16. ゲスでカスなスポンサー様のご来訪
ライブに向けたレッスンは、中盤の佳境を迎えていた。
ペアの新曲もほぼ完成したので、その音源を元に振り付けを決定。フォーメーションなど含めた振り入れを進め、ヴァルガン指導のもとゼクスが汗だくになりながらステップを踏み、タケルが全体の動きをチェックしていた。
「ゼクスさん、腰のキレが甘いです! ヴァルガンに遠慮なし、思いっきり動くイメージでやってください!」
「……こうか?」
「マシにはなったな。だが我の隣に立つ以上、その程度の動きで満足するな!」
ゼクスは挫けず、ヴァルガンに食らいついていた。少しでも振りで迷った部分があれば鏡を見ながら確認し、改めてそのパートを通していく。覚えるのが苦手な分は、繰り返しこなすことでカバーする根性。
バァンッ!!
その真剣な空気をぶち壊すように、扉が乱暴に蹴り開けられた。
訓練場に突然踏み込んできたのは──
「よう、やってるようだな。筋肉ダルマの諸君」
金だけはかかってそうなスーツを着て、口に葉巻をくわえた男。『オフィス・グリード』の社長、リカルドだった。彼はギラギラと輝く指輪だらけの手を叩き、下品な笑みを浮かべてタケルたちに近づいてくる。
「チケットの売れ行きも順調だと聞いたぞ、出資して正解だったな。たんまりと金を生んでくれそうでたまらんね」
「……あのー、リカルドさん。打ち合わせは明日のはずですけど、なぜここに?」
タケルは顔に「うげぇ」と出そうになるのを我慢し、一歩前に出て確認する。しかし、リカルドはその声掛けをスルーし、肩を上下させ呼吸を整えているゼクスに目を向けた。
「お前が噂のゼクスだな、立派なガタイしてるじゃねえか。魔導通信でボロクソに叩かれて炎上しまくってるし、素晴らしい売名効果だな」
「……は?」
ゼクスが怪訝そうに眉をひそめる。
普通はスキャンダルを抱えた人間と対面する際、腫れ物扱いか軽蔑の目を向けるもの。ところが、この男にあるのは金の亡者としてのギラつきだけ。値踏みするような視線を、遠慮なく向けてくる。
「は? じゃねえだろ。倫理観の終わってる変態野郎と話が広まったおかげで、イベントの注目度は抜群。これなら場所代は余裕で回収できるぜ、ハハハ!」
「……おい、ちょっといいか」
近くにいたタケルをそっと手招きするゼクス。
リカルドを不愉快そうに盗み見ながら、小さな声で囁きかけた。
「少し混乱してるんだが……。この品性の欠片も感じられないゴミカスは、本当にオレたちの味方なのか?」
「ゼクスさん、安心してください。この人は品性の欠片もないゴミカスです」
タケルは真顔になり、きっぱりと返事をした。スポンサーになってくれた相手だが、親しくするつもりは一切ないという温度感。
「そもそもですが、この人は味方ってわけじゃないです。利害が一致したから資金を出してくれた、喋る札束くらいに思っといてください」
「そうか、味方じゃなくて安心した」
「おい、何コソコソ話してんだ。どうやって話題を作るか作戦会議か?」
リカルドは葉巻の灰を床に落としながら、遠慮なく話し続ける。
なお、訓練場は禁煙なのだがそんなのガン無視である。
「そもそも、お前ら真面目すぎんだろ。こういう時はな、もっと燃えることをやりゃいいんだよ。世間の批判にシュンとしてんのが一番つまんねえんだ」
「……もっと燃えそうなことって、たとえば?」
警戒しながらタケルが問い返すと。
リカルドは待ってましたとばかりに、下衆な笑顔を輝かせた。
「そんなの決まってんだろ? こんだけ筋肉があるペアなんだ、エリオがやってた以上の過激なエロ売りでド下品アピールすりゃ儲かるぞ!」
「はあ……?」
「コンセプトはモラル終了変態アイドル。お互いビキニパンツ一枚で歌うんだよ。で、狙いまくった振り付けやポーズを入れまくるってわけだ。話題作りの燃料をいくらでも追加できる」
「……」
「そうすりゃ、物好きが目の色変えて金を投げる。炎上なんざ、派手に油を注いで大火事にしちまえばいい。数字出てますけど? 儲かってますけど? って言えば勝ちなんだからよ!」
成果に繋がれば手段は問わない、完全に金勘定だけで構成された下劣な論理。場の空気は冷え切っているが、当のリカルドは気付いていない。
ヴァルガンの方から圧を感じて、タケルが目を向けると。魔王の顔はあからさまに不機嫌で、赤黒い魔力が指先から微かに漏れ出している。
(マズい! これ以上、クソ社長が余計な発言したら物理的に消し炭にされる!)
品性終わってて言動はカスの極みでムカつくのは事実だが、スポンサーを灰にするわけにはいかない。
タケルは苛立ちを抑え、ヴァルガンにスッキリしてもらいつつリカルドを追い出すことにした。そっと魔王に近づき、耳打ちする。
「……ヴァルガン。スポンサー様を丁重に送り返してくれないか? 一応、優しくな。暴力を振るわないなら、フルパワーでやっていいぞ」
「フン、ようやく許可したか。もう少し遅かったら殴り飛ばしていたぞ」
ヴァルガンは低く呟き、リカルドの元へ歩み寄る。
相手が反応するよりも早く、子猫の首根っこを掴むようにひょいと持ち上げた。
「お、おい! 何しやがる! 俺はスポンサーだぞ、降ろせ!」
宙に浮いた状態で、足をバタバタと暴れさせるリカルド。
魔王は彼に向かって顔を寄せ、獰猛な営業スマイルを浮かべた。
「我の筋肉を堪能したいようだな? スポンサーの要望に応えてやろう。街を全力疾走してやるから、これでもかと味わうがいい」
「ひ、ひぃっ……!」
「タケル、しばらくしたら戻る。それまで休憩していろ」
「おう、いってらー」
ヴァルガンはじたばたと暴れるリカルドを小脇に抱え直し、外に出る。
その後、猛烈な勢いで走り出したであろうとんでもない爆音が響き渡った。
「はぁ~……スポンサーではあるんだけども。言動が一ミリも尊敬できないから嫌なんだよな、あの人……」
ようやく訓練場に静寂が戻った。タケルはぐったりした様子で深いため息をつく。ゼクスは、リカルドが出ていった扉を忌々しげに見つめていた。
「……お前は異常者だと言われるより、人を都合よく金儲けの道具にする奴の方が腹が立つな」
「同感です。まあ、あの人のお金で会場抑えてるんで、今回は利用させてもらいますが……いつか絶対、ギャフンと言わせてやりましょう」
「ああ。あのカスが腰を抜かして、何も言えないくらいにな」
ちなみに、ヴァルガンが帰ってきたのは三十分後だった。
凄まじいGで揺さぶられまくったリカルドは、降ろされた瞬間に激しくリバースしたらしい。




