25. 悪役/ヒールの誕生! 新たな選択と挑戦
タケルがゼクスと共にノッテの日記を読んでから、しばらく経った。
RE:Genesisのライブで生まれた不満は、完全に鎮火したとは言えないがある程度落ち着いた。良くも悪くも、人は新しい話題に飛びついてしまうものである。
タケルとヴァルガンは今後のスケジュール打ち合わせのため、いつものように冒険者ギルド『獅子の牙』へと足を運んでいた。
「オファーが続いてるのはありがたいけど、予定組むのムズいなぁ……」
「む? 今までの作戦指揮では上手くいかなくなりそうなのか」
「ほら、ギルドで新企画の営業も始まっただろ? そのへんの打ち合わせや確認も含めると、日によっちゃすげぇギュウギュウ詰めになりそうで」
「フン。我の威徳が民草に知れ渡った証よ。喜んで働くがよい、プロデューサー。無論、疲れが見えたら強制的に休ませるがな」
「へいへい。まあ、ヴァルガンの知名度がガンガン上がってるのは事実だし。無茶しない程度に、こっからさらに気合入れていかないと」
軽口を叩き合いながらギルドの扉を押し開けると、広々とした受付フロアには多くの冒険者たちが溢れていた。その喧騒の中、見覚えのある男の姿が目に入る。
「……あれ、ゼクスさん?」
「ん、タケルか。それにヴァルガンも」
「その格好、どうしたんです? 少し雰囲気変わりましたけど」
ツナギ風の服装というベースは変わらないものの、生地は上質なものに新調されており細かなデザインが変わっている。トレードマークのバンダナにもアクセントが加わり、人に見られることを意識した仕立てになっていた。
「心機一転ってやつだ。……もう一度、歌うことにした。『獅子の牙』のテストプロジェクトとしてな」
「えっ、本当ですか!? おめでとうございます! その話、いつ決まったんです? 俺、全然知らなかったので……」
「決定したのはつい先日ですから、タケルさんは知らなくて当然かと」
タケルが自分のことのように喜んでいると、フロアの奥からセレイナがカツカツとヒールを鳴らしながら歩み寄ってきた。隣にはガルドも並んでいる。
「あくまでゼクスと私たち、『獅子の牙』の契約ですからね。途中経過について、全体共有する話でもなかったので」
「オレから持ちかけたんだ。歌で活動するために、何かいい方法がないかってな」
「ほう、貴様の発案か。ならば、ギルド所属アイドルになるということか?」
「扱いは少々異なります。ギルドが正式に契約を結び、アイドルとして売り出しているのはRE:Genesisのみです。ゼクスの場合は『芸能活動もする冒険者』という枠でのサポートになります」
セレイナの説明は、ビジネスとしての線引きを明確にするもの。
過去に騒動があったゼクスをRE:Genesisと同じ看板で売り出すのは、流石にリスクが大きい。そのため冒険者の延長という建前を用意し、試験的に活動させてみるという形に落ち着いたのだ。
「ま、ウチにゃRE:Genesisって成功例がある。芸能特化の冒険者を囲えば、別のチャンスになるかもしれねぇ。ギルドマスターとしちゃ乗って当然ってわけよ」
(ガルドさん、素直じゃないなぁ)
表向きは金やビジネスが理由。だが、ゼクスの夢を叶えつつ面倒を見るという、ガルドなりの男気と優しさが滲み出ている。
「これからは冒険者稼業をしながら、自分のペースで歌うつもりだ。世間がどうであれ、オレはオレなりにやっていく」
「ゼクスさんの歌がまた聴けるの、凄く嬉しいです。楽しみにしてます!」
「……あんたらの背中は遠いが、いつか必ず追い抜いてやる。オレの歌は、それだけの力があると証明してやるさ」
過去のしがらみから解放された、アーティストとしての宣言。ゼクスの勝気な笑みに対抗するように、ヴァルガンは腕を組んで見下ろした。
「身の程知らずめ。我の隣に立ったからといって、容易く王の背を追えるなどと思うなよ。潰されたくなければ、死に物狂いで足掻くことだな」
「上等だ。足元をすくわれないように気をつけておけ」
顔を近づけ火花を散らす二人を見て、タケルは思わず頬が緩んだ。
ゼクスはもう、堂々と自分の足でステージを目指すライバルになったのだから。
*
その日の夜。
タケルとヴァルガンは酒場『赤竜のあくび亭』へ来ていた。
