12. 無茶苦茶なコンビの無茶苦茶なアプローチ
「……ノッテさんは、どうして亡くなったんですか?」
沈黙が部屋を満たす中、タケルは意を決して核心に触れた。
セレイナの調査報告ではノッテが死亡しているという事実しかわからなかった。
過酷な逃亡生活の中で、事故にでも遭ったのだろうか。
「……あいつは、自分から死を選んだよ」
「えっ……」
ゼクスは俯いたまま、寂しそうに呟いた。
自分たちだけの世界を守るため逃げ続けたのに、なぜ。
「逃亡生活の無理が祟って、ノッテは重い病気を患ったんだ」
*
マレス自由都市を追われ、各地を転々とする逃亡生活。
ゼクスは素性を隠して、慣れない冒険者稼業で必死に日銭を稼ぐ。そしてようやくルミナ・シティに辿り着いたが、過酷な生活はノッテの体を蝕んでいた。
『ゴホッ、ゴホッ……!』
『ノッテ! 大丈夫か!』
自分たちの素性を隠したまま借りることができた、古びた建物の薄暗い一室。
病気でやせ細り、咳込み続けるノッテの背中をゼクスは必死にさすった。
『はぁ、はぁ……ごめんなさい……』
『気にするな。ほら、薬だ。ゆっくり飲んでくれ』
ゼクスはなけなしの金で買ってきた高価な薬を差し出した。
薬を飲ませたが、彼女は辛そうに呼吸を繰り返す。
『これで大丈夫だ。少し休めば楽になるぞ』
『私たち……間違っていたのかな……』
『……ノッテ?』
ノッテはぼんやりと、虚ろな目で話し続ける。
その瞳から静かに涙が流れた。
『兄さん、私が……邪魔だと、思ってるんでしょ……?』
『何言ってるんだ。オレたちはただ、一緒にいたいだけだろ』
『嘘ッ!!』
ノッテの叫び声が響き渡る。
咳き込みながら、泣きながらゼクスに感情をぶつけていく。
『私がいなければ、ゴホッ……兄さんは、大好きな歌でたくさんの人に愛されて……!』
『オレは、お前がいればそれでいい。迷惑だなんて思ったことは一度もない』
『嘘だよ……薬代のために、傷だらけになって……! そんなの、迷惑でしかないでしょ……!?』
『……ノッテ、落ち着け』
『ゴホッ……出ていって!!』
ノッテはベッドの上に置かれていたぬいぐるみをゼクスに投げつけた。
ぽすんと力なくぶつかり、床に転がる。
『うっ、ううっ……ああっ……』
そのままノッテは顔を背け、ベッドに顔を埋める。
ゼクスはそっとぬいぐるみを元の位置に置いて、部屋を出ていった。
『……早く、ノッテを元気にしてやらないと』
もっと、もっと薬が必要だ。病を治せる質の高い薬が。
リスクが高くても、金になる仕事をするしかない。ノッテのために。
*
ある日。冒険者ギルドで依頼を受け、現地に向かったゼクス。
夜までに仕事を終え、ノッテの元へ戻る──はずだった。
『グギャアアアッ!』
『があああっ!?』
魔獣の不意打ちを受けてしまう予想外のアクシデント。
一人、鉱物採取の仕事を請け負っていたゼクスは崖から転落してしまった。
『ぐ、あっ……く、くそっ……!』
足に激痛が走る。素足になって確認すると、既に赤く腫れてしまっていた。熱も感じる、恐らく捻挫しているのだろう。この足で夜までに戻るのは不可能だ。
見上げた崖は、とても登れる高さではない。怪我をした状態で元のルートを探し、ルミナ・シティに向かう。下手すれば数日かかる可能性がある。鞄に飲食物は入れているので餓死する恐れはない、だが。
(ノッテの食事や薬は用意してあるが、早く帰らないと心配だ……)
急いで帰るなら、誰かに助けを求めた方が得策かもしれない。
そう判断し、叫び声を上げようとして──動きが止まった。
もし、相手が気を利かせて自分を病院に運んだら?
もし、そこで素性に気付かれてしまったら?
