3. 何をするにも新規さん流入は大事です
「ミウちゃーん、お疲れ様」
「ナカタさん! お疲れ様で……えっ!? そこのお二人って、まさか……!?」
イベント終了後。広場の隅で汗を拭いていたミウは、タケルとヴァルガンの姿を見るなりビシッ! と背筋を伸ばして硬直した。
「そう、RE:Genesisさん! なんと、アドバイザーになってくれたんだよ」
「今日からミウさんたちのお手伝いをすることになったタケルです、よろしくお願いします」
「ほ、本物だ……! あの、テレヴィで見ました! 嵐のライブ、カッコよかったです! どうしてこんな凄い人たちが……!?」
ミウはパニックになりながら、ナカタとタケルを交互に見る。
タケルは苦笑しながら、「色々あって」と言葉を濁した。借金取りの件をここで説明するのは、彼女のプレッシャーになりそうだったからだ。
「いいか、小娘よ。我が直々に関わってやることを光栄に思うがいい」
「は、はい! 光栄です! テレヴィに出てない時もこんな感じなんだ……!」
(そうだよなぁ……普通、キャラとしてやってると思うよなコレ……)
ヴァルガンの圧に縮み上がりながらも、ミウは何度も頭を下げる。
そこへ、差し入れの冷たいドリンクとカップをトレイに載せたカンディードがやってきた。
「お疲れ様でした、ミウ殿。素晴らしいステージでしたよ」
「あ、カンディードさん。今日も広場を貸していただいて、ありがとうございました。すみません、差し入れまでいただいちゃって……」
「いえいえ、いつも教会を綺麗にしてくれているお礼です。不審者が出ないか心配でしたが、何事もなくてよかったです」
「不審者……? 変な噂でもあるんですか?」
穏やかなやり取りの中で突然出てきた、物騒なキーワード。
気になったタケルは、思わず問い返す。
「最近、イベントに突然乱入するアイドルがいるそうです。勝手にステージで歌い、スタッフが捕まえようとしても逃げてしまうとか」
「辻斬りならぬ、辻アイドルですか……。迷惑な不審者ですね……」
「ミウ殿のライブが台無しにされては、私も悲しいですからね。今回はそういったことがなくて安心しました。さあ、冷たいうちにどうぞ」
広場にある休憩スペースの椅子に座り、タケルは軽く会釈してカンディードが用意してくれたお茶を飲んだ。一方、ヴァルガンはジロリとカップを見るだけで、手を伸ばそうとしない。
(差し入れの時もそうだったけど、カンディードさんのやることを妙に避けるなぁ。教会の人だから嫌とかあるのか?)
飲んだお茶はいたって普通で、特に変な様子はない。
魔王の様子が少し気になったものの、今は本題が大事。タケルはミウにいくつか質問を投げかけてみることにした。
「ミウさんはアイドル活動をやっていてどうです? 楽しいですか?」
「もちろんです! ファンのみなさんが笑顔になってくれると、凄く嬉しくて。足りないところだらけですけど、もっとたくさんの人に歌を届けたいと思ってます」
真っ直ぐな瞳。アイドルへの熱意は本物──なのだが。
「今日はライブでしたけど、曲やMCなどの構成は誰が決めてるんでしょう」
「えっと、あたしと社長で相談して決めてます。来てくれる人が喜んでくれる曲を中心に、楽しんでもらいたいなーって」
「ファンの人に喜んでもらえるのは大事ですもんね。ちなみに、新しいお客さんを呼び込むためにやってることってあるんですか?」
「チラシを配ったり、合同イベントに参加してるんですけど……あまり効果がなくて。でも、まずは目の前のファンを大切にしようってみんなで決めました!」
(ダメだ、丁寧すぎて結果的に現状維持になってる! これじゃあ、何年経ってもパイは広がらない……!)
