4. いい人なんだけど……優しいんだけど……
ルミナ・シティの裏路地に佇む、築数十年の古ぼけた建物。
その三階にある一室が、ナカタとミウが所属する『オフィスYMD』だった。
「えーと、ここですか?」
「はい。どうぞ、お入りください」
ナカタがドアを開けると、ギィィ……と油の切れた蝶番の音が響く。
事務所内は十畳程度の狭い空間。事務用の机が二つと、応接用であろう小さなソファセットが無理やり押し込まれていた。壁には色褪せたミウのポスターが数枚貼られ、隅にはダンボール箱が無造作に積まれている。
お世辞にも羽振りが良いとは言えない、ギリギリの経営状態。
「おお。ナカタくん、ミウちゃん。おかえり」
奥の机から立ち上がったのは、くたびれた雰囲気の中年男性。
首元のループタイはオシャレだが、皺だらけのYシャツとサスペンダーズボンとの違和感が際立っている。白髪を七三アップバングでまとめており、眼鏡・口ひげ・人の良さそうなタレ目。
顔だけ見ればロマンスグレーとギリギリ言えなくもないが、目には隈が目立つ。
「社長、大ニュースですよぉ! ご紹介します。RE:Genesisのプロデューサーであるタケルさんと、アイドルのヴァルガンさんです。なんと、アドバイザーをしてくださることになりました!」
「ええ……!? あのRE:Genesisさんが!?」
ナカタが胸を張って宣言すると、社長は驚きで椅子から滑り落ちそうになる。慌てて立ち上がり、タケルたちの前に飛び出してきた。
「はじめまして、社長のヤマダと申します」
(だからなんで日本人っぽい名前なんだ!?)
「まさかRE:Genesisさんが、ウチみたいな弱小事務所を助けてくださるなんて……! 本当に、本当にありがとうございます!」
「あ、いえ、どうも……」
ヤマダはタケルの手を両手で握り、何度も何度も頭を下げた。
腰が低く、穏やかな人物であることが伝わってくる。
(ナカタさんも言ってたけど、本当に良い人なんだな……)
醸し出されるオーラが完全に、人が良すぎて騙されやすいタイプのそれである。
社長として生き残れそうな印象でいえば『オフィス・グリード』のリカルドの方がしっかりして見える。カスだが。
「フン。我の手を煩わせるからには、覚悟するがよい。つまらんことをしたら、貴様らの事務所ごと燃やし尽くしてくれるわ」
「は、はいぃぃっ! 肝に銘じます!」
「こら、俺たちは話を聞きに来たんだからいきなり脅すな!」
「ぜひぜひ、なんでもお話します! さ、そちらにお掛けください」
いきなり圧をかけるヴァルガンに注意し、タケルはソファに腰を下ろす。古いのか、座った時にスプリングがギシ……と軋む音が聞こえた。
「事情はナカタさんから聞きました、借金で首が回らない状態だと」
「お恥ずかしい話で……。アイドルの活動資金やイベントの場所代なんかで、少しずつ借金が膨らんでしまって……」
「ミウさんの活動歴は五年とのことですが、ずっとこの状況なんです?」
「はい。ミウちゃんは本当に頑張ってくれているんです。ですが、なかなか規模を大きくすることができなくて……」
ヤマダはそう言って、申し訳なさそうな様子で肩を落とす。どんな方針が現状を招いたのか確かめるため、タケルは率直な疑問をぶつけることにした。
「ちなみに、ミウさんをどうやって売り出そうと考えているんですか? こう、プランとか戦略とか」
「どうやって、と言いますと?」
そんなことは考えたこともなかったような反応。ヤマダはピンと来ていない表情で首を傾げる。
「ほら、ターゲットを変えるとか、衣装や楽曲のコンセプトを思い切って一新するとか。話題作りで何か新しい挑戦をしたり……」
「いやぁ、そういうことはよくわからなくて。ミウちゃんが笑顔で歌って、ファンのみなさんが喜んでくれるのならそれでいいかなと」
(ま、マズい……事務所として立てるべき作戦が何一つ存在していない……!)
