1. 借金でお困りの方はRE:Genesisにおまかせ!
「今日の仕事もバッチリだったぞ! テレビ収録もだいぶ板についてきたなぁ、ヴァルガン」
「フン。我を求める何万という民のためだ、当然のことよ」
すっかり日が落ちたルミナ・シティの大通り。仕事を終えたタケルとヴァルガンは、心地よい疲労感と共に冒険者ギルド『獅子の牙』への帰路についていた。
単独イベントを実施してから、RE:Genesisはさらに勢いが上昇。収録やイベント出演、モデルや宣伝のオファーなど様々な仕事が絶えることなく舞い込み、充実した日々が続いている。
「む。タケル、あれを見ろ」
何かに気づいたヴァルガンが立ち止まり、巨大な塔の壁面に設置された魔導ビジョンを顎でしゃくった。
視線を向けるとトップアイドル、ステラの姿が映し出されていた。画面越しでも伝わるきらびやかなオーラをまとって、ファンに微笑みかけている。
『──ここで、みなさんにお知らせです。なんと、私が主催する合同ライブ企画『トゥインクル☆カーニバル』の開催が決定しました! あっと驚くようなアイドルの方々にお声がけするつもりなので、続報をお楽しみに♪』
ビジョン前の広場から、ワァッと歓声が沸き起こった。
どんなライブになるんだろう、こんなイベントだといいな。早速、あちこちで話題が飛び交う。
「合同ライブ企画……! この前、エトルさんが言ってた噂は本当だったんだ!」
「フハハ! ステラめ、ついに我らを招き入れる舞台を用意したというわけか」
「いや選ばれると思ってんの自信ありすぎだろ。でも、もし出られたら……ルミナ・ドームへの特大ステップになるぞ!」
「あの小娘よりも我が上だと証明する絶好の機会。待ち遠しいことだ」
獰猛な笑みを浮かべるヴァルガンの隣で、タケルは期待に胸を膨らませた。
ステラと同じステージに立つことは、アイドルとしての格が完全に上の次元へと引き上げられることを意味する。
「ま、将来の話よりまずは目の前の仕事だな。報告ついでに、ガルドさんたちにも今のニュース教えようぜ!」
タケルたちは足取り軽く、ギルドへと向かっていった。
*
「だから、もう少しだけ待ってくださいってぇ! 絶対お返しすると言ってるのに酷くないですか!?」
「その台詞何回目だよお前は! とっくに返済期日過ぎてんだろ!」
冒険者ギルドに到着したタケルたちの耳に、怒鳴り声が飛び込んでくる。目を向けると、柄が悪い男たちが一人の女性を取り囲んでいた。
事務員か何かだろうか、オフィスカジュアル……というにはちょっと雑なリネンシャツと、皺が放置されたまんまのペンシルスカート。恐らくオシャレではなく、癖っ毛なだけのミディアムボブ。
手には書類の束を抱え込み、若干逆ギレ混ざりで必死に頭を下げている。
「なんだあれ。借金取りか?」
何事かと様子を窺いながら、タケルとヴァルガンがギルドの中に入っていく。男たちの一人が苛立たしげに女性の肩を小突いた。
「大体お前の事務所、全然儲かってねえだろ。どうやって金返すんだよ?」
「そ、それは今、『獅子の牙』さんで、手続きを進めているところでして……」
「あぁ? ギルドがテメェらみたいな弱小の肩代わりするわけあるか!」
「そんなことありますけど!? 最近飛ぶ鳥を落とす勢いの、あの『RE:Genesis』さんが、アドバイザーになってくれる予定なんですけど!?」
「はぁっ!?」
遠巻きに見ていたタケルから、ひっくり返った声が出た。
アドバイザー? 自分たちが? 全く身に覚えがない。
「嘘つけ! お前みたいな底辺の面倒見るわけねえだろ!」
「本当です! ……ああっ、噂をすればプロデューサーのタケルさん! お待ちしてましたぁー!」
女性はタケルたちに気づくや否や、体当たりをかますような勢いで駆け寄ってきた。腕をガシッと全力で掴み、助けを求める眼差しを向けてくる。
「え、ちょ、ちょっと……!?」
「ね!? 私たちの依頼、引き受けてくださるんですよね!?」
「ゲッ、本人じゃねえか……」
「おいおい、マジなのかよ……」
彼女の必死の形相から「話を合わせてください!」という無言のプレッシャーがビンビンに伝わる。ヴァルガンは一歩前に出ると、男たちを見下ろして鼻を鳴らす。彼らは巨体の魔王を見上げ、明らかに怯んだ様子だ。
「我の前で騒々しいぞ、失せろ」
ヴァルガンの威圧感に、男たちは顔を見合わせて一歩後ずさる。
ギルド内かつ話題のアイドル登場、流石に分が悪いと悟ったらしい。
「チッ……金はきっちり耳揃えて返してもらうからな!」
捨て台詞を吐いて、彼らはそそくさと逃げ去っていった。
姿が消えたのを確認した女性は、その場にへたり込んで安堵の息をつく。
「た、助かったぁ……」
「……あの。俺たちがアドバイザーって、どういうことです?」
「申し訳ありません! 咄嗟の嘘です! 本当にごめんなさい!」
タケルがジト目で問い詰めると、女性は勢いよく土下座の姿勢をとった。
*
「──で。どういうつもりだ、あぁ?」
「すみません! 申し訳ないと思ってます! でもほら、追い詰められたんだから、しょうがないですよね!」
場所は変わって『獅子の牙』の会議室。
腕を組んだガルドが、ドスの効いた声で凄む。その隣ではセレイナが呆れながら眼鏡の位置を直している。先ほどの女性は何度も平謝り……しているが、若干開き直った顔だ。
「そもそもなんですけど、この人はどこの誰なんです?」
「彼女はナカタさん、『オフィスYMD』という小さな事務所の事務員ですね」
(なんでめっちゃ日本人っぽい名前なんだよ!?)
