18. インタビュアーは、地に降り立った頂点の星
ルミナ・シティ内にある豪華な撮影スタジオ。今日、タケルたちはイベントに向けて写真撮影を行っていた。
用意したのは『オフィス・グリード』のリカルド。曰く──
『金は出してやるからいいスタジオを使え、じゃなきゃこっちがケチったみたいな見え方になるだろ? ついでに他仕事もまとめてやっとけ、いいな』
とのこと。機材が整っており、広々とした空間。用途に応じてすぐ変更できるよう準備された、様々な種類の背景布。演出のために使うソファや家具などの小道具。冒険者ギルドに作ったスタジオとはあらゆる点で雲泥の差だ。
撮影スタッフたちは慣れた様子で照明などのセッティングを進めていく。
「では、撮影始めまーす」
「……っ」
スタッフの声が響く。レンズを向けられたゼクスは一瞬、身体が強張った。
撮影されたからこそ、自分の素性がバレてしまった。顔を再びさらけ出す恐怖、イベントのポスターを大々的に出す以上は逃げ場がない。
(……出ると決めたんだ、しっかりしろ)
ゼクスはポケットに入れた手を強く握り、顎を引いてカメラに目線を合わせる。また好き勝手言われるのだろう。だが、ここで逃げるわけにはいかない。
その反応を見たヴァルガンもポーズをキメて、シャッター音が響き始めた。
「いいですね、ヴァルガンさん! その感じでお願いしまーす」
「フン、我の魅力を余すことなく写すがよい」
表向きは順調に進行している。
リカルドが手を回しただけあってプロらしく手際がいいスタッフたち。しかし、タケルは彼らの本音に気づいていた。
(ディレクターさん、ヴァルガンにしか声をかけてないな……)
テキパキと現場を仕切るディレクターは、ゼクスに露骨な敵意を向けたりはしない。ただし、褒めたり会話をするのはヴァルガンのみ。
「すみません、タケルさん。次は向こうのソファに寝そべって、見上げるカット撮りたいんで……ゼクスさんに伝えてもらえます?」
「わかりました。今やってるとこが終わったら指示しますね」
直接ゼクスに言えば済む指示を、わざわざタケルから伝えさせて関わらないようにするスタッフ。
そして、大多数のスタッフは近寄ろうとすらしない。叩くつもりはないが、関わって何か起きると面倒なので様子見という反応。
(……直接嫌がらせをしないだけ、マシなんだけどさ)
嫌悪感を抱えていたとしても、スムーズに仕事を進めている。世間一般の反応から考えれば、かなり大人の対応をしてくれているのだ。
ゼクスの過去を知り、引いてしまう気持ちを止めることはできない。タケル自身も過去についての報告を聞いた時に「大丈夫なのか?」と感じたからこそ、そうなる心理もわかっている。
「そう思っちゃう人がいるのも当然ではあるから、難しいよなぁ……」
誰にも聞こえない小さな声で、タケルは呟いた。
*
「撮影終了でーす。じゃ、そのままインタビュー用にセット切り替えますね。スタッフ撤収させます」
「ありがとうございました! セッティング、よろしくお願いします」
ヴァルガンとゼクスが並ぶメインビジュアルの写真は、力強くワイルドな魅力を放っていた。このあとはイベント宣伝用に掲載するインタビュー。大多数の撮影スタッフが片付けをして、移動を始める。
「あのー、RE:Genesisさん。ちょっといいですか」
「なんでしょう、何か確認ですか?」
「いえ、仕事と関係ないんですが……」
撤収作業をする中、片付けを終えた一人の女性スタッフがタケルに話しかけてきた。彼女の鞄に目を向けると、RE:Genesisのバッジが付けられている。
「あっ! もしかして、ファンの方ですか?」
「はい、サザンクロス島のフェスから応援してて」
「ありがとうございます! そう言ってもらえると嬉──」
「やってほしくなかったです、今回のイベント」
「……え?」
割り込むように出た予想外の言葉に、タケルが固まる。
声をかけてくれたスタッフは、ただただ悲しそうな顔をしていた。
「トラブルが起きてから、あちこちでRE:Genesisさんの変な話が出て……正直、ファンは嫌な気持ちになってます」
「……ごめんなさい」
「好きだからこそ、こんなやり方してほしくなかったです。……失礼します」
謝ることしかできなかった。
クオリティの面でガッカリさせる気はないが、ファンから見て不安になる現状なのは事実。当然ながら、ライブですべての悪評を覆せるわけではない。どうしてこんなことになってしまったのかと、ファンが悲しんでしまうのもわかるのだ。
「タケル」
先ほどの言葉に落ち込んでいると、いつの間にかヴァルガンが隣に立っていた。
それからタケルの肩を掴み、グッと自身の方へと抱き寄せる。
タケルが魔王を見上げても、沈黙したままだ。
いつもなら「フン。あの程度、気にすることはない」とでも言うのに、口を結んでスタッフが去った扉を見ている。
「どうしたんだよヴァルガン、急に」
「……いや」
らしくない反応。
なぜそうしたのか、ヴァルガン自身にもわかっていない様子だった。
「おはようございます。本日のインタビュー、よろしくお願いします」
そこへ、インタビュアーらしき人物が現場入りする挨拶の声が聞こえてくる。
「どうも。お久しぶりです、タケルさん」
(ん? 久しぶり……?)
