10. 問:シャワー中、不審者が出現した時の心境を述べよ
数日後。プロデューサーとしてやらねばならない「準備」を済ませた上で、タケルとヴァルガンは裏路地の奥深くにやって来ていた。
相変わらず、ゼクスの家周辺は人の気配がなくひっそりとしている。
「……よし。いくぞ」
タケルは息を整え、錆びついたドアの前に立った。
以前来た時と同じようにノックする。
コン、コン。
「ゼクスさん、タケルです。開けてください」
返事はなかった。
前回はドア越しに「帰れ」と応答があったが、今回はそれすらない。
「……ゼクスさーん、いますよね? 話したいことがあるんです!」
ドン、ドン。
少し強めに叩くが、やはり反応はない。留守なのだろうか。いや、これだけ炎上している真っ最中に出歩くとは考えにくい。
「おかしいな……。なあヴァルガン、本当に留守か調べたりできないか?」
「容易いことよ」
ヴァルガンは腕を組んだまま目を閉じ、意識を集中させた。
魔王の巨体から目に見えない微弱な魔力の波紋が、レーダーのように建物内部へと広がっていく。
「居るな。中に気配がある」
(えっ、マジで居留守無効化すんのかよ……魔王怖っ)
まさか本当にできるとは思わなかったが、これで確信を得た。
留守を装って帰らせようとしているだけだ。
「うーん、どうしたもんか。開けてもらうのは無理そうだし……」
「ドアごとぶち破って入ればよかろう」
「バカ、やめろ! そんなことしたら大騒ぎになってゼクスさんが困るだろ! やるにしても、もっと穏便に……」
「ふむ、破壊せず中に入る方法にしろと」
顎をゆっくりと撫でながら思案するヴァルガン。
しばらく考えたあと、何か閃いた様子でタケルに近づく。
「ならばこうするか」
「えっ? ちょ、何するんだ?」
突然、ヴァルガンは片腕でタケルを抱き寄せた。
戸惑う中、魔王は真剣な顔で念を押す。
「いいか、タケル。絶対に我から身体が離れないよう、しっかり抱きついておけ」
「は? それ、どういう……」
タケルの返事を待たず、ヴァルガンが空いている方の手を壁に触れさせた瞬間。
ぬるり。
「うわあああああああ!?」
タケルの視界が一瞬で壁に飲み込まれた。固いはずの壁がまるでゼリーのように柔らかく変化し、二人の身体を吸い込んでいく。
光のない、息苦しい空間を通り抜ける奇妙な感覚。恐怖で目を固く閉じ、タケルは魔王の首にしがみついた。
*
ザアアアッ……。
狭く古びたバスルーム。シャワーから降り注ぐお湯が、ゼクスの鍛え上げられた裸体を打ち据えている。彼は顔を上に向け、じっと目を閉じていた。
(……あいつは、もう帰っただろうか)
外から聞こえたノックとタケルの声を、シャワーの音でかき消そうとしていたのだ。これ以上、関わって迷惑をかけないために。
(これでいい。炎上が少し落ち着いた頃に、街から逃げれば……)
ゼクスが諦めに沈み込んでいた、その時。
ふと、妙な気配を感じた。
(……?)
