13. 正しさだけが答えだと思いたくないから
「馬鹿野郎がッ! 何考えてんだタケルッ!!」
ゼクスと話をした翌日。
冒険者ギルド『獅子の牙』の会議室を、ガルドの怒声がビリビリと震わせた。タケルは床に正座し、気まずい顔で縮こまっている。
「どれだけリスクがあるか、わかってんのか!? お前らが今まで積み上げてきたもんが全部吹っ飛ぶかもしれねぇんだぞ!!」
ガルドが言っていることは正論だ。
手を引けと言ったリスクに対し、相談もなしに自分から飛び込んだのだから。
「俺らに確認せず、よりにもよってゼクスとペアを組んでライブをやるだぁ!? 勝手なことしやがって!!」
「……申し訳ないです」
「謝って済むことではありません」
追い打ちをかけるようにセレイナが冷たく言い放つ。
普段のクールさとは違い、今の彼女の声には糾弾する響きがあった。
「メリットに対し、デメリットが大きすぎる行為です。今後の活動で問題になる可能性があると理解していますか?」
「……はい」
「炎上中の人物を、自分たちのライブに出演させる。これは世間の反発に真っ向から喧嘩を売る行為です。スポンサー離れが起きたり、オファーが激減するかもしれないんですよ」
セレイナの論理の矢が、タケルに容赦なく突き刺さる。
彼女の言うことも何一つ間違っていない。
「まさか既に会場を抑えてるとはな。日程を発表して、情報も掲載。おまけにチケットも販売開始して、結構売れてやがる」
レオンは手元の魔導端末の画面をスクロールしながら、フッと笑う。
ここまでやってしまったら止まれるわけがない、そんな感心と諦め。
「今更キャンセルすれば、それはそれで問題になる。そこまで計算して退路を断ったんだろ? テメェもトチ狂ってんな」
「もう、やるっきゃないですよね……あはは」
開き直り気味に笑った瞬間。
ガルドがズカズカと歩み寄り、タケルの襟元を乱暴に掴み上げた。
「言ったはずだ、間違ってんのはゼクスの方だって! 世間の言ってることが正しいんだよ! なのに、どうしてここまでしてアイツに関わろうとするんだッ!」
「……でも! 世間の声で正しさが決まるんなら! 誰も見向きもしてくれなかった頃の俺たちは、『それが正しい』と受け入れて諦めるべきだったんですか!?」
襟を掴まれたまま、目を逸らさずにタケルは言い返した。
その言葉にガルドの動きが止まる。
「俺たちだって最初は、『何あれ?』とか『変な連中』って言われながら、それでもここまで来たんです!」
タケルの声が熱を帯びていく。
自分たちがそうやって立ち上がってきたからこそ、都合の悪い時だけ理屈を曲げたくないという真っ直ぐな想い。
「RE:Genesisだって普通じゃないやり方で活動してきました! だから俺は、この気持ちを貫きたいだけです! ゼクスさんのためだけじゃない、俺たち自身のためにも!!」
魔王がアイドルをやっている、世間の常識と真逆の行動。
それを知られたら「おかしい」とか「間違っている」と言われるかもしれない。
でも、そんなことないと立ち向かってみせる。それこそがタケルの、プロデューサーとしての理屈抜きの意地。
「フン。貴様らが言う一般常識とやらを基準にするのなら、真っ当なアイドルに投資するのが正解。そうであろう?」
そこですかさず、ヴァルガンが援護射撃を口にする。正しさを求めるのなら、RE:Genesisのプロジェクトを最初から拒否するのが妥当だと。
「我に賭けた時点で『常識的な理屈』なんぞ成り立たん。よって、我に従え」
身も蓋もない暴論だが、事実だった。
ヴァルガンというアイドル適正皆無な存在を世間に売り出そうとしている時点で、とっくに常識の枠を踏み越えているのだから。
ガルドはしばらく身体を震わせたあと。タケルを掴んでいた手を離し、苛立たしげに自分の席へと戻った。
「……どうなっても知らねぇからな!」
「ガルドさん……! ありがとうございます!」
「礼を言うな、俺は受け入れたわけじゃねぇんだ。……イベントが終わったら説教だから覚えとけよ!」
肯定するわけではないが、黙認すると決めた合図。
かなり強引な形ではあるが、なんとかイベント実施を通すことができた。タケルがホッと息をついていると、セレイナが近寄ってこっそりと耳打ちをしてきた。
「……マスターは心配だから、厳しい言い方をしているだけですよ」
「え?」
「RE:Genesisを応援しているのは、マスターも同じですから」
セレイナのフォローに対し、わかってると伝えるようにタケルは小さく頷いた。
*
その日の午後。
タケルは再びゼクスの家を訪れ、ギルドでの出来事を報告していた。
「……というわけで、なんとかライブ許可は貰いました! これで、ゼクスさんに参加してもらう土台はできましたね。あ、開催日とかのスケジュールはこれを見てください、どうぞ」
ゼクスの過去や炎上の件など気にする素振りもなく、用意した資料を見せながらタケルはテキパキとイベントの構成を説明していく。
「そうそう、衣装は前に出たイベントのものから変える予定です! せっかくですから新調して──」
「同情か?」
しかし。
タケルの話を聞いていたゼクスの顔には、憤りの色が浮かんでいた。
「世間に迫害され、妹を死なせたオレが可哀想だから。憐れんでステージに立たせてやろうっていうのか?」
今まで見せたことのない、怒りを一切隠さない表情でタケルを睨んでいる。
もしこれが上から目線の施しだとしたら、彼のプライドが絶対に許さない。頼んでもいない押し付けの善意に振り回されるのは、もう御免だから。
「……」
鋭い拒絶をすぐ否定せず、タケルは少し黙り込んで胸の内を探る。
それからゼクスと目を合わせて、自らの気持ちを答えた。
「……わかりません」
「なんだと?」
「俺はゼクスさんとノッテさんの関係が正しかったのか、間違っていたのか……わかりません。何も気にしていないと言ったら、嘘になります」
タケルが導いたのは「わからない」という回答。
周りの意見や社会を抜きに自分の中で考えたからこそ、この出来事を何か一つの枠で決めることができないという正直さ。
「可哀想だと安易に同情するのは、違うと思います。かといって、貴方を悪だと断ずることも違うと思います。俺にわかるのは、一つだけです」
タケルは一歩、ゼクスに歩み寄り手を握った。
オーディションで、ステージに立ってほしいと頼んだ時と同じように。
「俺は、ゼクスさんの歌をまた聴きたいと思いました」
「……」
「あの歌声に、もっとたくさんの人を巻き込んでほしい。そう思った気持ちに、嘘はありません」
ドルオタとしての熱意。人としての在り方の是非を問うのではなく、ただ「貴方の歌が好きだ」と伝えるだけ。
「もし『二度と歌いたくない』と心から思っているなら、ゼクスさんが出演しない別の構成で進めることにします。ペアと言える形で、上手く帳尻を合わせます」
「……」
「ステージに立てば、また傷を抉られるかもしれない。……それでも俺は、貴方の歌が聴きたいです」
タケルの言葉と手から伝わる温かさに、ゼクスは固まっていた。
同情でも施しでもない。ただ、歌が聴きたいという純粋な想い。
それはかつて、ノッテがゼクスに対して願ったことと同じもの。
「……本当に馬鹿だな、あんたは」
ゼクスは息を漏らし、部屋の隅にある大きな箱──ノッテの遺品が入った箱へと視線を移した。まだ箱を開ける勇気はない。逃げた方がいいのかもしれない。
でも。
「……今すぐ返事はできない。考える時間をくれ」