ヤマダもミウと同じだ。とても人が良くて、ファン第一で活動している。素晴らしい姿勢ではあるが、それだけで食っていけるほど甘い世界ではない。
「……おっと、すみません! そろそろ次の仕事の時間なので、行かなくちゃ!」
「あっ!? そうでした……ごめんなさい、次の予定があったのに忘れてて……」
タケルがどうアドバイスすべきか頭を悩ませていたところ、ヤマダが壁掛け時計を見て声を上げた。ミウはRE:Genesisの二人に頭を下げ、ナカタはテキパキと荷物の準備を始める。
(仕事……なら、それを見学させてもらえば参考になるかな?)
今のところ、アイドルとしての活動例はミウのイベントを見たのみ。
その他にも情報を集めて、参考にしておきたい。
「よかったらそのお仕事、俺たちも一緒に行っていいですか? 何かヒントになるかもしれないので」
「ええ、もちろんですとも。ぜひ見学していってください」
*
「ナカタくーん! 資材、ここ置いとくよー!」
「ありがとうございます、社長ぉ~」
「なんで土木作業!?」
彼らがやっていたのは、いわゆるガテン系のお仕事。
ミウとナカタは動きやすいジャージに着替え、ヤマダはタンクトップと作業着で荷物を運んでいる。何かしらアイドルに関係する仕事を想像していたタケルは、全力でツッコミを入れた。
「ちょっと! 活動五年目のアイドルがいる事務所の社長が何やってんすか!?」
「元々、この事務所は『なんでも屋』として立ち上げたんですよ。ゴミ拾いや引っ越し手伝い、魔獣の死骸処理まで引き受けてまして。アイドル部門は、ミウちゃんのために追加したんです」
「な、なんでも屋……」
RE:Genesisも最初は「便利屋アイドル」として手広くやっていたが、それはあくまで下積み活動の一環。しかし、この事務所は最初からなんでも屋が本業なのだ。
「じゃあ、アイドル業の赤字をなんでも屋の仕事で補填してるってことですか?」
「ええ。少しでも稼いで、ミウちゃんの今後に繋げたいですから」
「ヤマダさん、いつもごめんなさい……」
「謝ることじゃないよ。僕がミウちゃんの夢を応援したくてやってることなんだ。君は、君の信じるアイドルを頑張ってくれればいいんだ」
「うう……ありがとうございます……!」
「いや、待ってください。なんでそこまでして、アイドル活動を続けようとするんですか? 普通、休止を選んでもおかしくないですよね?」
お互いを支え合う絆に感動……するような雰囲気になっているが、水を差すことを承知でタケルは尋ねる。ストレートな問いに、ヤマダは照れくさそうに笑った。
「昔、僕が過労で倒れた時、力になってくれたのがミウちゃんだったんですよ。その時に、『アイドルになるのが夢なんです』って教えてくれて」
「……」
「こんなに優しくて一生懸命な子が夢を諦めるなんて、悲しすぎるじゃないですか。だから、助けてもらったぶんミウちゃんの力になりたいと思ったんです」
(悪意なんて微塵もない、本当に善意と優しさでやっているんだ……)
だからこそ、タチが悪い。
リカルドのような金儲け至上主義の悪徳社長なら、まだやりようがあった。だが、ヤマダは夢を応援したい純粋な気持ちで、自らを犠牲に借金を重ねている。
ミウもそれに恩義を感じて、一生懸命に頑張っている。その結果が、事務所を借金地獄に追い込んでいる現状。タケルの肩に、ズシリと重いものがのしかかる。
「ナカタくん、次はこの資材を……あっ、あででっ!?」
資材を持ち上げて運ぼうとしたところで、ヤマダは腰を押さえてその場に蹲ってしまった。ナカタとミウが心配そうに駆け寄る。
「ちょっと、無理しないでくださいよ社長~。力仕事は慣れてるって自慢してましたけど、もう歳なんですから」
「た、たはは……といっても、男手は僕だけなんだから、ほどほどに頑張るよ。元スポーツマンの意地だってあるからね」
「あたし、現場仕事じゃない他の案件を探してみます。みんなで力を合わせて頑張りましょう!」
三人のやり取りを見て、タケルは深いため息をつく。こんなの無理だと見捨てるのは簡単だが、彼らの善良さを前に逃げる気にはなれなかった。
(この人たちを責められねぇ……! なんとか、優しい泥沼から抜け出せるようにしないと……!)




