々の曲をローテして、最後は三人で歌ってフィナーレです! ガルドさんたちは、進行周りで気になった点はありますか?」
「んー、今のところはねぇな。ステージ側は台本にまとめてあるし大丈夫だろ」
「あるとしたら、観客のオペレーションや物販の締めタイミングなどでしょうか。このあたりは別途まとめておけばいけるかと思います」
ガルドとセレイナも頷いた。全体の構成、演出、そして演者のコンディション。どこをとっても抜かりはない。
「うん、間違いなく最高のライブになります! 本番はよろしくお願いします!」
*
設営作業が終了し、みんなが帰路についた頃。
「ワン、ツー、スリー、フォー……」
静まり返った夜の会場。特設ステージの上で一人、ミウが黙々とステップを踏み続けていた。
みんなには「先に帰りますね」と言ったが、こっそり会場に戻って自主練を続けていたのだ。汗が顎を伝い、床にぽたりと落ちる。
「ワン、ツー……あっ」
着地でわずかにバランスを崩し、膝をつく。
ミウはハァハァと荒い息を吐きながら、震える手を見つめた。
「大丈夫、大丈夫……。練習通りにやれば、絶対に上手くいく……」
自分に言い聞かせるように呟く。
しかし、誰もいない客席を見つめていると、胸の奥から不穏な波がせり上がってくるのを止められなかった。
ステージを自らの世界に変えて、観客を丸ごと支配してしまうヴァルガン。
どんな逆境だろうと指先ひとつで吹き飛ばす、パワフルなインパクトと輝き。
教えたことを一瞬で吸収し、日に日に見る者を魅了する光を纏っていくティア。
まるで太陽のように無邪気で、見る人全員を笑顔にしてしまう才能。
「二人は『アイドル』をしてる……」
ミウはゆっくりと立ち上がり、ステージの脇に置かれた鏡に自分の姿を映した。
汗に濡れた髪、疲れの滲む顔、よれた練習着姿の自分。
「……でも、あたしは?」
五年間の活動。何度も何度も練習して、笑顔で手を振ってきた。
でも、鏡に映る自分には二人のような光がどうしても見えない。どれだけ手を伸ばしても、どれだけ汗を流しても。
「本番、ちゃんと笑えるかな……」
ミウは自分の胸を強く抱きしめ、静かに目を閉じた。
ヤマダのため、応援してくれるファンのため、そしてティアのため。みんなのために開催する、待ちに待った夢のコラボライブのはずなのに。この気持ちは一体なんなのか、今のミウにはわからなかった。




