15. やらぬなら、やらせてみせようソロ曲を
数日後、冒険者ギルドの訓練場。ゼクスがライブに参加すると決まってから、ヴァルガンとの特訓は連日続いている。
「お疲れ様です。差し入れのドーナツとコーヒー、買ってきましたよー」
「おう。今、頭から流してる途中だから待ってろ」
明るい声を上げながら、タケルが紙袋を抱えて入ってきた。
新曲のデモ音源を流しながら、ヴァルガンとゼクスが踊っている。レオンはその様子を見ながら、どんなふうに仕上げていくかイメージを膨らませている最中らしい。差し入れをテーブルに置いてタケルも見学を始めた。
まだ歌詞は入っていないのでハミングではあるが、以前のステージを見る限り歌に関しては心配はいらないだろう。
しかし、パフォーマンスの面では明らかな歪みが生じていた。
「ぬるいぞ! もっと前に出てこんか!」
「っ……」
苛立ったヴァルガンが檄を飛ばす。ゼクスは無意識のうちに、一歩後ろへと下がってしまうのだ。
元々ダンスを覚えるのが苦手と言っていたのもあるが、それだけではない。自分が目立つことを避け、なるべく視線を集めないように動いてしまっている。
(炎上と過去のトラウマが、ブレーキになってるのかもな……)
前回ステージに出た時とは違い、今は素性が周りにバレている状態。参加すると決めても、根底にある恐怖をすぐに覆せるわけではない。ゼクスの迷いと不安が、アピールすべき魅力を曇らせてしまっていた。
「止めろ」
ヴァルガンが手で合図を出し、レオンが音源を止める。
スタジオに静寂が落ちた。
「バンダナ男。つまらん考えをしておるようだな? 自分は主役ではない、と」
「……」
「そんな腑抜けと組まされるなど、我が許すとでも思っておるのか」
「……今回のイベントはRE:Genesis主催。オレが主役じゃないのは事実だろう」
「ほう? そう返すか。確かに貴様の言い分はもっともだ、我こそがメインだからな」
あっさりとゼクスの言葉を受け入れるヴァルガン。
すると、魔王はそのままレオンに向かってビシッと指を差し──
「ではこうしよう。音楽家よ、バンダナ男のソロ曲を作れ」
「ぶっ!? ゲッホ、ゴホッ!!」
ヴァルガンはニヤリと笑いながら、突拍子もない命令を下す。
レオンは飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになり、むせてしまった。
「おいクソ野郎、何勝手に仕事増やしてんだよ! ただでさえ忙しいってのに!」
「文句を言うな。それが貴様の役目であろうが」
「なんでそんなことしなきゃいけねーか理由を説明しろ理由を!!」
「こやつが主役ではないと下がるならば、主役をやらせるまでのこと。よって、新曲を用意すればよい。簡単であろう?」
ペアパフォーマンスと称しているが、ライブではヴァルガンのソロ曲も披露する。ゼクスのソロ曲があっても何もおかしくはない。唐突すぎる魔王の提案だが、一応筋は通っている。
「簡単じゃねーよ馬鹿! ペア曲がまだ固まってなくて、テメェの新曲用意して、さらに作れだぁ!? タケル、なんとか言ってやれ!」
「よろしくお願いしますレオンさん!」
「ふざけんじゃねーぞカスどもが!!」
間髪入れずヴァルガンに同意したタケル。
レオンはキレてパァン! と床にペンを叩きつけた。
「レオンさんが怒る気持ちはわかります! でも、俺もヴァルガンに同感です。ゼクスさんのソロもあった方が絶対にいい!」
「テメェはそう言うだろうが、作るのは俺なんだが!?」
「そこをなんとか! ほら、お酒お酒!」
「酒って言えばなんとかなると思ったら大間違いだぞ! 今回はイベント用に書き下ろす曲が多いんだよ!」
いつもだったら良い酒を用意するんでとゴリ押せばなんとかなるが、流石に嫌なのか普段以上にゴネるレオン。お約束のパターンが通じず、焦るタケル。
