20. 君と話した夢を、嘘にしないために
『続いては、お待ちかねのペアパフォーマンス! 新曲のお披露目だ!』
ガルドのアナウンスが響き、ヴァルガンがステージの中央でポーズを決めた。
そして、ゼクスがステージの袖からゆっくりと姿を現す。
その瞬間。盛り上がりが消え、会場が静まり返った。先ほどまでヴァルガンに向けられていたペンライトの光が一本、また一本と消えていく。
「「「……」」」
冷ややかな視線、あからさまな舌打ち。
全く歓迎されていない空気。冷たい氷水の中に放り込まれたかのような感覚。
だけど。
(……やるしかねえだろ。チャンスをくれた、あんたのためにも!!)
ゼクスはマイクを握りしめ、ステージ袖に視線を向けて頷く。
レオンが作ったペア新曲、『RE:verse』のイントロが会場の静寂を切り裂いて響いた。暴れまわるベースラインが、派手にリズムを刻む。
『♪悪感情の会場、下剋上の衝動 苛立たしいノイズ、才能磨くポリッシュ』
ヴァルガンがキレのあるダンスで視線を惹きつけながら、声を張り上げる。
得意の身体能力と筋肉を活かす、パワフルに魅せつける魔王パート。
『♪受け止めてくれ? 甘えたこと抜かすな 意地で立ち上がれ 震わせんだよオレが』
入れ替わるようにゼクスが入った。伸びの良い声に哀愁が混ざる歌唱力。
ブーイングを飛ばそうと構えていた野次馬たちが言葉を失う。
『『♪非難轟々、真っ向勝負 挑んでやるさ使命、必須なのは野心』』
二人の声が重なり合った。真っ直ぐ貫くような覇気を放つ魔王の声に、上下に移動する複雑なハモリを的確に合わせるゼクス。個性がぶつかり合い、ソロとは違う魅力を生み出していく。
『『♪暗がりで怯える、悲劇に溺れる趣味はない 助けが来ないなら、世界に一発ぶちかます』』
「な、なんだよこれ……」
「すげぇ……」
観客たちの間に、動揺が広がっていった。
ステージでは倫理や悪意といった理屈なんて関係ない。今この瞬間に必要な評価基準はクオリティが高いか低いか、ただそれだけ。
『『♪求められるかどうか、誰も答えなんて知らない 正しいお行儀は、輝きの保証をしない』』
サビに突入し、歌声が最高潮に達した瞬間。
会場の空気は完全に二人のパフォーマンスに引き込まれていた。
冷ややかな視線は驚きへ、ヒソヒソと囁く声は感嘆の息へ変わる。
『『♪見苦しくたって構わない、解き放っていけ自我 スポットライトのスイッチは、自力で点けてやるんだ!』』
圧倒的な熱量と完璧なハーモニーで『RE:verse』が終了した。最後のポーズを決めたヴァルガンとゼクスは、荒い息を吐きながら客席を見据える。
「「「……」」」
観客たちはあまりの迫力に言葉を失っていた。
彼らの中にある嫌悪感が、どうすべきか判断を迷わせている。凄かった、でも称賛はしたくないと。その様子をステージ袖で見守っていたタケルは、無言でガッツポーズをした。
「フン、あとは貴様の時間だ。存分に吠えろ」
ヴァルガンは満足げに笑うと、ステージ袖へと下がっていった。
ステージの中央に、ゼクスが一人残される。
次は、彼のソロ曲を歌う番だ。
(……怖いのは、変わらないな)
ゼクスはマイクを握る手に力を込めた。
無数の視線が自身に突き刺さる。薄気味悪いものを見る目。
姿を隠してしまいたいという恐怖が、足元から這い上がってくる。
『兄さんの歌、もっと色んな人に聞いてもらおうよ』
でも、今日このステージから逃げ出したら。
妹と語り合った夢すらも、嘘になってしまう気がするから。
『目指すはトップ、約束だよ』
ノッテの笑顔が、脳裏に蘇る。あの夢が嘘になってしまったら、それまでの気持ちすべてが嘘になるような気がするから。
(オレのこれまでを、嘘になんかしない)
疾走感あるギターのイントロが入ってくる。
かなり早めのテンポ。力強さの中に、透明感と切なさが入り混じる音色。
『♪この声で形にするのは 独りになった僕の強がり』
先ほどのペア曲で見せたのとは違う。
剥き出しの感情を、自らの傷をさらけ出して伝えたい想い。
『♪今日も約束を果たすよ 他でもない君のために』
優しさのような、後悔のような、叫びのような。
想いが綯い交ぜになっているのに、表現力を駆使して伝わってくる願い。
『♪僕らの時間は続くと思った、昨日今日明日 そうじゃないと知ったのは、手からこぼれ落ちたあの日』
大衆が自分たちを「異常だ」と拒絶した事実は変わらない。
ステージで歌えば自分を受け入れてくれる優しい世界に変わるなんて、そんな甘いことは微塵も思っていない。
『♪想い出が君になる 君と歩いた海辺の散歩道も、君と作った焦げた目玉焼きも 今はもう色褪せたフォトグラフ』
この痛みを、一生抱え続けることになったとしても歌いたい。ゼクスの瞳に涙が滲む。どうして溢れ出すのか、彼自身にもわからないまま。
『♪それでもたった一つ、変わらないのは僕の歌 僕が諦めなければ、君の好きは色褪せない』
過去の痛みも周囲の嫌悪も、すべて引き受けた上で。
ゼクスは自分の魂を歌に乗せ、全力を振り絞って叫ぶ。
『♪ずっとずっと歌い続けよう、僕らの約束は嘘じゃない ずっとずっと歌い続けよう、僕が僕であるために』
最後のロングトーンが、会場の壁をビリビリと震わせた。
曲が終わり、会場を包んでいたのは沈黙。ゼクスの息遣いだけが、マイクを通して会場に響く。
やはり拍手や歓声は起きない。
だが、ゼクスの魂を削るような歌を前に、観客たちから軽蔑や嘲笑の感情は消え去っている。代わりにあったのは、「何か」に胸を打たれたという困惑。
あんな異常者に感動してしまった。
どうリアクションすべきかわからない。
そんな戸惑いと葛藤だけが、その場に残っていた。
(……歌い切ったぞ、ノッテ)
汗だくのまま、ゼクスは微かに微笑んだ。
世間の評価が覆るわけではない。明日からもまた、バッシングは続くだろう。けれど、今日このステージで歌いきったこと。それは誰にも奪えない、彼が作り上げた事実。
沈黙の勝利。
一人の表現者が、再び自分の足で立ち上がった瞬間だった。




