21. でも、歌ってよかった
「みなさん、今日はお疲れ様でしたー! 乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
タケルの音頭でグラスが勢いよくぶつかり合う。
ライブ終了後。御用達の酒場『赤竜のあくび亭』でRE:Genesisチームと、スタッフや冒険者たちによる打ち上げが開催されていた。テーブルの上には、女将のリザがサービスで用意してくれた山盛りの肉料理や揚げ物が並ぶ。
「ぷはぁ……! いやぁもう、二人の新曲『RE:verse』がほんとよかった! サビに入ってからのハモリが超カッコよくて! 声の相性も抜群で、どっちも厚みのある声質だけどジャンルが違うからこそ噛み合った爆発力が凄くってさ~!」
「うむ、我も楽しませてもらったぞ。連携攻撃を仕掛け、敵将を討ち取るかのような爽快感。二人の歌で圧倒するのも悪くはなかった」
タケルは興奮冷めやらぬ様子で、身振り手振りを交えながら熱く語り始めた。
あまりにもテンションが上りすぎて早口オタクが顔を出し、その意見に同意しているのか端の席でセレイナがしきりに頷いている。
「それに、ゼクスさんの『想い出が君になる』も素晴らしかったです! 気持ち全部乗せっていうか、魂が込められてて……俺、マジでグッと来ました!」
「……そうか」
そっけない反応をしながら、ゼクスは手にした度数の高い酒を飲んだ。
タケルがここまで喜んでくれて嬉しいのか、口元は緩んでいる。
「素晴らしいパフォーマンスだったことは同感です。それでは、イベントの商業的な実績報告を行います」
労いの言葉をかけたセレイナが、手元の魔導端末を開いた。
タケルは背筋を伸ばし、緊張した面持ちになる。
「まずは収支について。チケット売上に加え、現地でのグッズ販売も収益に貢献しました。かかった経費はすべて回収し、黒字となっています」
魔導端末の画面に表示されたグラフをセレイナは指差した。
場所代、現地スタッフとして冒険者を雇った人件費、宣伝広告費、機材レンタル費などなど……必要経費も一緒に表示されているが、売上が大きく上回っている。
「これなら出資してくれた『オフィス・グリード』や、他のスポンサーも満足するでしょう。RE:Genesis初の単独イベントとしては十二分な成果と言えます」
「よしっ!!」
銭ゲバスポンサーを集めたからこそ、売上がどうなるかは大きな分かれ目だった。彼らを納得させるだけの数字を叩きだせた喜びで、タケルはよっしゃ! と両手を何度も突き上げる。
「RE:Genesisの人気が高まっているのも感じられます。今回はタケルさんの発案で『全二十種ランダムブロマイド』を制作しましたが、そちらも完売です」
「おおっ、狙い通りですね! やっぱこういう持ち歩きや保存しやすいグッズ、オタ目線だと欲しいんですよ~」
「フン。特別な写真を入れたのもあって効果は抜群だな」
「おいちょっと待て? そんな話、俺聞いてないぞ?」
セレイナの報告に喜んでいる途中、謎すぎるヴァルガンの言葉が挟まれた。
嫌な予感がして、ギギギと首を向けるタケル。
「直接スタッフに指示したから当然であろう。民を喜ばせるべく、我自ら動いたのだぞ。感謝するがいい」
「……聞きたくないけど、どんな写真なんだよそれ」
「これだ」
そう言って差し出してきたブロマイドには──
「全裸あああああああーッ!?」
ドヤ顔で大股を開くヴァルガンがデカデカと写っていた。丸出しになったナニの上に、オシャレぶった流暢なサインが書かれている。洒落臭い。
「何やってんだよお前! 確認もなしにこんなこと!!」
「別に誰も困るまい。これは大当たり枠、我が肉体美で民も大歓喜であろう」
「いや少しは困れよ頼むから! っていうかこれ、お前が嫌がってたエロ売りじゃねーのか!?」
「なんだと? 王が芸術品を披露するのと、低俗な変態を同じにするでない」
「結局似たようなもんじゃねーかよ!!」
あまりにもぶっ飛んでいる魔王の論理に、タケルのツッコミが追いつかなかった。本人的にはリカルドが提案したこととは違い高尚な内容のつもりらしい。客観的に見れば同じである。
「恐らく、大当たりが出たファンから口コミが広まって売れたのでしょう。『獅子の牙』がこのやり方を主導したように見えるのが、非常に困りますね……」
公式グッズなので「冒険者ギルドが全裸ブロマイドを販売した」という構図。
あまりにも最悪の見え方になってしまい、セレイナが頭を抱えた。
