6. 魔法の呪文で、かわいいアイドルになーれ!
「待てー! コラーッ!」
「べーだ、捕まったりなんかしないもーん♪」
ルミナ・シティの路地を、タケルとヴァルガンは全力疾走していた。
ミウのステージに乱入し逃走した、謎の少女を追いかけている。
ところが、少女の足は驚くほど速かった。ワンピースを華麗に翻しながら、複雑に入り組んだ路地を迷いなく駆け抜け、軽やかなステップで障害物をヒョイヒョイと避けていく。
「はぁっ、はぁっ……! あの子、早すぎんだろぉ……! こうなったら……いくぞヴァルガン、合体モードだ!」
「よかろう」
ガキィィィィン!
と、効果音が鳴ったりはしない。
タケルがヴァルガンにおんぶしてもらっただけである。
「よし、このまま追っかけてくれ! あ、揺さぶりすぎんなよ! 酔うから!」
「フン。保証はできんな。我にしっかりしがみついておけ」
ペースを合わせる必要がなくなり、ヴァルガンが一気に加速する。
だが、少女は焦るどころか、その様子を楽しそうに笑いながら見ていた。
「ぷっ、アハハハ! 何それ、ダサーい!」
「んぎいいいい! 馬鹿にしていられんのも今のうちだぞ!」
「我の足を舐めておるな、すぐ追いついてやろう!」
「んー……じゃあこうしよーっと」
少女は勢いよく角を曲がり、姿を消す。
ヴァルガンも勢いよく同じ角を曲がったが──行き止まりになっていた。少女の姿はどこにもない。
「……む、どういうことだ? 隠れたわけではなさそうだが」
「それだとヴァルガンに一発でバレるもんな。一体、どこに行ったんだ……?」
*
タケルたちと少し離れた位置にある路地裏。
床に星マークの目印が書かれた場所に、光が集まっていく。
シュパアアアアッ……!
星マークの中心から、先ほどの少女が出現した。周囲にタケルとヴァルガンの姿がないことを確認し、ふぅっと息をついて立ち止まる。
「あー、楽しかった! あのおじさんたち、すっごい追いかけてきたなぁ」
「──貴方が『異物』の正体ですか?」
「へ?」
少女がケラケラと笑いながら歩き出そうとした時。コツ、コツ……と足音が鳴り響き、路地の陰から神父の男──カンディードが静かに姿を現す。
普段の温厚なそれとは違い、彼の目は無機質な光を放っていた。少女は首を傾げ、一歩後ずさる。
「えっと……誰?」
「聖縛」
カンディードが指を鳴らした、刹那。少女の足元から光の帯が立ち昇り、彼女の身体をグルグルと巻き付けて拘束した。
「ひゃんっ!? なにこれぇっ!?」
「……おや?」
あっさり拘束されて転んでしまった少女を見下ろし、カンディードは微かに眉をひそめた。
「魔力溜まりの元凶に繋がるかと思いましたが……この様子ですと、無関係な別件ですか。拍子抜けですね」
ジタバタともがく少女を見ながら、カンディードは興味を失ったようにため息をつく。顎に手を当てどうすべきか思案していると、路地の向こうから足音が近づいてきた。
「うーん、どこに……次はこっちを調べてみよう」
タケルの声。カンディードは瞬時に表情を和らげ、いつもの「善良な神父」の仮面を被り直す。
「あっ、誰かいる! ……って、カンディードさん?」
路地裏にやってきたタケルが見たのは、困ったような笑顔を浮かべるカンディードと、光の紐のようなもので縛られて地面に座り込んでいる少女だった。
「奇遇ですね。偶然、何やら騒動を起こした方を見つけたものでして。教会の捕縛術で大人しくしていただいたところです」
「この子を探していたので助かりました……で、君。なんであんなことしたんだ」
「わ、ちょ、ちょっと待って! 魔法がー!」
「ん?」
ボフンッ!