「じゃ、じゃあ……今回のイベントが終わったら、レオンさんのお願いを一個叶えます! なのでやってください!」
ゴネていたレオンがピタリと止まった。
ゆっくりとタケルに顔を向ける。
「言ったな? 願いを叶えるって、なんでもいいんだな?」
「ええ、もちろんです! 今回はそれくらい大事なことですから」
「……よーしわかった。その条件なら作ってやるよ」
「ほっ……よろしくお願いします」
なんとかOKをもらうことができた。
レオンの目がギラついてるような気もするが、そこは見なかったことにする。
「これで言い訳はできんな。タケルの期待に応えてみせろ」
「……」
「一つ問おう。貴様はなぜ歌う?」
魔王からの問いかけ。
ゼクスは黙って俯き、自分自身の中で答えを探す。
「……これしかないからだ。オレでいられる、唯一の方法だからかもしれない」
「フン、同じだな。我にとってアイドルとは『ヴァルガン』であるために必要なことよ。少し休む」
ヴァルガンはそれだけ言い残し、訓練場から出ていってしまう。
残されたゼクスは、複雑な表情でその背中を見送った。
*
「お疲れ様です、ゼクスさん。はい、これ」
「……ああ。すまない」
休憩時間。タケルはゼクスの隣に座り、コーヒーとドーナツを手渡した。
ドーナツはサクサクとした生地に、控えめな甘さのシュガーグレーズがかけられたシンプルなもの。もぐもぐと咀嚼しながら流れる、しばしの沈黙。
「……あんたはカフェオレなのか」
「ブラックも飲みますけど、気合入れる用ですね。飲みやすいのが好きなので、普段はカフェオレ派です」
「なんでそこまでするんだ」
「え?」
ゼクスは静かに、今まで思っていた疑問を口にした。何度、手助けするメリットや理屈を考えても、タケルが行動する理由がわからなかったから。
「オレは、あんたに何かしたわけじゃない。なのに、新曲まで……」
「ペア探しで困ってた俺たちのこと、助けてくれたじゃないですか」
「……本当にこいつをステージに立たせていいのか? って、オレの素性を聞いてあんたも思ったはずだ」
「んー、まあ……大丈夫と言い切れないし、不安になったのは事実ですね」
「だったら、なぜ……」
タケルはうーん……と考えながら、カフェオレを飲んで一拍置く。
それから頭をかいて、ゼクスに向かって困ったように笑いかけた。
「たぶん俺、ゼクスさんのファンになっちゃったってことだと思います」
「ファン……?」
「推しの歌をもっと聴きたくなっちゃうのは、ファンなら当然ですから」
「……」
社会から排除され、誰にも求められないと思っていた自分の歌を。
純粋に聴きたいと言ってくれる存在が、すぐ隣にいる。
ゼクスは、タケルが持ってきたドーナツとカフェオレを見つめた。
「……今日の差し入れ、あんたの好物か?」
「はい。ここのドーナツ、ルミナ・シティで一番のお気に入りなんです。ギルドの近くにあるパン屋さんのやつですよ」
「そうか」
*
翌日。タケルがいつも通り訓練場に顔を出すと、既に到着していたゼクスが念入りにストレッチを行っていた。
「おはようございます、ゼクスさん。今日も早いですね」
タケルが挨拶をすると、ゼクスは無言で歩み寄り──
「ん」
短く一言だけ発し、紙袋を押し付けるように手渡した。
中を覗き込むと、タケルがお気に入りだと言った店のドーナツとカフェオレが入っている。
「え? これ……ゼクスさん、買ってきてくれたんですか?」
「通り道にあったから、ついでだ」
「ありがとうございます! めっちゃ嬉しいです!」
「……練習、始めるぞ」
ゼクスはバツが悪そうにバンダナで目元を隠し、部屋の中央へと向かっていく。
ほんの少しだけ、彼の足取りは軽くなっていた。