「もぐもぐ……やはりここの唐揚げは我の口に合うな、褒めてやろう」
「お前な、今日は食べに来たんじゃねーんだぞ。すみませんリザさん、席を用意してもらっちゃって。ゼクスさんの初ステージ、どうしても見たかったんです」
「構わないよ。タケルたちのおかげで、うちの店も話題になってるからね」
冒険者ギルドのバックアップを受けて行う、ゼクスの活動第一弾。それが今回、『赤竜のあくび亭』で開催されるミニイベントだ。歌うスペースも確保されているが、ライブというよりちょっとした余興くらいの空気である。
「にしても、リザさんがギルドに歌の依頼をするって意外ですね」
「実は、ガルドに頼みこまれたんだよ。『一回でいいから、お前のとこでゼクスを歌わせてやってくれないか』ってさ」
「え、ガルドさんから……?」
「一回でもどっかで歌った実績があれば、それだけで印象は違うからねぇ。そこまで気にかけてんなら、コソコソしなきゃいいのに」
「なんだかんだ優しいのに、変に隠そうとしますよね」
「冒険者の頃からそういう奴なんだよ、あいつは」
そんなふうに話しながら、タケルは周囲の様子を窺った。
酒場には見覚えのある常連だけではなく、初めて来たであろう人もいる。が、お行儀の良い客が集まったわけではなさそうだ。
「なぁ、マジでアイツ出るのか? 面の皮厚すぎんだろ」
「今日はソロらしいじゃん。どんな顔して出てくるか、一回くらい拝んで笑ってやろうと思ってさ」
面白半分でやってきた野次馬や、直接文句を言ってやろうという層もいる。
あちこちから下世話な笑い声が飛び交い、開演前の空気はあまりよろしくない。
「あいつら……!」
「ったく、ムカつくねぇ。アタシが追い出してやろうか?」
「待て」
立ち上がろうとしたタケルの肩を、ヴァルガンの大きな手が掴んで止めた。
魔王は目線で、リザにも待ったをかける。
「あれは、あやつ自身が乗り越えるべきこと。見届けるのだ、タケル。我の背を追う資格がある男かどうかをな」
「……わかった」
これはゼクスの挑戦、手出しをすべきではないという魔王の意見はもっとも。
タケルは深く息を吐き、ステージへと視線を戻した。
やがて店内の照明がゆっくりと落ち、ざわつきが消えた。客席の視線が、青白い光が照らすステージへと集中する。新しい衣装に身を包んだゼクスが現れ、彼がマイクスタンドの前に立った、その瞬間。
「おい、異常者! よく人前に出てきたな!」
「引っ込んでろ、お前の歌なんか誰が聴くかよ!」
「酒がマズくなるから帰りやがれ! ギャッハッハ!」
容赦ないヘイトの嵐。
普通なら押し潰されてしまってもおかしくない、悪意の波。
だが、ゼクスは俯かなかった。
鋭い眼光で、客席の最前列から最後列までをゆっくりと見渡し、自分に向けられる黒い感情を真正面から睨みつける。
そして、マイクをスタンドから乱暴に掴み取ると──
『うるせーぞカスどもッ! つべこべ言わず、オレの歌を聴けッ!!』
ビクッ!!
音が割れんばかりの、ドスの効いた声。酒場全体を震わせる一喝に、ヤジを飛ばしていた客たちが反射的に肩をすくませた。空気が一瞬で凍りつき、静まり返る。
媚びない。謝らない。同情も求めない。
過去の痛みもスキャンダルもすべて背負い込んだ上で、向けられるヘイトを歌でねじ伏せる。大衆に愛される優等生でも、純粋無垢なアイドルでもない。
ゼクスが選んだのは世間の悪意を一身に引き受け、それをエネルギーに変えて暴れ回る「悪役」としての道。
『いくぞ!』
ゼクスの声を合図に、酒場の空気に合うジャジーで気だるげな楽曲が流れてきた。メロディラインが複雑で難易度の高い曲を、あっさりと歌いこなしていく。野次馬たちは文句を言おうと開いた口を塞ぐことも忘れ、ステージに見入っている。
「……よかった。ゼクスさん、大丈夫そうだな」
「フン。当然であろう。我の相方として組んだ男だからな。あの程度の雑音に潰されるわけがあるまい」
「こりゃ、うかうかしてたら本当に追い抜かれちゃうぞ。トップを目指すんだから、歌もダンスも負けるわけにはいかないな」
「うむ。次にあやつと相見える時、度肝を抜いてやるとしよう」
才能の復活を祝福するように。ルミナ・シティの夜空には、雲の切れ間からキラキラと星が輝いていた。




