2. 活動歴五年目突入の赤字アイドル
「いやぁ~、RE:Genesisのお二人がいれば百人力ですね!」
「無論よ。我にかかれば万の軍勢すら吹き飛ばすわ」
「物理の話じゃないからな?」
翌日。タケルたちはナカタに案内され、ルミナ・シティを歩いていた。今日は『オフィスYMD』所属アイドルがイベントを行う予定があるのだという。ただ、向かっている先はライブや企画がよく行われている繁華街とは全く別方向だ。
「あのー、こっちの方にイベントで使える場所ってありましたっけ?」
「ありますよ。聖アイディール教の広場です」
「教会の広場でアイドルイベント!? なんで!?」
「お金がないからに決まってるじゃないですか」
「だから開き直らないでください!!」
ツッコミを入れるタケルの前方に、教会が見えてきた。大きめの広場が隣に併設されており、ボランティアなどで催し物をやっているのは見かけた覚えがある。まさかこんなところでライブまでしているとは、流石に知らなかった。
「もしかして、こういうところでライブって一般的な使い方なんです?」
「そんなわけないでしょう、迷惑だからやめてって普通なら断られますよ」
「なのに借りてやってるんですか!?」
「その、あまりにもお金がないので必死に頼み込んで……」
「慈善という概念は本当に存在するんだなぁ……」
教会に近づくにつれ、荘厳な雰囲気と不釣り合いな明るい音楽が聞こえてきた。『オフィスYMD』所属のアイドルがパフォーマンスしている最中なのだろう。
「さあ、ご覧ください! ウチのアイドル、ミウのステージです!」
広場の中央には木箱などで作られた簡素なステージが設けられ、魔導機材から明るくポップな伴奏が流れている。ステージの上では、一人の女性アイドル──ミウが歌い踊っていた。
年齢は二十歳前後に見える。ザ・王道アイドルといった雰囲気で、学生服モチーフの衣装。白・ピンク・水色をベースにした、ギンガムチェックのジャケットとスカート。大きなリボンやフリルが、制服ではないことを示している。
ピンクのメッシュが入った明るめの茶髪をツインテールにまとめ、やや地味めだが愛嬌のある顔立ち。楽しそうな笑顔で、一生懸命にダンスや歌を披露している。
『♪恋の魔法はシュビドゥバ♡ 君に届け、この想い』
彼女が元気よく客席に歌いかけると、ステージ前に集まった観客たちもペンライトを振って応える。どうやら、カバー曲を歌っているようだ。
「おー、『恋の魔法はシュビドゥバ♡』じゃん」
「貴様の策が大失敗した時の曲ではないか、懐かしいものだ」
「歌やダンスは元気だな、ファンサも丁寧な感じだし」
「だが、この有様では儲からなくて当然であろう」
「そこはまぁ、その通りなんだよなぁ~……」
観客の数は、ざっと数えて五十人程度だった。
広場自体のスペースはあるのに、ステージの前だけがこじんまりと盛り上がっている状態。通行人はチラリと見るだけで、足を止める者はほとんどいない。
「ちなみにですけど、ミウさんって活動歴どれくらいなんでしたっけ」
「デビューして五年目です。ファンの人数はずーっと、これぐらいのまんまですね。イベントの規模もその頃からほとんど変わらなくて……」
「ご、五年目……」
アイドルの五年といえば、中堅の域に入り始める時期だ。
なのに規模が変わらないままというのは、利益を狙うにはかなり厳しい。いや、厳しいなんてレベルではない。どこからどう見ても停滞の極みである。
「そりゃ借金が膨らむわけだ……。ずっと赤字でやってきたってことなんですね」
「まぁ、そんな感じです……。でも、社長もミウちゃんも、すっごく良い人なんですよ! 良い人なんですけどー……」
「それだけで売れるほど、甘い世界じゃないですからね……」
ステージで汗を流しながら、席に向かって手を振るミウの姿を見つめた。彼女の笑顔は本物だ。ファンを大切にしているのも伝わってくる。だが、エンタメの世界は「良い人」というだけでは新しい客を呼べない。
『みんな、ありがとー! えっと、それじゃ……次の曲の準備するので、待っててくださーい!』
「「「はーい!」」」
ファンに向かって声をかけると、ミウはステージを降りてセッティングを始めた。客から超丸見えのまま、機材の入れ替えや準備を進めていく。
「えっと、本人が思いっきり作業してますけど、スタッフさんとかは……」
「お察しの通りお金がないんですぅ……」
「ありとあらゆる面で厳しすぎません……?」
「おや。タケル殿ではありませんか、こんにちは」
タケルの背後から、穏やかな声がかけられる。
振り返ると見覚えのある神父、カンディードが立っていた。
「カンディードさん、どうしてここに?」
「教会の敷地ですからね。何かイベントがある際は、私たちがボランティアとしてお手伝いしたりもするんですよ」
「へぇ~、そういうこともやってるなんて知らなかったです」
カンディードが指差した先に顔を向けると、教会のシスターたちが機材の入れ替えを手伝っている姿が見えた。
「ミウ殿はとても真面目で、良い子ですからね。アイドル活動の合間に、教会の掃除や炊き出しの手伝いも率先してやってくれるんです」
「……ナカタさん。一応確認ですけど、場所を借りるため無理にやらせたりしてないですよね?」
「そんなことしませんってば~。ミウちゃんは『お世話になったのでお返しさせてください』って、自分から教会の人に提案したんですよ」
「誰かのために率先して動ける姿勢。ミウ殿はいつも元気で素敵だと思います」
「そう言っていただけて嬉しいです。こちらこそ、神父様にはいつも本当にお世話になってます」
ステージを見つめながら、カンディードはぱちぱちと拍手を送っていた。その表情や雰囲気から、彼は心からミウを評価しているのだろうと伝わってくる。
「普段からカンディードさんはライブを見てくれてるんですか?」
「ええ。こちらに赴任されてから、神父様はミウちゃんの活動をずっと見守ってくれてるんです。お互いに助け合ってるようなノリですね」
「まさに地域密着って感じだなぁ」
コミュニティの中で活動し、事務所外の相手から「良い子」と評価されている。そう考えると、間違いなくミウ自身は丁寧で真面目な子なのだろう。
『さあ、次が最後の曲だよ。みんな、一緒に盛り上がろうねー!』
「「「おーっ!」」」
ステージでは、ライブがクライマックスを迎えていた。
ファンたちは全力で声を上げ、ミウもそれに精一杯の笑顔で応える。
(熱意はある。ファンとの絆もある。……でも、この規模のまま五年かぁ)
タケルはプロデューサーとしての視点で、ミウのステージをチェックしていた。
RE:Genesisにはヴァルガンの規格外の筋肉と覇気、パワフルな歌唱力、ぶっ飛んだ本人のキャラという武器があった。だからこそ、非常識なやり方でも勢いのまま突き進み認知された……のだが。
「こいつは、思ってたより重症かもしれないぞ……」
優しさと善意だけで回っている、赤字のアイドル活動。
巻き込まれたとはいえ、この状況からどうすれば借金を返せるのか。予想していた以上の難題に、タケルは苦い顔をするしかなかった。




