9. テレビ局で再会した氷の美少女
ドタバタのバラエティ収録を終え、タケルたちはテレビ局内のレッスンスタジオへとやってきた。
本来は番組に出演するアイドルたちが、直前の振り付け確認やリハーサルを行うための場所。だが、今日はディレクターに相談したところ、他の予約が入ってる時間まで見学体験ということで自由に使わせてもらえることになった。
「わぁ、壁が全面鏡張り……! 床もすっごくピカピカ……!」
「キレーイ! あっちにも部屋あるけど、どうなってるんだろ?」
「たぶん、用具とかが入ってるのかな? 勝手に開けたりしないようにね」
初めて足を踏み入れる本格的なレッスン場。あちこち見て回ろうとするティアをたしなめ、ミウは部屋の中央に向かった。
「見るだけでは退屈であろう。せっかくの機会だ、ここでレッスンしてやる」
「えっ、いいんですか!?」
「我が許可する。存分にこの環境を味わうがいい」
(このスタジオはテレビ局のものであってお前関係ないけどな……)
収録を終えて元の姿に戻ったヴァルガンは、腕を組んで傲然としている。
先ほどの熱湯コマーシャルで散々な目に遭った鬱憤をぶつける気か、いつにも増して気合が入っている様子だ。
「あまり長居できないので、早速始めましょうか。ティアちゃんはヴァルガンと一緒にステップの復習。ミウさんは俺と、この前の振り付け確認からいきましょう」
「うん、わかったー!」
「よろしくお願いします」
タケルの指示を聞き、ダンスをしてもぶつからないよう距離を離すミウとティア。二組に分かれてレッスンがスタートした。
「ワン、ツー、スリー、フォー……タケルさん、こんな感じですか?」
「うーん、ターンの時に軸が少しブレてますね。もう少し体幹を意識して、真っ直ぐ回る感じで」
「うぅ……はい、もう一回やります!」
ミウは鏡に向かって何度もターンを繰り返す。しかし、何度やってもタケルが指摘した軸のブレはなかなか直らない。
決して手を抜いているわけではない。彼女なりに考えて努力しているが、どうしても身体がイメージ通りに動かないのだ。
その隣のヴァルガン・ティア組はというと。
「先ほどのステップは完璧だ。ならば次は、これについてこれるか」
「ふっふーん、ティア負けないもーん!」
タタタタッ! と、ヴァルガンが繰り出す高速かつ複雑なステップを、ティアはキャッキャと笑いながら見事にトレースしていく。
先日、訓練場でレッスンした時よりも、さらに動きが洗練されている。アイドルとしての学びが、彼女の才能をいっそう引き出しているのかもしれない。
「ティアちゃん、あんな難しいステップもすぐできちゃうんだ。凄いなぁ」
ミウは汗を拭いながら、鏡越しにティアの姿を眩しそうに見つめている。
妹分のような存在の成長を喜んでいるのだろうか。
「──へえ。人に教えることもあるんだ」
不意にスタジオの入り口から、透き通るような声が響く。
タケルが驚いて振り返ると、そこに立っていたのは──
「ル、ルナ……!? どうしてここに!?」
「テレヴィ局なんだから、居てもおかしくないと思うよ」
タケルたちと嵐のステージで競い合った超合理主義な氷の美少女、ルナ。
彼女は相変わらず感情の読めない表情で、スタジオの中に入ってきた。
「いや、それはそうなんだけど……なんで俺たちのレッスン室に……」
「収録時間の合間に、練習しに来たの。そしたら、ムカつく名前を見かけたから」
「あ、あの……! はじめまして! あたし、ミウって言います。ルナさんのこと、いつもテレヴィで見てます……!」
「そう、ありがとう」
ミウが緊張した面持ちで、深々と頭を下げる。ルナは淡々と返事をして、そのまま横を通り過ぎた。
「フン。貴様も我のレッスンを受けに来たか?」
「わたしよりレベルが下の相手に習うわけないでしょ」
クールではあるが、若干の苛立ちを感じさせる声。
気持ちを切り替えるようにルナはふぅと息を吐き、スタジオの壁に背を預けた。
「気にしないで続けて」
「き、気にしないでって言われても……」
突然、現役アイドルがレッスンを見ている状況になった緊張か。ミウは踊りかけの姿勢のまま、チラチラとルナを気にしている。
「この程度で臆してどうする。アイドルたるもの、胆力こそが求められるのだぞ」
「じゃあ、その……あたしたち二人でやっていいですか? その方が緊張しないと思うので……」
「なら、そうしましょうか。お手本のヴァルガンに合わせて、ミウさんとティアちゃんが踊ってみる感じで」
ミウとティアは頷き、ヴァルガンに合わせてステップを踏み始めた。
ルナは何も言わず、ただ二人の動きを目で追っている。その視線は観察というより、分析に近い。
「……」
数分後。曲が終わり、ミウとティアが息を切らしながら立ち止まった。
ルナは軽く何度か頷いたあと、タケルの方へ向き直る。
「上手いね」
「へー、ルナの目から見てもティアちゃんってそうなのか」
「うん。重心の移動に無駄がないし、振りも正確。魅せることは慣れてないけど」
「そういうのって見ればわかるのか……?」
「大体ね。たとえば……ほら、今のとこ」
二曲目が始まり、ヴァルガンに合わせて、ミウとティアが決めポーズをしているところだった。ステップをしてからターンし、決め……という振り付けらしい。
「あの子、勢いがありすぎて決めポーズのところでブレてる。身体能力に紐づくテクニックは十分だけど、どう見せるかって意識やレッスンが足りない証拠」
「ひええ……パッと見てそこまで分析してるのか……」
「まあ、今ここまでやれるなら問題ないかな。まだ荒削りだけど、磨けば光るよ」
他人のパフォーマンスに一切容赦しないルナが、一目見ただけでティアを褒めるとは。ロジックで他人を評価する人間が言うなら相当なレベルなのだと、改めて認識するタケル。
「なんで、あの子たちの面倒見てるの?」
「まあ、その……話すと長くなるんだけど、なんやかんやあって……」
「そう。相変わらず、効率が悪いことをしてるんだ」
「別にいいだろ。これで誰かが困ったりするわけじゃないんだから」
困っている人がいるのなら助け、支え合う。効率を抜きにしてもいいことなのだから、否定されるいわれはない。そう思ったタケルは迷わず言い返した。
「優しさって、いいことのように語りがちだけど。それが最適とは限らないよ」
「え?」
「思考するのを止める、都合のいい建前だからね」
ルナはそう言い放ち、タケルに背を向ける。
「それじゃ」
用は済んだと判断したのか、彼女は足早にスタジオから去っていった。
ルナが去り際に告げた言葉が、タケルの頭にこびりついている。
(優しさは、考えるのを止める建前……)
ミウは優しい。だからこそ、損得勘定を抜きに行動してしまう。
ヤマダは優しい。だからこそ、戦略やプランを立てようとしない。
ファンは優しい。だからこそ、今のままでいいよと受け入れてくれる。
誰かが利己的であったのなら、この状況にはなっていない。
ルナの言ったことは事実でもある。
(……だから、俺がアドバイザーとして力になってあげないと)
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