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19. 立ち向かう壁はアウェイのステージ

 ついに迎えた『RE:Genesisペアパフォーマンスライブ』当日。

 タケルたちは会場に集まり、最終確認のリハーサルを進めていた。


 音楽に合わせてヴァルガンとゼクスが歌い踊りながらチェック。

 照明や演出スタッフと相談し、一部微調整しながら整えていく。


「我はもう問題ない。貴様はどうだ」

「……進行は頭に入った。オレも大丈夫だ」

「では、これで最終リハは終わりです! 本番もこの調子で頑張りましょう!」


 タケルの声に、ステージに立つ二人は互いに確認して頷きあった。

 新曲のお披露目もあるし、歌やダンスのクオリティは申し分ない仕上がりだ。


「俺はフロアと入場周りを見に行きます。セレイナさんは他をお願いできますか?」

「わかりました。では、メイクや衣装の直し準備を進めておきます」


 指示を受けたセレイナはその場を離れ、ギルドで新しく配属されたRE:Genesisスタッフと、『獅子の牙』が雇った冒険者たちに連絡し始める。開場までのタイムスケジュールについての共有だ。


 一方、タケルはイベント会場の入口でスタッフと最終チェックを始めた。

 客を誘導するための手順、待機列用のポール設置、グッズ販売スペースの設営。混乱が起きないようちゃんと整理されているか、一つずつ確認していく。


「む。我のポスターが剥がれかけているではないか。気合が足りんぞ」

「いや、アイドル本人がそういうことしなくていいんだけど……」

「何を言うか。主催たるもの、仔細まで目を通すのが筋というものよ」


 勝手についてきたヴァルガンが、会場に貼られていたポスターをペタペタと張り直していく。こういうところは妙に義理堅い。


 開演までまだ時間はあるが、会場を確認しに来たであろうお客さんの姿も見える。本格的にイベントが始まろうとしているのだと、肌で感じられる。


(はー……いよいよかぁ)

「タケルさーん、カンディードさんって知り合いの方? が来てますよー」

「あ、はーい! そっち行きますねー」


 スタッフに声をかけられ、受付へと向かうタケル。

 そこにはニコニコと笑顔を浮かべた神父が紙袋を手に待っていた。


「カンディードさん! 来てくれたんですね」

「お忙しいところすみません、タケル殿。クッキーをお持ちしたので、ぜひみなさんで召し上がってください」

「おおっ、ありがとうございます! あとでいただきますね、嬉しいです」

「私のような者でも、無事を祈ることはできますからね。では、良いステージを」


 カンディードは差し入れを渡すと、丁寧に会釈しその場を去った。

 以前、「異端者はいない方がいい」と苦言を呈していたのに、わざわざイベントに来てくれるとは。


「いい人だなあ、カンディードさん」

「……」


 差し入れを貰ってほっこりしているタケルの隣で、ヴァルガンが不審そうに目を細めた。魔王はカンディードが去っていった方向をじっと見つめている。


「どうした、ヴァルガン? クッキー食うか?」

「いらん。我は貴様が用意した物を食う」

「なんだよ、せっかく貰ったのに……後で文句言うなよ」


 ヴァルガンは差し入れに手をつけようとせず、ソッポを向く。

 と、そこへセレイナとガルドがやってきた。


「タケルさん、スタッフ周りの連絡が終わりました。本番に向けた準備はできましたが……手放しでは喜べない状況です。こちらを」


 彼女がそう言いながら取り出した魔導端末の画面には、ルミナ地下掲示板の書き込みが表示されていた。



 301:名無しの魔導師

 今日のライブは破綻させるべきだ。

 これ以上、ゼクスを調子に乗らせるわけにはいかない。


 302:名無しの魔導師

 あのような忌まわしき異端者を再び舞台に上げるとは正気か?

