16. それとも、見てないフリをしてるの?
「ワン、ツー、スリー、フォー! ミウさん、もう少し腕を上げて!」
「は、はいっ! こうですか?」
冒険者ギルドの訓練場に、軽快な音楽とタケルの声が響いていた。
コラボライブ開催に向けて、ミウとティアがペアで歌う新曲の振り入れをしている最中。なお、レオンはキレ散らかしながら現在もソロ曲を制作中である。
「いち、に、さん、し! どうかな、タケルくん?」
「うん、バッチリ! その調子でやっていこう!」
ティアは驚くほどスムーズに振り入れを進めていく。タケルが指摘した点はあっさりと直し、それ以上のクオリティに仕上げて自分のものにしていく。
一方、ミウは何度も汗を拭いながら、必死にレッスンを繰り返していた。振り付けを頭の中で反芻し、足の運びを確認しながら踊るため、どうしても動きにわずかな硬さが残ってしまう。
(ティアちゃんの飲み込みの早さが異常なだけなんだよな……ミウさんも一生懸命、自主練をやっているし)
毎日、ミウが誰よりも先に来て練習する姿をタケルは見ていた。ティアほどの速度で成長できなくても、真面目にコツコツ努力していることは伝わっている。
「はい、そこまで! 一回休憩にしましょう」
音楽が止まると、ミウは肩で息をしながらその場にへたり込んだ。すかさずティアが駆け寄り、タオルと水を手渡す。
「ミウちゃん、大丈夫? はい、お水」
「ありがとう。ティアちゃんは本当に凄いね、どんどんダンスが上手くなってる」
「えへへ、ミウちゃんが教えてくれたからだよ!」
二人の距離はさらに縮まり、今では本物の姉妹に見えるほどの関係になっていた。ティアはできるようになったことを楽しげに話し、ミウは大好きな妹分の成長を自分のことのように喜んでいる。
と、そこでタケルの魔導端末が振動した。画面に表示されていたのは、見覚えのない番号。
「誰だろ……。はい、もしもし。タケルです」
『もしもし、ルナだけど』
「へっ?」
予想外の相手に、ギョッとするタケル。
連絡先を交換する間柄でもないので、当然番号は教えていない。
「いや、なんで俺の番号を……?」
『聞いたから』
「誰にだよ……」
『今、ギルドにいる?』
「ああ、みんなでレッスンしてるよ」
『わかった、行くね』
ルナはそれだけ言って、通話をプツンと切った。
(いや、まさか……本当に来るわけないよな、忙しいんだし)
*
「来たよ」
「来るんかい!!」
訓練場の入口に、キャペリンハットと伊達メガネで変装した少女──ルナが立っていた。変装しても、立ち振る舞いから漂う芸能人オーラは隠しきれていない。
「仕事詰まってるアイドルだろ、散歩ついでみたいなノリで来るなよ!」
「別に、隙間時間は作れるよ。移動途中だから寄れると思って」
「さっきの電話といい、神出鬼没すぎる……で、どうしたんだ一体」
「この前のイベント映像、スタッフに録画させたの。それを見て気になったところがあるから、伝えておこうと思って」
「アドバイスのためにわざわざ?」
「うん、その方がわたしにもメリットがあると判断した」
ルナは相変わらず淡々とした様子で、足音もなく中へと入ってくる。
タケルの横を通り過ぎて、彼女はティアに視線を向けた。
「ねえ。試しに、サビのステップをやってみてくれる?」
「はーい、いいよ!」
ティアは突然の提案にも臆さず、リズムに乗って踊り始める。
しばらく様子を見ていたルナは何かを確信したように頷いた。
「やっぱり、無自覚のクセがある。拍の感じ方がダメ」
「はく?」
「リズム、拍子のこと。あなた、ずっと四分音符の頭に重心を置いてるから素人っぽさがあるの。こんな感じ」
説明をしながら、ルナが今のダンスを再現してみせる。拍の頭でグッと沈み込み、一・二・三・四……と感じているのが傍から見てよくわかる。
「テクニックで誤魔化してるからバレづらいけど、さらに上を目指すなら十六ビートで感じて。タン、タン……じゃなくて、タタタタ、タタタタ……ってやるの」
次にやったルナのダンスは、わかりやすく拍を取っているのが見えなくなっていた。細かいビートを刻み、軽やかでリズミカルな動きになっている。
「へー、そうやるんだ……」
「あなた、目はいいみたいだし見ればわかるでしょ? 今のをやって」
「こうかなぁ……よっと!」
ルナのアドバイスを受けたティアが、その場でステップを踏んでみせる。
するとリズムの頭で沈み込んでいた重さがなくなって、より「ダンスらしさ」を感じさせる表現に変化していた。
(一瞬で動きが変わった……! ここまで吸収できるのか……!?)
業界屈指の実力を持つアイドル、ルナ。
彼女の指導をあっさり形にしてみせるティアの腕前に、タケルは驚きを隠せない。
「次は視線。あなたは体の動きに意識が行きすぎて、目線が下がりがち。視線は常に客席の奥、三階席のセンターを射抜くイメージで動かして」
「はーい。こんな感じかなぁ」
ティアはルナの言葉を瞬時に飲み込んでいった。アドバイスを受けるたびに、パフォーマンスは「アイドル」として進化を遂げていく。
「凄い凄い、ティアちゃん! ルナさんの言った通りにしたら、もっとカッコよくなったよ!」
ミウはメモ帳を取り出し、ルナがティアに教えた言葉を必死に書き留めていた。自分も後で練習して、少しでも追いつけるように。その顔には一切の曇りもなく、やる気に満ちていた。
「うん、これくらいでいいかな。じゃあ、そろそろ行くね」
「教えてくれてありがとう、ルナちゃん! ばいばーい!」
一通りのアドバイスを終え、ルナはあっさりと訓練場の外へ出ていった。
タケルは慌てて彼女の後を追いかけ、廊下の途中で声をかける。
「助かったよ、ルナ。アドバイスのおかげで、ティアの努力が実りそうだよ」
その言葉を聞いたルナはピタリと足を止め、ゆっくりと振り向いた。
変装のメガネの奥から、温度のない瞳がタケルを捉える。
「努力? 本気で言ってるの?」
「え……?」
「あの子の成長速度を見ればわかるでしょ、どう見ても『本物』だよ。持ってる才能が違う。教えれば教えるほど、どこまでも伸びていく」
ルナは分析した事実を口にする。そして、訓練場の中──必死にメモを見返しながら一人でステップの確認をしているミウへと目を向けた。
「あなたはプロデューサーとして色んなアイドルを見てきた。RE:Genesisも育てている。輝きがなんなのか、理解してるはず」
「……」
「ねえ。何もわかってないの? それとも、見てないフリをしてるの?」
突然の問いにタケルは視線を泳がせる。
それから無理やり顔に曖昧な笑みを貼り付け、弱々しい声で答えた。
「……でも、ほら。二人とも、楽しそうに練習してるからさ」
ルナはタケルの顔を数秒間見つめてから。
心底冷めきったため息をついた。
「そういうところは曖昧にして逃げるんだ。最低」
それだけ言い残し、ルナは一度も振り返ることなくギルドを後にした。
訓練場からはミウの明るい声と、ティアの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
(……楽しそうだから、それでいいんだ。今回のライブを成功させて、借金を返して、みんながハッピーになれれば……それで……)
タケルは自分に言い聞かせるように、心の中で呟く。明るい笑顔を作り直してから、練習が続いている訓練場の扉を押し開けた。




