8. 魔王様VS熱湯お風呂コマーシャル
今日は、RE:Genesisのマギア・テレヴィズム放送局──テレビ局のバラエティ番組収録日。タケルはミウとティアを関係者枠で同行させ、一緒に局入りしていた。
「まさか、放送局に入れる日が来るなんて……わっ、あの人テレヴィで見たことある……!」
「何これすごーい! ひろーい!」
ミウは周囲の豪華な設備に目を輝かせ、ティアはぴょんぴょん飛び跳ねてはしゃいでいる。普段は教会の広場や小さなイベントスペースでしか活動していない彼女たちにとって、テレビ局など全く縁のない場所。まさに別世界なのだ。
「ねぇミウちゃん、他のところ見に行かない?」
「こーら。気になるのはわかるけどダメだよ、今日はお仕事見学なんだから」
「ちぇー」
ミウはすっかりお姉さんの顔になり、ティアの手をしっかり握っている。
タケルはその微笑ましい様子を横目に、受付を済ませて戻ってきた。
「テレビの現場はちょっと特殊ですけど、きっと勉強になると思います。それじゃ、スタジオに……っと、ちょっと待ちましょう」
「あれ? すぐ移動しなくていいんですか?」
「たぶん、そろそろ経路が変わるんで。あ、ほら」
そう言いながら、タケルはテレビ局内の案内地図をミウに見せる。
すると地図上に「一定時間が経過したため、別ルートに変更」と文字が出ていた。何度もテレビ局で仕事をするようになったからこそ学んだ、テレビ迷宮攻略のコツである。
「こんな感じで、意図しないタイミングでルートが変わったりするんですよね。今変わったばかりなのでしばらくは大丈夫です、行きましょう」
*
「おはようございます、RE:Genesisです! よろしくお願いしまーす!」
「お願いしまーす」
「よろしくお願いします」
予定通りスタジオに到着した一行の中から、タケルが代表して挨拶をする。
準備を進めているスタッフたちから、あちこちで声があがった。
「あれ? ミウちゃん、あそこにお風呂があるよ。なんでだろ」
「ほら、テレヴィで見たことない? あれにアイドルさんが入るんだよ」
ティアが指差した先──スタジオの中央には、湯気を立てる巨大な透明の浴槽が設置されていた。
セットの背景には『アチアチ♡熱湯コマーシャル』という、日本の懐かしバラエティ番組を彷彿とさせるタイトルロゴがデカデカと飾られている。スタジオの隅には、なぜか雪の積まれた一角もある。
「事前に聞いてはいたけど、実際に見るとハデだなー」
「熱湯なんぞ、我の強靭な肉体には心地よい足湯と同じよ」
企画書によると、ゲスト出演するアイドルが熱湯に入り、耐えられた秒数だけスポンサーの宣伝ができるらしい。古き良き、体を張るバラエティの定番だ。
タケルたちを見つけたディレクターが、軽く会釈しながら近づいてきた。
「お疲れ様ですー! もう少ししたら収録始まるんで、早速ですが今回の特別ルールについてご説明しますね」
「へ? 特別ルール? そんなのありましたっけ」
「実はですね、上の方から『ヴァルガンさんムキムキだから、熱湯くらい余裕で耐えちゃいそうじゃね?』って意見がありまして」
「当然であろう。我がその程度で屈するわけがあるまい」
「ですよねー。なので、今回はテレヴィ局の特注魔導グッズ『おこさまリング』を使って、一時的に子供の体になって熱湯チャレンジしてもらおうと思います!」
「なんですかそのアイテム!?」
ディレクターが取り出したのは、銀色の腕輪。どこからどう見てもただのアクセサリーだが、本当にそんな力があるのだろうか。
「これくらいのハンデ、ヴァルガンさんなら乗り越えてくれるかなぁって期待してるんですが……どうでしょう? あ、腕輪のサイズは調整されるのでご安心を」
「無論だ。子供の体であろうと関係ない、我は王としてすべてねじ伏せるのみだ」
「意外とノリノリだなお前」
ヴァルガンが腕輪をはめた瞬間。
ポンッ!