 主導するRE:Genesisも同罪と見なすべきだ。


 303:名無しの魔導師

 魔導端末越しに非難するだけでは生温いな。

 直接現地へ赴き、我々の正当なる抗議の声を奴らに叩きつけてやろう。



「……」


 相変わらず、ゼクスに対するバッシングが続いている。

 タケルは画面から目を逸らさず、唇を噛んだ。


「今日のイベントは野次馬や、直接文句を言ってやろうって連中も紛れ込んでるはずだ。どう転ぶかは全くわからねぇぞ。最悪、暴動になる可能性だってある」

「……はい。それも考慮して冒険者の人を配備してますし、覚悟はできています」


 ガルドの警告は、プロとして当然の危機管理意識の表れ。

 だが、タケルは少しも怯むことなく真剣な声で語る。


「いつ俺たちが、ゼクスさんと同じような立場になるかわかりません。悪意あるスキャンダルや些細なミスで、一瞬で貶められる可能性だってあります」


 芸能界の恐ろしさをタケルは痛いほど理解していた。

 自分たちは絶対大丈夫なんて保証は、どこにも存在しないのだと。


「だからこそ、どれだけ批判されても。歌いたい、ステージに立ちたいっていう気持ちを信じて、貫かなきゃいけないと俺は思っています」


 何があろうと絶対に頂点を目指してみせる。

 プロデューサーとしての宣言に、ガルドとセレイナは小さく頷いた。


「それに、ヴァルガンのポロリ事件に比べたらマシっちゃマシですよ! あの時は本当に終わったと思いましたからね!」

「なんだと? あれは不可抗力であろうが」

「ガッハッハ! 違いねぇ! アレに比べりゃ、なんとかなる気がしてくるぜ」

「はぁ、タケルさんったら……」


 張り詰めた空気を和ませるように、タケルは笑って付け加える。

 ヴァルガンがむっとしながら反論し、ガルドたちも思わず吹き出した。


 *


 いよいよ開演間近。キャパギリギリまで埋め尽くす超満員で、大半はRE:Genesisのファン。グッズや専用ペンライトの光が見える。


 しかし、中にはゼクスを冷やかしに来た野次馬や、明確な悪意を持って叩きに来た層も陣取っている。ヒソヒソと話し続ける声、品のない笑い声、いつ爆発するとも知れない緊張感。異様な空気が会場に満ちていた。


 そんな状況でもステージの裏にいるヴァルガンは、余裕そうな態度で鼻を鳴らした。その隣に立つ、今回イベントで司会を担当するガルドもやる気満々だ。


「フン。我のイベントが始まろうというのに、余計なことばかり考えおって」

「嫌な空気になってるが、ヴァルガンが吹き飛ばしゃいい。準備できてんな?」

「無論だ。ガルドよ、我の力を見せつけるよう全力で吠えるがいい」

「おう! テンションぶちかましてやるから任せときな!」


 アウェイの空気など、魔王にとっては自身の力を試す絶好の舞台でしかない。

 開演ブザーが鳴り響き、ガルドはマイクのスイッチをオンにした。


『さあ、待ちに待ったRE:Genesisライブのスタートだ! お前ら、迸るパワーを全身で味わいやがれ!!』


 力強いアナウンスと共に、激しいビートのイントロが鳴り響く。

 ステージの照明が一斉に瞬き、スモークの中からヴァルガンが姿を現した。


『待たせたな、愚民ども! 我が初ライブの目撃者になれたこと、光栄に思え!』


 魔王はマイクスタンドを握りしめ、客席に向かって咆哮した。テレビ出演を通じて身につけたアピールの技術は、ライブでも遺憾なく発揮されている。


『さあ、くだらんことは忘れろ! 我に魅せられるがよい!』


 最初は冷ややかな目で見ていた野次馬たちも、ヴァルガンの圧倒的なパフォーマンスに引き込まれ、徐々に体を揺らし始めていた。


 *


 ステージ裏の控室。

 待機していたゼクスは、両手の激しい震えが止まらなくなっていた。気分を落ち着かせようとしても身体が言うことを聞かず、荒い呼吸が響く。


(怖い。ステージで歌うのが……)


 どんな凶悪な魔獣討伐の任務よりも。

 命を落とすかもしれない危険地帯に足を踏み入れるよりも。

 もうすぐ出番が来てしまうのが、怖い。


 かつて自分とノッテに向けられた、無数の嘲笑と軽蔑の眼差し。

 それが今、すぐ向こう側で口を開けて待っている。


 覚悟したはずだった。立ち上がると決めたはずだった。

 なのに、こんなに震えてしまうなんて。過去の傷が蘇り、ゼクスは押し潰されそうになっていた。


「ゼクスさん」


 不意に、穏やかな声がかけられる。

 顔を上げると、控室に入ってきたタケルが心配そうな顔で見つめていた。


「大丈夫、一人で戦うわけじゃありません。俺もたぶん、イベント後に『なんであんな奴を出した』とか『お前も同罪だ』って言われて叩かれると思います」


 タケルはゼクスの前にしゃがみ込む。

 それから力強い笑みを浮かべ、握りしめた拳を顔の前に上げた。


「だから、嫌な思いをしたら……終わった後、一緒に思いっきりヤケ酒して愚痴りましょう! とことん付き合います!」

「……バカか、あんたは。そんなこと言われたら、逃げるわけにはいかないだろ」

「そりゃ、逃げられちゃ困りますからね! ここまでお膳立てした俺のメンツだってあるんですよ」


 少しおどけるような口調でタケルは言う。

 ステージに立たせるリスクをすべて承知の上で、歌を届けるために。


 ゼクスはゆっくり深呼吸をし、そして。


「ちょっと勇気、分けてくれ」


 そう言ってからゼクスはタケルを強く、強く抱きしめた。

 背中に回した手から、微かに震えが伝わってくる。


「どうです、勇気出ました?」

「……ああ。ありがとな」


 ゼクスが顔を上げると、手の震えはピタリと収まっていた。彼の瞳にあったのは、タケルが信じてくれるのなら絶対やってみせるという覚悟。


「行ってくる」


 立ち上がったゼクスは、ステージ袖に向かい歩いていった。

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