23. リスクを取ったからこそ得られたもの
RE:Genesisライブから数日後。
冒険者ギルド『獅子の牙』の階段を上りながら、タケルは額の汗を手で拭った。隣を歩くヴァルガンはいつものようにふてぶてしい態度で、パーカーのポケットに両手を突っ込んでいる。
「……あー、緊張する」
「何を怯えておるのだ。呼び出されたのは我らの活躍を称えるためであろう」
「あのな、覚えてないのか? ガルドさんが言ってたじゃん、イベント終わったらお説教って。たぶんそれなんだよな~……」
商業的には黒字を出せた。
だが、ガルドの黙認という恩赦のうえで成立した危うい綱渡り。ギルドの信用に傷をつけかねない行動だったことは、タケルも理解していた。
「失礼しまーす……」
タケルが恐る恐るギルドマスター室のドアを開けると、既にガルドとセレイナが揃って待機していた。ガルドは腕を組み、難しい顔をして窓の外を眺めている。セレイナは普段と変わらず涼し気な顔で、机の上にある書類を整理していた。
「待ってたぞ、タケル。ヴァルガンも座れ」
振り返ったガルドの低い声に、タケルは背筋をピシッと伸ばして椅子に腰掛けた。ヴァルガンもドカリと腰を下ろし、足を組んで背もたれに体を預ける。
「……あの、ガルドさん。ライブの件、本当にすみませんでした! ギルドに迷惑をかけたのは間違いなくて──」
「まあ待て、その話は後だ。おい、セレイナ」
「はい。タケルさん、まずはこちらの資料をどうぞ」
頭を下げようとするのを、ガルドは片手を上げて制す。
それからセレイナが、整理していた書類をタケルの前へと滑らせた。表紙には『RE:Genesis 自主興行・地域密着型イベント企画案』と書かれている。
「これは……?」
「俺らで作った企画書だ。商工会ギルドやテレヴィ局に持ってくのも視野に入れた、営業用の資料でもあるぜ」
「先日のライブはRE:Genesisと『獅子の牙』が主体で企画・運営・集客を行い、商業的な黒字を出しました。これがどういう意味を持つか、わかりますか?」
「ええと……お金を稼げてスポンサーが喜んだ、ですよね」
タケルの回答に頷くセレイナ。
彼女は人差し指を立て、得意げに口元を緩ませた。
「その通りです。自分たちで企画を立ち上げ、スポンサーを募り、利益を出す。『主催者としての実績』を証明したことで、営業の幅が劇的に広がったのです」
「あっ……!」
これまではイベントに参加させてほしいと応募したり、声をかけてもらうのを待つ側だった。だが、今回の経験で「自分たちは集客をこれだけ見込めます。予算概要も出します」と、実績を踏まえた交渉・提案ができるようになったのだ。
「今までは、提示された内容から選ぶしかありませんでした。ですが、今後は実績を元に営業を仕掛け、有利な条件でイベントを創出できるようになりました。極めて大きなステップアップです」
「凄い……。そんなことまで考えてくれてたなんて」
「いいえ、これは私たちが導いたことではありません」
首を横に振り、セレイナは少しだけ表情を和らげる。
「タケルさんが『ゼクスを助けたい』と動いたから生まれた結果です。もしリスクを恐れて彼を切り捨てていれば、私たちは今も依頼を待つ側だったでしょう」
「……そっか。俺のワガママが、そんな風に形になったんですね」
「フン。我と共に進めば、宝が得られるのは当然の理よ。タケルの判断力も、中々のものになってきたな」
タケルはただ必死に、自分の想いに従うまま走り続けた。その気持ちで突っ走った足跡が、知らず知らずのうちにチームの未来を切り拓いていたのだ。
「でもな、タケル。なんとかなったから、今こうしてセレイナが良い報告をしてくれたんだ。そこだけは勘違いするんじゃねぇぞ」
「うっ……はい、わかってます……」
「スポンサーがついたのも無事イベントが終わったのも、全部ギリギリの綱渡りだ。一歩間違えりゃ、この件で『獅子の牙』が吊るし上げられてたかもしれねぇ」
ガルドは身を乗り出し、真っ直ぐ睨みつけた。普段の親しみやすい雰囲気がなくなった威圧感に、タケルは再び身体を硬くする。
「俺はギルドマスターとして、冒険者を守る義務がある。……頼むから、黙って暴走するのはやめろ。二度と勝手に退路を断つような真似はするな。わかったな?」
「……本当にすみませんでした。これからは、必ず事前に相談します」
深く、真剣に頭を下げた。
ガルドの怒りは理不尽なお説教ではない。自分たちのことを本気で心配し、守ろうとしてくれているからこその忠告だ。
「わかりゃいい。これからもお前らと一緒にやってきたいから、無茶してほしくねぇんだよ」
ガルドは小さくため息をつき、背もたれに体を預けた。
言いたいことを言えてホッとしたのか、表情からは険しさが消えていた。
「改めて言っておくが……俺もセレイナも、ゼクスのやったことには今でも拒否感がある。手放しで『あいつは何も悪くない』なんて言えるわけねぇ」
「ええ。私も、彼を無条件で肯定できるかと言われたらノーと答えます」
どれだけゼクスが救われたとしても、彼がタブーを越えた人間という事実は消えるわけではない。ガルドとセレイナの反応は世間一般の、現実的な倫理観だ。
「けどよ。あいつがまた前を向いて生きていけるようになったのは、紛れもなくタケルが作った結果だ。それ自体はよかったと、俺は思ってるぜ」
「ゼクスの件は複雑な問題を孕んでいます。ですが、その決断自体は尊重すべきですし、私たちも安心しました」
「……二人とも、ありがとうございます。俺、このチームでプロデューサーができて本当に良かったです」
「当然だろ? ウチのギルドは人情だけは他所に負けねぇからな、ガッハッハ!」
正しいか、正しくないか。その二元論だけで言い切れないものは存在する。
ガルドは豪快に笑い飛ばし、緊張感のあった会議室の空気はいつも通りの雰囲気に変わっていった。
「さて! それじゃ、この素晴らしい企画書を元に次の仕掛けを考えましょうか! ヴァルガン、もっと上を目指すぞ!」
「無論だ。この勢いのまま、すべての民を我らが支配してくれるわ!」