表向きは笑顔で頷いているが、タケルは内心で頭を抱えた。
真面目で良い子、アイドルが好き、ファンを大事にしている。だが、アイドルとしての立ち回りと見通しが甘すぎるとしか言えない。
(お客さんが大事って気持ちはよくわかるんだけど、新規さんが入る機会がないまま五年目はとんでもなく厳しいぞ……)
ビジネスとして成立させるには、どうしてもシビアな視点が必要になる。
とはいえ、彼女の純粋な気持ちを否定することから入るのは得策ではない。
「……ちょっとこのあと、事務所にお邪魔してもいいですか? 社長さんからも話を聞いた方が、ミウさんの活動について詳しくわかりそうなので」
「はい、よろしくお願いします!」
*
タケルたちが広場から立ち去ってしばらく経ち。入れ替わるように、教会に数人の女性たちが姿を現した。聖アイディール教の聖女マリアンヌと、アイドルユニット『ホーリー・エンジェルス』だ。
「今回の遠征も無事に終わりましたね。みなさん、お疲れ様でした」
「見事な対処でした、マリアンヌ様。魔獣の不意打ちすら防いでしまうなんて」
「聖女たるもの、万が一に備えた保険はかけておくものですから」
マリアンヌが優雅に、『ホーリー・エンジェルス』の三人娘に微笑みかける。
そこへ、片付けを終えて教会に戻ったカンディードが歩み寄ってきた。
「お帰りなさいませ、聖女様。魔獣討伐と布教活動の長旅、ご苦労様でした」
「……? あの、貴方はどなたでしょうか?」
マリアンヌは警戒し、距離を置いて立ち止まった。
彼女は教会関係者の顔と名前はすべて把握しているが、目の前の神父には覚えがない。ホーリー・エンジェルスのメンバーも、牽制するように武器に手をかける。
「マリアンヌ様、お下がりください。……見覚えのない神父ですね。なぜ、当然のようにマリアンヌ様に話しかけてきたのですか?」
「おっと。『処理』をしていないタイミングで遠征に行ったのですか、これは失敬。許可制なので、いつでも使えるわけではないのが不便なんですよね」
カンディードはニコニコとした笑顔を崩さず、懐から銀色に鈍く光る特殊な魔導通信機を取り出した。
「調査対応円滑化のため、対象の精神操作を申請」
ボソリと呟くと、魔導具が青白く発光した。
マリアンヌを庇うように、ホーリー・エンジェルスがフォーメーションを組んで前に出る。
「質問に答えてください。貴方は何者です?」
「妙な真似をするようであれば容赦しません!」
「ご安心ください。すぐ私のことを『思い出す』はずですから」
パチン。
カンディードが指を鳴らした瞬間──
「あ……」
ホーリー・エンジェルスの瞳が一瞬だけブレる。
わずかな空白の後、彼女たちはパチパチと瞬きをし……すっかり警戒を解いた表情でカンディードに向き直った。
「失礼しました、カンディード神父。関係者なのに、大変申し訳ありません」
「いえ。前に会ったことがある方かわからず、困ってしまうことはありますよね」
マリアンヌは一拍置いて、ホーリー・エンジェルスたちの様子を見回す。
それから頬に手を当て、不思議そうに首を傾げた。
「すみません、カンディードさん。どうも頭がぼんやりしていて、曖昧なのですが……いつ、どちらから赴任されたのでしたっけ?」
「私は先月、聖アイディール教に赴任したのですよ。司祭様とは遠い親戚の関係でして、その御縁でこちらで活動してみないかとお声がけいただいたのです」
「ああ、そうでしたね。直接ご挨拶するのが初めてだったものですから、失念していました」
「お気になさらないでください。聖女様たちはお忙しいでしょうし」
マリアンヌとカンディードが会話する頃には、先ほどまで警戒していたホーリー・エンジェルスもあっさり武器を収めてしまっていた。
「聖女様。ひとつお願いがあるのですが……この街で、少し『異物』の調査を手伝っていただけませんか?」
「ええ、もちろんです。わたくしたちのスケジュールも加味して、お手伝いさせていただきます」
タケルたちがミウの事務所再生に頭を悩ませている裏で。
神界からの包囲網が、ルミナ・シティに敷かれつつあった。