また遠い場所まで逃げなければならない。
誰かに関わること自体がリスクでしかないのだ。
(……ダメだ、自力でなんとかしないと……ノッテのところへ、早く……)
痛む足を引きずりながら、無理やりゼクスは歩き続けた。
誰にも助けを求めてはいけない。これ以上、秘密がバレないために。
そして、二日後。傷だらけの姿で、ようやくルミナ・シティに帰ってくることができた。ふらつきながら、自宅の扉を開ける。
『はぁ、はぁ……すまない、ノッテ……依頼でヘマをして、遅くなった……』
沈黙。
いつもだったら聞こえてくる「おかえりなさい」の声がない。
寝ていても、自分が帰ったら目を覚ますのに。
『……ノッテ?』
ベッドにゆっくり近づくと、目を閉じたノッテがいる。
そっと頬に触れたゼクスは気付いた。今すぐにでも目覚めそうな姿のまま、彼女が冷たくなっていることに。枕元に残されていたのは、手つかずのまま残された薬の包みと書き置き。
『私はもう、側に居ない方がいい。さようなら、兄さん』
彼女は、生きるため絶対に飲まなければならない薬を意図的に飲まず。
兄の重荷にならないよう、自らの意思で命を絶っていたのだ。
*
「あいつが残した日記を……オレはまだ、怖くて開けていない」
すべてを語り終えたゼクスに宿っていたのは、妹を死なせてしまった深い自責の念。後悔が、彼を何年もこの薄暗い部屋に縛り付けていたのだ。
「ノッテが死んでから、オレはずっと空っぽだ。どう生きればいいのか、何をすればいいのか……もう、わからないんだよ」
「……」
かける言葉が見つからない。
どんな慰めも、ゼクスの抱える虚無感を埋めることはできないとタケルにはわかっていたから。
「ふぅー……」
重苦しい沈黙が続く中。
腕を組んで黙っていたヴァルガンが、大きく息を吐き出した。
「まどろっこしい自分語りは終わりか。で、貴様はどうしたいのだ」
「ええ!? お前、今そんなこと言う!? 空気読めよ!」
「そんなものを読んでなんの意味がある。こやつの死んだ妹が生き返るとでも?」
「それは……そうだけど!」
デリカシーがゼロどころかマイナスにブチ抜いている魔王の発言に、思わずツッコミを入れてしまうタケル。だが、ヴァルガンは全く言葉を止めるつもりがない。
「大体、世間がどうだのタブーがどうだの。貴様ら人間共はいちいち面倒だ。どうでもいいことばかりこねくり回しおって」
「ここまで聞いた結論がそれか!? なんだよどうでもいいって!」
「事実であろう、他人の基準など知ったことか。我は王として、我が望むままにするまでよ」
「あのな。それはお前みたいなぶっ飛んだやつだからできるのであって、普通はそうじゃないんだって……」
私は魔王です、よって私がルールなので何も問題ありません。
社会や常識という概念をガン無視できる存在だからこその傲慢な論理。
「そもそも、この世にあるものは万物すべて老若男女問わず我のものだ。つまらん理屈で我は止められん」
「あー、そうだな……。ヴァルガンなら気に入った相手を『我のもの』宣言して確保だもんな……タブーとか世間体とか、一番関係ないよなお前……」
自分が欲しいと思ったものは手に入れる。
タブーだろうが禁忌だろうが、魔王の絶対的な欲の前にはなんの意味も持たない。タケルは呆れながらも、突き抜けた我の強さに納得してしまった。それこそがヴァルガンという存在なのだと。
「……」
ヴァルガンの言葉を聞いて、ゼクスはポカンと口を開けていた。
世界から自分の存在を否定され続けることになった、タブーという概念。それを「どうでもいい」と一蹴する存在がいることに衝撃を受けていたのだ。
「……実は、俺もゼクスさんに大事な話がありまして! これ、見てください!」
ゼクスが唖然としている隙を逃さず、タケルは魔導端末を取り出して画面を突きつけた。そこに表示されていたのは──
『RE:Genesis ペアパフォーマンスライブ開催!』
「……は?」
「これ、ガルドさんたちに通してません。俺の独断で決めちゃったんですよね!」
何を言ってるんだ?
言葉の意味を理解できないまま、ゼクスは画面とタケルの顔を交互に見た。
「これがバレたら大目玉。ペアと言った以上、相手が見つからなかったら俺ボコボコにされちゃうかもです!」
「なっ……あんた、正気か!?」
「いやー、勢い余ってチケット販売も始めちゃってます! 返金対応とか起きちゃったら、場所代も払えなくなって本当にヤバいですね!」
タケルはあっはっはと頭をかき、ゼクスへにじり寄る。
とんでもないことをやっている自覚がありながらも、自分を奮い立たせるべく無理やり笑みを浮かべて告げた。
「ってわけで、ゼクスさん! 俺のこと、助けてくれませんか!?」
「はあああッ!?」
予想外すぎる流れに、ゼクスは素っ頓狂な声を上げた。
プロデューサーにあるまじき、ゴリ押しかつ無謀な逆オファー。
「自分が何をしてるかわかってるのか!? オレをまたステージに立たせたら、あんたの活動が完全に終わるかもしれないんだぞ!?」
「でも、今キャンセルしたら俺は破産です! それに、ゼクスさんとの契約書には『本件に関連するイベント要請に応じる』ってありました。つまり、これは関連イベント! なのでゼクスさんは応じるべきですよね、お願いします!」
「ふざけるな! 何も紐づかない新イベントのどこが『関連』なんだ!?」
「フン。タケルがこう言っておるのだ。貴様、我と組んでおいて相方としての責を果たさんつもりか?」
「……っ」
ゼクスは二人の無茶苦茶な話に、完全に毒気を抜かれていた。
自分の過去を聞いた上でどんな反応をするかと思っていたら、「それはさておき」と切り替えて引っ張り出そうとしてくるなんて。
「……あんたは、本当に……」
ゼクスはため息をつき、額に手を当てる。
その表情からは、先ほどまでの虚無感は少しだけ薄れていた。