軽い音と共に煙が上がり、巨漢の魔王はあっという間に少年の姿になってしまった。赤い髪や褐色の肌、強面な雰囲気はそのままでお子様サイズ。着ていた服も魔法で調整されたのか、ブカブカにはなっていない。
「あははっ、ヴァルガンくん小さくなっちゃった! ティアと同じくらいだね」
「……なんつーか、子供になってもガラ悪いなー」
「フッ。どんな姿であろうと威厳を放ってしまうものが王たるものよ」
タケルが後ろからヴァルガンを抱えて、ヒョイと持ち上げてみる。
いつものゴツい魔王の姿では絶対できない芸当だ。
「うんうん、これでバッチリですね。では、本番もよろしくお願いしますよ~」
*
『──さて続いてのコーナーは、アチアチ♡熱湯コマーシャル! 本日のチャレンジャーは泣く子も黙る筋肉アイドル、RE:Genesisのヴァルガンさんです……が。なんということでしょう、今日はお子様の姿で参戦です!』
司会者の煽りに合わせ、ヴァルガンは堂々とカメラに向かってドヤ顔をキメた。ただ、子供になっているのであんまり迫力がない。
『フン。我を誰だと思っている? この程度の湯、赤子の産湯でしかない』
『おおっと、小さくなっても態度はデカいままです! ちなみにこのお湯、大人でもかなり熱いと感じる温度に設定されています。この姿では相当キツイはずですが、何秒耐えられるのでしょうか!? チャレンジスタート!』
ホイッスル音と共に、ヴァルガンは躊躇なく熱湯の張られた浴槽に飛び込んだ。
しかし──
「うっ、ぐ、ぬううううッ!?」
入ってすぐヴァルガンの顔が引きつり、みるみる真っ赤になった。子供になった魔王の肌を、熱湯が容赦なく攻撃する。
『おーっと! ヴァルガンさん、もう表情が崩れました! 早くも限界か!?』
「ぐおおおッ……! こ、この程度の熱さ、我の覇気で……抑えこんで……!」
「頑張れ、ヴァルガン! 耐えろ! スポンサーのために!」
「ヴァルガンくん、ファイトー!」
「が、頑張ってくださーい!」
必死に浴槽の縁を掴み、ヴァルガンは気合で耐えようとしていた。スタジオの端からタケルが声を張り上げ、ミウとティアも一緒になって声援を送る。
「うぬぬぬぬ……! ぐぉぉぉぉぉ……!!」
魔王の全身が茹でダコのように真っ赤に染まり、ついに限界が訪れた。
「……ぬああああぁぁッ!!」
バシャアアアアッ!
ヴァルガンは熱湯から勢いよく飛び出すと、スタジオに用意されていた「氷点下雪山セット」に頭から突っ込んだ。
そのまま転げ回って身体を雪に擦り付け、必死に冷やそうとする姿。スタジオは笑いに包まれ、ディレクターもいい撮れ高になったと親指を立てている。
『はい、ここまでー! 記録、たったの二十秒! ヴァルガンさん、残念ながら宣伝タイムはほとんど獲得できませんでしたーっ!』
「おのれ貴様らぁぁぁぁッ! 絶対に許さんぞぉぉぉぉッ!!」
「あいつ、絶対後で俺にキレるだろうな……」
家に帰ってからのことを想像したタケルは、遠い目でスタジオの様子を眺めていた。そんなことをつゆ知らず、隣にいるミウとティアは楽しそうに笑っている。
「タケルさん、凄く勉強になりました。アイドルには、ここまで身体を張る覚悟も必要なんですね。あたしの五年間に足りてなかったことかもしれません……!」
「い、いやー……別にこういう路線は見習わなくてもいいですからね……?」
ドタバタのバラエティ収録は、結果的に大成功。
アイドルの仕事の幅広さ、どんな内容だろうとファンを全力で楽しませるというプロの姿勢をミウたちはしっかりと学んだ……かもしれない。