少女が叫んだ直後。大きな煙が彼女を包み、げほごほとタケルが咳き込む。煙が収まると、そこに居たのは十歳くらいに見える小さな女の子。
先ほどステージに乱入した少女と同じワンピースを着ているが、より子供っぽいデザインになっている。羽織っていたケープは消えてしまっており、手には星のステッキを握りしめていた。
「こ、子供になった!?」
「あーん、終わっちゃった。もう、おじさんのせいだからね!」
「おじっ……!?」
まさかのおじさん呼ばわりに、ショックを受けてしまうタケル。
世間的に見れば、アラサーはもうおじさんという現実を突きつけてくる。
「貴様のステッキ、さてはマジックアイテムか何かだな?」
「……ふーんだ、教えないもん」
「教えてくだされば拘束を解除しますし、美味しいお菓子をプレゼントしますよ」
「パパとママが誕生日にくれた魔法のステッキ! これで大人に変身できるの」
「切り替え早ッ!」
拗ねて顔を逸らしていた女の子だったが、お菓子に釣られてあっさり喋り始める。カンディードがパチンと指を鳴らすと、光の拘束がスッと消えた。
「元気なのはいいことですが、迷惑なイタズラをしてはいけませんよ。神様が見ていますからね」
「むー、イタズラじゃないもん……」
カンディードが優しく諭すと、女の子は口を尖らせ不満そうに答えた。
*
「アイドルみたいなことがやってみたかった?」
「うん! ティアね、アイドル面白そうだなーって思ったの」
タケルたちは女の子──ティアを連れて、ミウの事務所『オフィスYMD』へと戻ってきた。彼女はカンディードが帰る前に貰ったクッキーを美味しそうに食べながら、ぷらぷらと足を振っている。
「まさか、こんな小さな子だったなんて……本当にティアちゃんがしてたの?」
「嘘じゃないもーん。じゃあ、今から変身してあげるね」
そう言ってティアは立ち上がり、ステッキを構える。ゆっくり手を上げ頭上でくるりと回すと、星の飾りが輝いてくるくる回り始めた。
「リンリン・ルルルン・ランプロス☆ 素敵なアイドルになーれ!」
呪文を唱えると星の飾りから虹色の光が放たれ、ティアの全身を包みこんでいく。小さかった光は少しずつサイズが大きくなり……輝きが収まった頃には、先ほどステージで見たスタイル抜群の美少女になっていた。
「わっ、本当にさっきの子だ……!」
「ね、嘘じゃないでしょー?」
「魔法のステッキで変身とかすげー……! なぁ、俺にも貸してくれないか?」
「うん、いいよー」
タケルはウキウキしながら魔法のステッキを受けとった。
変身魔法でアイドルになるというのも、アニメで見たことがある。一度くらい、美少女アイドルになってみたいという密かな願望を叶えるチャンスだ。
「いくぞー……リンリン・ルルルン・ランプロス☆ 素敵なアイドルになーれ!」
シーン……。
何も起きない。アラサーの男がノリノリで魔法のステッキを振っただけの気まずい空間になっていた。
「ほう? 本人かどうか識別する術式がステッキに仕込まれているようだな。小道具にしては随分と細かいものだ」
「そうなの? ティアも知らなかったー」
「恥かいただけじゃん俺!!」
顔を真っ赤にしながらタケルはステッキをティアに返した。
やらかしを隠すように手をパンパン! と叩いて場の空気を切り替える。
「はい、話を戻そう! アイドルをやりたかったのはわかったけど、人のイベントに割り込んだりしたらダメだろう? やるなら自分でステージをしないと」
「だって、パパとママがお勉強しなさーいって怒るんだもん。だから変身して、他の子のライブで歌ってたの」
「あー、なるほど。大人の姿になってたのは、そういうことだったのか」
アイドルをやってみたいと親に相談しても、ダメだと言われてしまう。なので、正体を隠して人のイベントに混ざっていたのだとタケルは事情を察した。
ティアの話を聞いて何か思ったのか、ミウが一歩前に出て彼女に話しかける。
「ねぇ、ティアちゃんはアイドルになりたいの?」
「うんっ! 歌ったり踊ったりするの楽しいから、やってみたい!」
目を輝かせながら飛び跳ねるティアを見て、ミウは少し考え込む。
それからポンと手を叩き、視線をヤマダに向けた。
「あの、ヤマダさん。ウチの事務所で、ティアちゃんにアイドル体験をさせてあげるのってどうでしょうか?」
「それはいいねぇ。ここで会ったのも何かの縁だし、僕は構わないよ」
「やったー! ティア、ミウちゃんとアイドルするー!」
「えっ、あの、大丈夫なんですかヤマダさん!?」
「大丈夫です、ティアちゃんのご両親が安心できるように説得しますから」
(そっちの心配じゃないんだけどなぁ~~~~!)
タケルのツッコミに返ってきたのは微妙にズレた反応。
ただでさえ儲かっていない状況なのに、人の面倒を見てしまうお人好しっぷり。とはいえ、ティアが辻アイドルをする理由はアイドルがしたいから。なら、人助けも兼ねたこのやり方が丸く収まる選択だと、理解はできるのが困りもの。
ティアはミウに抱きつき、大はしゃぎしていた。
それからヤマダはタケルとヴァルガンに向かって、手を合わせて拝み倒す。
「それで、その、ご相談なんですが……。アドバイザーとして、この子たちの講師もお願いできませんかね……?」
「……ええ、ええ。なんかそうなる予感がしてました。乗りかかった船です、やりましょう!」
こうしてRE:Genesisは借金返済のサポートに加え、ミウとティアの講師まで担当することになったのだった。