出てきた名前は、異世界だというのにあまりにも耳馴染みがあるもの。
口に出したい気持ちは抑え、タケルは心の中でツッコミを入れる。
「実は少し前にナカタさんから、事務所が借金で大変なことになっていると私に相談があったんです」
「あれ、セレイナさんとナカタさんって知り合いなんですか」
「そうなんですよ。実はオタ友で──」
「オホン! ゴホン!! ウェッホン!!! 失礼しました、突然咳が」
ナカタの話を遮り、セレイナが凄まじい勢いで咳をした。
全力すぎて普段のクールさが完全に吹き飛んでいたが、何事もなかったように話を続ける。
「相談を受けた際に、当ギルドで『窓口一本化』をしてはどうかと提案したんです。今日はその打ち合わせで来てもらっていました」
「一本化ってことは、ギルドが肩代わりしてあげるんです?」
「いや、あくまで俺らは『毎月返済させます』って窓口になるだけだぞ。ウチ名義で金を貸してな。で、返済の計画書が足りねぇから出直してこいって帰した直後に、取り立ての連中に出くわしたわけだ」
「なるほど。色んなところから借りてるお金を、ギルドにまとめるんですね」
日本でも見たことがある、いわゆる「おまとめローン」というやつに近い仕組みだろう。借金返済する窓口を一つだけにして、以降の細かい対応を集約してくれるものだ。
「……で、借金取りを納得させるために俺たちの名前を使ったと」
「だってあの人たち、今日中に少しでも払わないと事務所を差し押さえるって脅してきたんですよ!?」
「払えばいいじゃないですか」
「払えないから借金してるに決まってるじゃないですか」
「開き直らないでください!!」
大変なのはわかるが、勝手に名前を使われた身としてはたまったものではない。
セレイナがはぁ、と困ったように息をつく。
「あのですね、ナカタさん。ギルドの看板でもあるRE:Genesisを、こんな形で利用する行為は業務妨害です。普通なら訴えられても文句は言えませんよ」
「ダメなのはわかってますよぉ……でも、ウチのアイドルを守りたくて……」
するとナカタは両手を合わせ、タケルに向かって拝み倒すような姿勢になった。
秘奥義、泣き落としは万人誰しもが使用可能な必殺技である。
「どうかお願いします! 嘘から出た実で構いません、アドバイザーになってもらえませんか!?」
「いやいや、俺たちだって自分たちの活動で手一杯ですよ! そういう仕事したことないし!」
「そこをなんとかぁ! RE:Genesisさんの力があれば、きっと借金も返せます! どうか、どうかお助けください……!」
「よかろう」
「えっ!?」
ガルドとセレイナに助け舟を求めようとした、その時。
黙って話を聞いていたヴァルガンが、フッと笑って宣言した。予想外の返事にタケルが顔を引きつらせる。
「先ほどの連中が言っておったな、『底辺の面倒を見るわけがない』と。我が狭量だと侮辱しおって」
「引っかかったのそこ!?」
「民が求めているのであれば、たまには慈悲を与えてやろうではないか。それもまた、いずれ世界を統べる王の器量というものよ」
「いや、王の器量とかそういう問題じゃないだろ!」
「我の偉大さを証明する機会にもなるではないか」
「なるかなぁ!?」
「よ、よかったぁ……! ありがとうございます、ヴァルガンさん! うっ、ぐすっ……ようやく借金返済の道が……!」
魔王様のやる気満々宣言に、ナカタは人目も憚らず泣き始めた。
一方、タケルは事情を理解したものの、突然巻き込まれた騒動に困った顔だ。
「ええ~……!? ガルドさん、なんかやる流れになりそうなんですけど!?」
「ぶっちゃけ、やるしかねぇんだよなぁ。『RE:Genesisが手伝います!』と人前で宣言されて拒否しなかった以上、放置したら印象悪くなるのはこっちだぜ?」
「他事務所への協力として、RE:Genesisのイメージアップに繋がる可能性もゼロではありません。スケジュール管理は徹底していただきますが」
その場で「いえ、そんな事実はありません。無関係です」と否定しなかった時点で、もう避けようがない。ガルドとセレイナは「やむを得ない」と受け入れる構えだ。
(断ろうと思えば、断れるかもしれない……けど……)
ただ、タケル自身もよく理解していた。五千ルマを切り崩して生活し、ひーひー言っていた頃のしんどさを。だからこそ、このまま見捨ててはい終わりにするのもモヤモヤするだろうと。
しばらく頭を左右に振りながら唸り続け、タケルはガックリと机に突っ伏した。
「わかりました、やりましょう……」
「タケルさん……! 一生ついていきます、よろしくお願いします!」
「なんでアドバイザーなんてやるハメになってんだよ~……!」
ステラの合同ライブという大きな目標が見えた矢先、タケルたちは予期せぬトラブル案件を抱え込むことになってしまったのだった。