タケルの隣に座っていたゼクスがブロマイドを手に取り、全く理解できないものを見るように顔をしかめる。
「……なんでこんなことできるんだ、あんたは」
「愚問だな。我のすべてに価値があるからに決まっておろう」
「はぁ……改めて、何もかも理解できない奴だとよくわかったよ。オレが言うのもなんだが」
ペアを組んだ相手こそ、この世界において最も異質な存在。そのことを思い知らされたゼクスは考えるのをやめ、ブロマイドをタケルに手渡した。
「……セレイナさん、この件は一旦終わりにしましょう。続きをお願いします」
「ええ、対処は別途考えることにします……。最後に、来場者に関する報告です」
これ以上、ブロマイドのことを話しても不毛だと考えたタケルは区切りをつけた。セレイナは顔を起こし、ズレた眼鏡の位置を直しながら話を再開する。
「懸念されていた現地での暴走などは起きませんでした。警備を担当していた冒険者からもトラブル報告はありません」
「ほっ……何も起きなかったのは本当によかったです」
「ただ、ルミナ地下掲示板などの書き込みを分析した結果ですが……良い捉え方をして、ようやく『賛否両論』といったところです」
そう言いながらテーブルに差し出した魔導端末に表示されていたのは、掲示板の最新書き込み。
435:名無しの魔導師
舞台から放たれる圧力は凄まじく、見応え自体はあった。
だが、あの者と共演してほしくはなかったのが本音だ。
436:名無しの魔導師
才能はあるのだろう。
だが、過去の行いを知っていると生理的な嫌悪感が拭えない。
素直に称賛を送る気にはなれないな。
437:名無しの魔導師
同感だ。
RE:Genesisの力強さに惹かれていたが、この一件で少し熱が冷めた。
実力があろうと、異端者をステージに上げる姿勢には流石に難色を示す。
438:名無しの魔導師
色々言いたいことがあったが、頭が混乱している。
ゼクスへの嫌悪はあったはずなのだ。
だが、RE:Genesisの全裸写真を見せつけられて何がなんだかわからない。
セレイナは魔導端末を閉じ、静かにため息をついた。
「歌やパフォーマンスを褒めている人ですら、ゼクスへの忌避感は拭えておらず、炎上が完全に鎮火したわけではありません。ヴァルガンさんがある種の避雷針と化した上でこれなので、なければより酷かったかと」
「……そっか。やっぱり、そんな簡単にはいかないんですね」
嫌悪感という壁は一度のステージで覆るほど甘くはなかった。
タケルは肩を落とし、グラスのビールを見つめる。圧巻のステージを見せればひっくり返るのではないかと、心のどこかで期待していたのだ。
「だろうな。オレのことを受け入れてもらえるなんて、最初から思ってない」
世間の反応に対し、ゼクスは驚いた様子もなく受け入れていた。
表情はどこか吹っ切れたような、さっぱりとしたもの。
「……でも、歌ってよかった」
そこにあったのは「歌いたい」という自分の想いを形にできた満足感。
過去の痛みや悪意に怯える影は、もうどこにもなかった。
「おい、ゼクス。もし今も街を出ていこうと考えてんなら、やめろ」
黙って酒を呷っていたガルドが、ドンッと音を立ててグラスを机に置いた。
突然の言葉に、ゼクスは驚きで目を丸くする。
「これからどうするか知らねぇが、S級になれる腕のある冒険者がウチから減るのはもったいねぇんだよ。馬鹿なこと考える暇があるなら、俺らに迷惑をかけたぶんギルドで汗水垂らして働け」
(……ガルドさん、やっぱりゼクスさんのこと心配してるんだ)
ガルドの不器用で乱暴な引き留めの言葉に、タケルは小さく笑った。
ゼクスはその場にいるRE:Genesisチームの顔を順番に見渡す。
それから少しだけ困ったように息を吐き、頭をかいた。
「どうすべきかは、まだわからんが……ゆっくり考えてみる」
「バンダナ男。いや、ゼクス。貴様は貴様の成すべきことを成すがよい」
「え。支配するとか、王に従えって言わないのか? ヴァルガンなのに珍しい」
「こやつは我と同類だからな。そんなものを集める趣味はない」
「同類? いや、全然似てないと思うけど……?」
ヴァルガンの言葉に、タケルは首を傾げた。
唯我独尊な魔王と、口数少ない無骨な男。どこが同類なのだろうか。
「貴様の道を進め。貴様であるためにな」
「……ああ。そうさせてもらう」
ヴァルガンの言葉の意味がわからないタケルをよそに。
ゼクスは微かに微笑み、グラスを小さく掲げた。