タケルが不思議に思いながら振り向くと、そこに立っていたのは。
黒縁の大きな眼鏡とニット帽、地味な服装をした見覚えのある女性。雨の中でやったヴァルガンの初ライブや、夏祭りの後夜祭で出会った──
「……エトルさん!? どうしてここに!?」
「ふふ、インタビュアーですよ。アイドル好きが高じて、こういったお仕事もやっているんです」
「いやぁ、同じアイドル好きに聞いてもらえるなら安心ですね! 今日はよろしくお願いします」
フリーのライターを装って現れたエトルを、タケルは喜んで迎え入れた。
だが、彼女が絶対的トップアイドル、ステラの変装だと知っているヴァルガンは不機嫌そうに顔をしかめる。
「貴様、どうやって紛れ込んだ?」
「紛れ込むなんて、そんな。ちょっと『相談』しただけで、本当にインタビュアーのお仕事ですよ? 少しお話を聞きたくて」
エトルは魔王の圧に怯むことなく、涼しい顔で微笑み返す。彼女から発せられる只者ではない空気を感じ取っているのか、ゼクスも警戒している様子だ。
「では、ソファに座ってやりましょうか。文字起こしもあるので、録音はさせてもらいますね」
エトルは魔導端末を取り出して録音機能をオンにすると、取材を始めた。
「新曲の聴きどころについて教えてください」
「RE:Genesis主催の初ライブですが、意気込みは?」
「突然の発表に驚いたファンもいそうですが、どんな狙いが」
ライブに関する順当なインタビューを進めていくエトル。
意図や狙いといった部分はタケルが答え、パフォーマンス関連はヴァルガンが回答。話題を振られたらゼクスも話をする。
「ヴァルガンさんは何を背負って、ゼクスさんとステージに立つんですか? こう言ってはなんですが、リスクもあるのでは」
エトルはメモを取りながら、いよいよ核心へと迫る質問を投げかけた。
「フン。炎上ごとき吹き飛ばせぬ実力では、世界征服など夢のまた夢。こやつがどうあろうと関係ない、我自身の力を証明する試練なのだからな」
「なるほど、貴方らしい答えですね」
ヴァルガンは足を組んだまま傲然と言い放つ。ゼクスを助けるためではなく、自分の力を誇示するためにステージに立つのだと。
「では、ゼクスさん。貴方がステージに立つ理由はなんですか?」
「……それしかないからだ」
「それしかない?」
「自分はここに居る。そう実感できる方法が、歌うことしか残っていないんだ」
大衆から拒絶され、過去の痛みに苛まれながらも、再び表舞台に立とうとする意味。ゼクスの言葉には、どこか悲痛さがあった。
「……インタビューはこれで終わりです。最後に一つだけ、私個人の意見を言わせてください」
エトルは録音をオフにして、魔導端末を閉じた。
インタビュアーではなく、一個人としてゼクスに向かって話しかける。
「誰かに危害を加えたり、悪意をもって罪を犯す人を私は許せません。ゼクスさんがそうではないことは知っていますが……それでも、貴方の過去を『肯定し受け入れろ』と言われても、難しいでしょう」
彼女が示したスタンスは冷静に一定の線を引くものだった。人を傷つけてない、悪意がないこともわかっている。けれど、受け入れることはできない。
ゼクスは顔を伏せる。拒まれる現実を理解しているからこそ、自身とノッテの関係を誰にも明かさないように生きてきたのだから。
「でも。歌いたい、ステージで輝きたいと願っているのなら。私は、その気持ちを否定しません」
続けられた言葉は思いもしなかったもの。
顔を上げたゼクスは、驚きと困惑が入り混じった視線を向けた。
「だから、ゼクスさん。貴方の『歌いたい』が本物であることを。このイベントで証明してくださいね」
過去を肯定するわけではない。表現者としての熱は認めるという想い。
「……ああ」
ゼクスは短く答えて、目を閉じた。
彼女の言葉を、自分の中で咀嚼するように。
「では、改めて……今日はインタビューありがとうございました。掲載されたら、またご連絡しますね」
「よろしくお願いします、エトルさん」
エトルは深く一礼してから背を向け、スタジオの出口へと歩き出し……途中で振り返ると、タケルに向かってウインクをした。
「そうそう。タケルさんに耳より情報ですが、ステラさんがとあるイベントを開催予定らしいですよ。なんでも、彼女が選んだアイドルを集めた祭典をするとか」
「えっ!? そうなんですか!?」
「あくまで噂ですけどね。もしかしたらRE:Genesisさんも選ばれるかもですし、楽しみにしててくださいね」
「フン、いつでも来い。頂点に立つのは我だ」
扉が閉まる直前。
エトル──ステラの口元が微かに、挑戦的で楽しげに笑ったように見えた。
(なんでヴァルガン、微妙にエトルさんに当たりが強いんだ……?)
二人の間に流れたバチバチの緊張感に、タケルだけが全く気づいていなかった。
*
その夜。
自室の暗闇の中、ゼクスはベッドに腰掛けていた。
部屋の隅にある大きな箱。
長年開けることのできなかった、ノッテの遺品と想い出。
ゼクスはゆっくりと立ち上がり、箱の前に跪いた。
震える手で蓋を開け、中から一つの小さな写真立てを取り出す。
そこには笑顔のノッテと、プロになる前の若いゼクスが写っていた。
「……またステージに立つよ、ノッテ」
彼は静かに語りかける。過去に向き合うため。そして、自分自身の「歌いたい」というエゴを証明するため。
「お前との夢に、嘘はつかない」
ゼクスは写真を胸に抱きしめる。
決戦の日は、もう目前に迫っていた。