バスルームなのに、誰かが近づいてくるような感覚。
目を開けて周囲を確認するが、当然誰もいない。
ぬるり。
「フン。狭い水場だな」
突然。
ヴァルガンの厳つい顔と逞しい上半身が、文字通り壁から突き出した。
「……ッッッッ!?!?!?!?」
ゼクスは声にならない悲鳴を上げ、全裸のまま後ろに飛び退いた。
濡れた床で足を滑らせ、派手に尻餅をつく。
「ほほう。我ほどではないが、随分立派な武器を持っておるな」
「な、なな、なんだ!? 何が、どうなって……!?」
腰を抜かし、壁際まで後ずさるゼクス。その直後、ヴァルガンに抱きついていたタケルも壁からスポッと飛び出してきた。
「ぷはぁっ……! や、やっと出た……」
目を開け、キョロキョロと辺りを見渡すタケル。バスルームの鏡に映った自分たちの姿と、腰を抜かしているゼクスを見て状況を理解した。
「完全にホラーじゃねーかよ!!」
思わずツッコんでしまった。
どう考えても映画なら、シャワーを浴びていた人物が殺されてしまう猟奇展開間違いなしの絵面である。
「シャワー中、急に人が出てきたらビビるに決まってんだろ! 心臓止まるわ!」
「貴様の希望通り、何も破壊せず侵入したのだぞ。少しは我に感謝したらどうだ」
「やり方が別方向にヤバいんだっての! ……ちなみに、なんで壁を抜ける時に離れちゃダメだったんだ?」
「物質を透過中に我の魔力圏内から外れれば、境界が曖昧になる。つまり、貴様が『壁の一部』になる可能性があったからだ」
「怖っ!? 死ぬところだったじゃん!」
タケルは青ざめて震え上がる。
一歩間違えば、ルミナ・シティの壁の染みになって生涯を終えるところだった。
「あんたら……一体何をしに……」
「あ、えーと、すみません! 驚かせて本当にすみません!」
呆然としたまま、ゼクスは二人を見上げていた。苦悩も世間の炎上も、すべてが吹き飛ぶほどの超絶不審者の侵入。
タケルは出しっぱなしになっていたシャワーの栓をキュッと止めてから、慌てて向き直り頭を下げる。
「どうしてもゼクスさんと話がしたかったんです! でも、ドアを開けてくれそうになかったので……」
「だからって、壁をすり抜けるやつがあるか……」
「そこはマジですみません! でも、俺たちはこのままゼクスさんを放っておくつもりはないですからね!」
これだけ無茶苦茶なことをされては、拒絶する気力も失せてしまう。
ゼクスは深く、深く息を漏らし、観念した様子で濡れた前髪をかき上げた。
「……わかった。わかったから、せめて服を着させてくれ……」
*
バスルームを出たあと。いつもの格好へと着替えたゼクスに案内され、タケルとヴァルガンは彼の自室に通された。
「……適当に座れ。何も出すものはないが」
狭い部屋の中にはベッドと小さな机、椅子が一つあるだけ。生活感が全くなく、いつでもここから逃げ出せるよう準備されている空間。唯一目を引くのは部屋の片隅に置かれた、大切そうに布を被せられた大きな箱だった。
(もしかしてあれは、妹さんの遺品……?)
タケルがその箱を見つめていると、ゼクスがベッドに腰掛けながら口を開いた。
「過去のことは知ってるんだろ? 魔導通信で書かれていた通り……オレは禁忌を犯した異常者だ」
「……そのあたりは、ギルドで調べてもらったのでわかっています」
「なら、どうして来た。世間で叩かれてるオレに関われば、あんたらの活動もヤバいかもしれないんだぞ。周りにも止められたはずだ」
もう関わらない方がいいと、他ならぬゼクス自身が忠告している。
タケルは一呼吸置いてから自分なりの言葉で答え始めた。
「……ちゃんと、ゼクスさんの口から聞かなきゃわからないと思ったからです。悪い人だと思えなかったので」
「ハッ……悪い奴に決まってるだろ。これだけバッシングを受けてるんだからな」
「俺は周りがどう言ってるかじゃなく、自分で判断したいんです。だから、教えてください」
タケルとゼクス、二人の視線がぶつかり合う。
その言葉に嘘がないことを察したのか。ふぅ……と息を吐き、ゼクスは何か思い返すように遠い目をした。
「オレと妹、ノッテは……小さい頃に両親を亡くした。マレスの貧民街で、その日を生きるのにも必死な生活。オレたちにはお互いだけが『世界のすべて』だった」
静かに、自身の過去を語り始めたゼクス。
タケルたちには明かしてもいい、そう覚悟したのだ。
「いつからそういう関係になったのかは、もう覚えていない。それでもオレには、ノッテが必要だった。『愛し合っているから大丈夫だ』って、二人で心の支えにして生きてきた」
ゼクスの視線は、部屋の隅にある大きな箱に向けられている。
そうやって支え合ってきた相手は、もうこの世に居ない。
「世間から見れば、気持ち悪い異常な関係だ。……オレたちもそれはわかってた。だから、誰にも知られないよう秘密にしながら生きていくつもりだったんだ」
そう話す彼の顔には、苦悩と後悔が滲んでいた。
まるで、自らの罪を告白する懺悔のように。




