12. 諦めるのは、やれることをやってから
聖アイディール教が管轄する、ルミナ・シティでも有数の設備を誇る大病院。ライブ後に倒れたヤマダは、そこへ運び込まれた。
白を基調とした清潔な待合室の片隅で、ティアがミウの袖を握っている。何が起きたのかわからないなりに、不穏な空気は感じ取っている様子だ。
ミウはその手を握り返すこともできず、両手で顔を覆って小さく肩を震わせていた。ナカタは青ざめた顔で虚空を見つめている。
タケルとヴァルガンは少し離れた場所から、彼女たちの様子を黙って見ているしかなかった。
「ヤマダさん、大丈夫かな……」
顔を覆っていた手を下ろし、ミウがかすれた声で呟く。
誰も、答えられない。
やがて処置室のドアが開き、白衣を着た初老の医師が姿を現した。
「みなさん、ヤマダさんのご関係者の方ですね?」
「は、はい! 社長の容態は……!」
ナカタが弾かれたように立ち上がり、医師に詰め寄る。
医師は厳しい表情のまま、静かに口を開いた。
「心臓が限界まで弱っています。長年の無理が祟ったのでしょう……いつ倒れてもおかしくなかった。むしろ、今日までよく保ったものです」
「そんな……」
「薬で症状は抑えていますが、これは一時しのぎに過ぎません。心臓そのものを支えるには、専用の魔導器具を取り付ける手術が必要です。ですが、大掛かりな対応になるため……額も、かなりのものになるかと」
借金まみれの事務所『オフィスYMD』に大金を払えるわけがない。
医師の話を聞き、ナカタは絶望的な表情でその場にへたり込んだ。ミウも声にならない悲鳴を上げる。
「……あの、すみません。ちょっと質問なんですが」
「なんでしょう?」
「教会の人って、回復魔法を使えますよね。それで治すことはできないんですか? 俺、身内がこういうことになったことがないので、わからなくて……」
異世界における治療の常識がどうなっているのか。傷を癒やす魔法だってあるはずなのに、なぜ手術を選ばなければならないのか。
その点を整理する必要があると思ったタケルは、違和感のない建前を並べて医者に尋ねてみることにした。
「ああ、なるほど……それなら知らなくても当然ですね。そのあたりは役割が違うんですよ。回復魔法は、言うなれば『復元』に近いんです」
「復元……戻す、ってことですか?」
「はい。怪我や火傷を治すなど『受けた傷を健康な状態にする』といった場合、回復魔法は非常に有効です」
「でも、それなら病気だって……」
「病気は緩やかに進行し、身体を少しずつ変化させます。そうなると、復元すべきタイミングがいつなのか判別できない。なので、回復魔法は適さないのです」
(そうか! 病気をしてるのが『普通』になるから、何をどう戻せばいいかわからなくなるのか……!)
魔法があればなんとかなると思っていたが、決して万能ではない。
だから医者や薬も存在するという、当たり前の現実。
「毒に冒されるといった急激な変化であれば、魔法で対処できます。そうでない場合は薬、根本的な治療には手術となるわけです」
「……違いがよくわかりました、ありがとうございます」
「ヤマダさんには病院でしばらく過ごしていただきます。ただ、今後どうするかは……よく判断して決めてください」
そう言って、医者はその場を去った。
タケルは隣に座っていたヴァルガンに、こっそり耳打ちする。
「なあヴァルガン。ダメ元で聞くけど、魔王の力でなんとかできないのか?」
「フッ、愚問だな。できるわけあるまい」
「なんでドヤ顔なんだよ! 戦ってたら、回復もしなきゃいけないだろ」
「治癒なんぞするより、先手を取って殲滅した方が早いに決まってるであろう」
「あー……なんか納得しちゃった。そのへんを知る必要がなかったんだな、お前」
倒す相手を見つけたら攻撃魔法をぶっ放す。
肉弾戦が必要なら自身を強化してぶん殴る。
ダメージを受けたとしても、いちいち回復するよりまずぶっ倒した方が早い。魔王らしい理屈ではあるが、今回はその力を活かせそうにない。
「ヤマダさん……あたしのために、ずっと無理をして……」
ミウの目から涙が溢れ出した。ヤマダは彼女の夢を応援するために、採算の取れないアイドル活動を続けながら、なんでも屋の仕事で身を粉にして働いてきた。その結果が、これだ。
「あたしがもっと売れていれば、こんな目に遭わせることはなかったのに……!」
「ミウちゃん……」
自責の念に駆られて泣き崩れたミウの背中を、ナカタが涙を堪えながらさすっている。
タケルは何か解決策がないか考えてみたが、妙案は浮かばない。
ギルドに借金を頼む? 流石に厳しい。いくら人情に厚くても、回収の目処が立たない莫大な金額をポンと出してくれるわけがない。
ミウたちに何か仕事を回す? いや、ダメだ。ヤマダの症状がどうなるかわからない以上、着実に稼ぐ方法だとタイムリミットが来るかもしれない。
他にも金策を巡らせてみるが、どれも現実的ではない。
絶望が、待合室を支配していた。
「……ライブ、しようよ!」
沈黙を破ったのは幼い声。
全員の視線が、声の主──ティアに集中する。
「ライブでいっぱい歌って踊って、お客さんからお金をもらおう! そしたらヤマダさん、手術できるんでしょ? ティアとミウちゃんで一緒にやって、ヤマダさんを助けよう!」
ティアは泣いているミウを覗き込んで、ぎゅっと手を握る。その言葉は無邪気で現実を知らない、子供の戯言に過ぎなかった。だが。
(ライブで、お金を集める……)
ティアの一言が、タケルの頭に閃きを走らせた。
RE:Genesisのプロデューサーとして、ヤマダを救うためにできる一世一代の大勝負。その輪郭が脳内で組み上がっていく。
「……諦めるのは、やれることを全部やってからにしましょう。俺たちの力をフルに使って、ヤマダさんを助ける企画を考えます!」
タケルの発言に、ナカタは腰を浮かせかけたまま固まった。膨らみかけた期待を打ち消すように、小さく首を振る。
「で、でも……助けてもらっても、私たちが返せることなんてないですよ? 流石の私でも、頼っていいのかなって躊躇しますよ!?」
「そこは気にしないでください、ここで終わりにするほうがよっぽど寝覚めが悪いので! ヴァルガン、いいな?」
「フン。我を誰だと思っている? 王たるもの、民の窮地を見捨てるような真似はせん。貴様の好きにするがよい」
魔王はポンと肩に手を置き、いつも通りニヤリと笑った。
相棒の頼もしい答えに、タケルも笑い返す。
「……タケルさん」
立ち上がったミウが涙を拭い、ナカタの手を取った。
それからタケルを真っ直ぐに見つめる。
「あたしも……あたしにも、手伝わせてください! ちっぽけかもしれませんけど、あたしにやれることで力になります!」
「はい、お願いします! そうと決まれば、善は急げです。ガルドさんたちにプレゼンできるよう、すぐ資料を作ります!」




