22. 我が家で交わす、夜更けの温度
「はぁ~、ただいま~……」
ルミナ・シティの喧騒がすっかり鳴りを潜め、静寂が街を包み込む頃。
打ち上げを終えたタケルとヴァルガンは、『ひだまり荘』へと帰宅した。
タケルはだらしなく服を脱ぐとダボダボの部屋着に着替え、敷きっぱなしだった布団に倒れ込む。
「ああー、疲れがドッときた。流石に今回は神経使った……」
「色々と手を回しておったからな」
タケルの隣に、ヴァルガンもドサリと寝転ぶ。
横向きで肘枕をして、片膝を立てたリラックスモードだ。
「企画考えて、『オフィス・グリード』でプレゼンして、箱やチケット代や掲載タイミングの打ち合わせして……事前準備だけで超忙しかったよマジで……」
「その上でライブ構成を考え、スタッフの指示まで行ったのは見事だったぞ」
「ヴァルガーン、褒めてくれー」
「褒めておるではないか」
「めっちゃ頑張ったからもっと褒められたいんだっての。みんなにはこんなこと言えねえしー」
チームを率いるプロデューサーとしての姿は微塵もなく、ゴロゴロと布団の上を転げ回るタケル。ヴァルガンは呆れたように目を閉じてから、頭をワシャワシャと撫でた。
「素晴らしい働きだった。褒めてつかわす」
「扱いがペットの犬なんだが」
「我が撫でれば地獄の番犬すら尻尾を振って喜んだものだぞ、ありがたく思え」
「へいへい……ま、評価してもらえて自己肯定感アップ! 俺、よくやった!」
寝転がったままタケルは大きく伸びをする。
ゼクスの過去、突然の炎上、完全アウェイの空気になったステージ。どれもが初めての経験で、精神的な疲労はこれまでの活動の中でもかなり大きかった。
「一つ聞くが、今回の件をタケルはどう思っておるのだ」
「ん? どういう意味?」
「これまでと違い、丸く収まったわけではなかろう。民の拒絶は消えてはおらん。上手くいった部分もあれば、そうではない部分もある」
「んー……」
ヴァルガンの指摘は正しい。今までタケルが関わってきた出来事は、紆余曲折あっても円満な形になることが多かった。
だが、ゼクスは違う。彼の過去は変わらず、社会からの厳しい視線も依然としてそこにある。
(……もしかして心配してくれてんのかな、こいつ)
魔王なりにフォローしようと思ってるのかもしれない。タケルは少し考えたあと、身体をヴァルガンの方に向けて微笑んだ。
「そうだなぁ。俺がやれる中では、一番いい着地になったと思ってるよ」
「ほう。そう思う理由はなんだ」
「ゼクスさんに寄り添えた気がするから。あの人の『歌いたい』って気持ちを守れたなら、プロデューサーとして仕事できたかなって」
ステージに立ちたいと思う人がいるなら、力になる。
ヴァルガンの相棒として、プロデュースする気持ちを貫きたいからこそ。
「それにさ。今回で俺、何があっても諦めない強心臓を手に入れた気がする」
「随分大きく出たな。いつも叫んでおるくせに」
「叫ぶし、文句言うし、弱音も吐くけどさ。お前が世界中からバッシングされて大炎上しても、俺は絶対隣に立つよ」
「……」
その言葉を聞いたヴァルガンは、じっと目を合わせ。
いつもと違うどこか寂しげな表情で、そっとタケルの頭に手を置いた。
「難儀なものだな。守るべきものが増えるというのは」
「なんだそれ。いつもなら王に任せとけーって言うじゃん」
「ああ。……かつての我であれば、こうは思わなんだ」
今の自分を受け入れたいような、否定したいような。
魔王の奥底に何が籠っているのか、タケルには読み取ることができなかった。
そんな空気を誤魔化すように、ヴァルガンは鼻を鳴らし。
いつも通りの不敵な笑みを浮かべた。
「我の相棒に相応しい覚悟を得たようで何よりだ。これで、天上の歌姫ステラを打ち破る一歩に近づいたと言えよう。王たる我の隣で覇道を見守るがよい」
「はいはい、そーさせてもらうよ」
タケルは苦笑しつつ、大の字になって部屋を見渡した。狭い室内。顔のように見える天井のシミ。隣の部屋から微かに聞こえる、夫婦の話し声。
「本当に、なんとかここまで来たよなぁ。最初はこのボロ家で、ひーひー過ごしてたのに。仕事もどんどん増えて、知名度も上がって……」
しみじみと呟いてから。
ふと何かに気付いたように、タケルはガバっと起き上がる。
「冷静に考えたら、そろそろ引っ越すべきか? 有名人が住んでる、セキュリティのしっかりした家とか」
「いらん。新しい拠点を増やすのはよいが、ここから離れるつもりはない」
「え、増やす? ここを離れなくてもオッケーなんだ」
「貴様が言ったであろう。伝説のアイドルやスターとは這い上がっていくもの、ゆえに『下積み』という儀式のための拠点が必要だと」
「あ」
召喚されたばかりの頃。活動資金も住む場所もなく、ルミナスから提供されたこのボロ屋に案内し、ヴァルガンを納得させるため咄嗟についた嘘。
「ここは我と貴様の始まりの場所。居を移すとしたら、伝説のアイドルとなってからに決まっている」
「……はは、そっか。そうだな」
今でもその言葉を信じて、一緒にアイドル活動をしてくれている魔王。
タケルは胸の奥が少しだけ熱くなるのを感じながら、頷く。
「確かに、ここが俺らの家だもんな。目標達成してから引っ越さないと、凄い中途半端になりそうだ」
「うむ。代わりに、別荘をそのうち確保するとしよう」
「確保したところで行ってる暇ねえって、どう考えても」
呆れながらツッコミを入れ、タケルは立ち上がった。
ちゃぶ台に置いてあった財布を握り、外へ出かけようとする。
「せっかくだし、何かつまみながら話すか? 遅いけどなんか美味いもん買ってくるよ、打ち上げの続きっつーことで」
「いらん」
「あれ、珍しいな」
「今日はいつもの安酒と、貴様の手料理が食べたい気分だ。さっさと用意しろ」
有無を言わさぬ、魔王の静かな命令。
予想外の要求にタケルはキョトンとしたあと、苦笑いした。
「はいはい、人使い荒いな。冷蔵庫に余った肉と野菜があるから、適当に野菜炒めでも作るか」
「よかろう」
タケルは冷蔵庫に入れておいた肉と野菜を取り出し、ヴァルガンと共にキッチンへ向かおうとして──
ドサッ。
音がした方を見ると、魔王が転んで尻もちをついていた。
「ぬ?」
「どうしたんだよヴァルガン、何もないのにまた転んで」
「むう、よくわからん。足腰は鍛えておるのだが」
たまに起きる、よくわからない転倒。
不調なわけでもないし、痛みや怪我を訴えることもない。
不思議そうに頭を傾げながら、ヴァルガンは立ち上がる。
「まあいいや。ほら、一緒に作るぞ」
「うむ」
包丁を使い慣れた様子で肉を切るタケルと、手刀で野菜を切り分けていく魔王。一通り切り終わったところでフライパンに投入。ジュワァ、と肉と野菜が焼ける香ばしそうな音が部屋に響き始める。
どれだけ知名度が上がっても、どれだけ大きなステージを経験しても。
ボロ屋で交わすやり取りは決して変わらない、我が家の温度だった。




