17. 新曲に込められた想いと願い
「おい陰気野郎、そろそろテメェの番だぞ」
「……なんの話だ?」
「決まってんだろ、新曲だよ。それ以外にテメェを呼び出す理由がねーだろ」
レオンに呼び出され、『獅子の牙』にある音楽スタジオへとやってきたゼクス。
突然の流れに困惑しながら問い返すと、出てきたのはまさかの新曲の話。
「クソ野郎の新曲は書き下ろして、あとは仕上げと微調整だけ。今回初お披露目のペア曲も完成した。あと残ってんのはテメェの歌だろうが」
(……本気で作るつもりだったのか)
あの場では決定したが、時間の都合で用意されない可能性もあるだろう。そう思っていたゼクスが少し意外そうな反応をすると、レオンはジロリと睨みつける。
「おい、顔に出てんぞ。本気で作る気だったのかって」
「……そんな顔したつもりはないが」
「目は口ほどに物を言うもんだ。交換条件が出たんだからやるに決まってんだろ。それとも、このスケジュールでやれるわけねーだろって舐めてやがったか?」
仕事を受けたのならやり遂げるというプロとしての主義。
椅子に座っていたレオンは足を組み直し、メモ帳を取り出した。
「つーわけで、まずはやりたいことをざっくり言ってみろ」
「だから打ち合わせか」
「ああ。俺はテメェに作ってやりたい音楽なんてねーから、このまま進行しろと言われても無理だ。中途半端な代物になるオチが見えてる」
ヴァルガンは自己主張の塊だからこそ、RE:Genesisに相応しい楽曲や方向性についてレオンはすぐイメージして組むことができる。
だが、ゼクスに対しては当然ながらその構想や形はない。作曲家としてどんな音を作るべきか、ヒントを探る必要があるのだ。
聞かれたゼクスはふむ、と顎に手を当てて考え込む。
ジャンルどうこうではなく今回のイベントを通じてやりたいこと、それは。
「……オレは、歌いたい」
「抽象的すぎて意味わかんねーよ、もう少し具体的に言え」
「今までも、これからも、歌い続けたい気持ち。それを形にできるような……そんな曲がほしいんだ」
ゆっくり、一つずつ自分の中にある願望を口にする。
このライブで何を実現したいのか、自分自身で確かめていくように。
「オレが正しいかどうかじゃない。間違ってると言われたっていい。ステージに立って歌を届けたいこと。その想いに、嘘はないんだと……伝えたい」
「陰気なくせに、随分青臭くて熱いこと言うじゃねーか」
「……二人で約束した夢だからな。青臭くて当然だ」
目指すはトップ、約束。遠い昔にノッテと話した他愛もない夢。
あちこち逃げ回る中で手放していた、もう見ないことにしてきた想い。
その部分にもう一度目を向けたいと、ゼクスは思い始めていたのだ。
「よし、ちょっとイメージ湧いてきたぞ。これなら、クソ野郎じゃまずやらない路線で書いてみる方がしっくり来るな」
レオンはメモをガリガリと書き起こしていく。
乱雑なキーワードが次々と埋まり、どういった法則性で並んでいるのか他人から見るとさっぱりわからない代物。
「……あんた、オレが気持ち悪くないのか?」
「気持ち悪いぞ。身内にテメェみたいなのがいたら縁切るかぶっ飛ばす。で、話の続きだが」
「え」
ゼクスはふと、疑問を口にした。
が、レオンは気持ち悪いことを肯定した上であっさり流し、新曲の話を続けようとする。拒否感丸出しの口ぶりなのに、意味がわからない。
「曲自体に重さが出ると、暗い感じになりそうだからな。もう少し爽やかさっつーか……戻らないあの日、的な疾走感と切なさみたいな方向性はどうだ」
「あ、ああ……それなら、オレの言いたいことにも合ってると思う」
「決まりだな。んじゃ大枠決めたあと、タケルに共有すりゃ大丈夫か。クソ野郎の曲とも被らないし、まーいけんだろ」
既にレオンの頭の中では一通りまとまった様子だ。
スッキリとした顔でさらにメモを書き続けたあと、パタンとメモ帳を閉じた。
「ちょっと弾いてみるか。こんなイメージだが、どうだ?」
そう言ってからレオンはピアノを奏で始める。
テンポは早めで、基本のメロディラインは明るく感じられる雰囲気。長調をベースにしながら随所に短調の響きを織り交ぜたもの。
その音色には、ゼクス自身ですら言葉にできていなかった「切実さ」があった。気持ち悪いと言い切った相手に対する曲なのに、なぜ。
サラリとレオンが弾き終わったあと、ゼクスは思わず拍手をしてしまっていた。
「……凄いな、いい曲になりそうだ」
「アレンジは加えるけどな、細かいとこは後でやるから待ってろ。あ、歌詞は自分で書けよ。俺はテメェの心情なんざこれっぽっちも理解できねーからな」
「待ってくれ。流石に作詞はしたことがない」
「じゃあ誰が書くんだよ、まさかタケルに押し付ける気か? 言いたいことがあるんなら自分で責任取れ」
呆れたように頬杖をついて、レオンはゼクスを睨む。
彼が言ってるのは、できるできないではなく「やれ」という意味だ。
「ま、一発で上手くできるなんて期待してねーよ。クソな歌詞かどうかはチェックしてやるから安心しろ」
「ああ、わかった」
「んじゃ、他に確認がなけりゃレッスン戻っとけ。なんかあるか?」
「……交換条件があるとはいえ、どうして曲を書くんだ? 一緒に仕事をしたくないと思いそうなものだが」
当然の疑問だった。
これまでゼクスの素性を知った人間は、攻撃をしなかったとしてもそっと距離を置いて離れていくのが普通だったから。嫌悪感を抱えたまま協力してくれる相手なんて、居なかったからこそ。
「あん? テメェは楽器としての性能が高い。なら、曲もいいクオリティになる。仲良くするつもりはねーが、仕事として付き合うメリットは一応あんだろ」
「……」
気持ち悪いと思っていることは全く隠そうともしない。
けれど、価値があると感じた点を認め、納得できる距離感で付き合う。
かつてレオン自身が「魔王にとっての価値」を見出されたのと近しい理屈。
「進んだらまた連絡する。じゃ、俺はちょっくら酒チャージしてくるわ」
そう告げると、レオンはスタジオから出ていった。
一人、ポツンと残されるゼクス。
(……変な連中ばかりだ)
ゼクスは正直なところ、打ち合わせ当日に「出ていけ」と追い出される可能性が高いかもしれないと考えていた。しかし実際には、ガルドがやってみせろと発破をかけたり、レオンが新曲を作ってくれたり。
(その中でも、とびきり変なのは……)
倫理や道徳など関係なく、世界のすべては自分のモノだと言い切ったヴァルガン。そして、自分の過去をすべて知った上で、それでも歌を聴きたいと言ってくれたタケル。
「……あいつらが、一番よくわからん」
そう独りごちるゼクスの口元には、微かな微笑みが浮かんでいた。




