9. 背中を押してくれるのは非常識な魔王様
タケルとヴァルガンは予定されていた仕事をこなすため、ルミナ・シティの商業区にある小さなスタジオへ足を運んでいた。
今日は雑誌のインタビューと、魔導ビジョンで流す十秒程度のコメント収録という比較的軽い内容だ。先にインタビューと収録を済ませ、あとは雑誌に掲載する写真撮影のみ。
「……はい、オッケーでーす! お疲れ様でした。筋肉の迫力、最高でしたよ」
「我が被写体だからな。良い画が撮れたであろう? 存分に堪能するがいい」
「ありがとうございました! またよろしくお願いします」
カメラマンの称賛にヴァルガンはドヤ顔で胸を張った。無事にすべて終わり、タケルはホッと息をつきながらスタッフたちに頭を下げる。それから荷物の片付けを進めていると、ディレクターが笑みを浮かべながら歩み寄ってきた。
「お疲れ様ですー。聞きましたよ、RE:Genesisさん。あの炎上、大変でしたね」
ディレクターの言葉に、タケルの顔が少し引きつる。
笑顔の裏に見え隠れする野次馬特有の好奇心。
「あ、ええ、まあ……お騒がせしてすみません」
「いやいや、タケルさんたちは被害者じゃないですか! あんな人が紛れ込んでるのに気付くなんて無理ですよ」
そこまで言ってからディレクターは声を潜め、いかにも「ここだけの情報」といった様子で話し始めた。
「噂で聞いたんですけどね。あのゼクスって男……妹さんにとんでもないことした挙句、捨てて死なせたらしいじゃないですか」
(は……?)
突然の下世話な話題に、タケルは眉をひそめた。
妹のノッテが亡くなった話はともかく、捨てて死なせたという情報はセレイナの調査報告には一切ない。
「さらに酷い話で……マレスから逃げた後、どこぞの貴族の奥様を誑かして愛人になってたらしいですよ。そこでも問題起こして追い出されたとか」
(必死に逃亡生活をしてた人が、そんなことできるわけないだろ……!)
面白おかしく尾ヒレがつけられたゲスな憶測。
タケルの胸の奥に、粘ついた黒い感情が込み上げてくる。
「ホント迷惑ですよねー。あんな最悪な人のせいで、上り調子のRE:Genesisさんまで変な目で見られちゃって」
「……」
「もしトラブルがあったらゴメンですから、タケルさんたちが早く切ってくれて安心しましたよ」
何も疑わず悪意ある噂を信じ込み、ゼクスを話題のネタとして消費している。
ゼクスさんはそんな人じゃないと反論したい。
俺たちを庇ってくれたんだと言い返したい。
だが、プロデューサーとしての立場が口を塞いだ。
「……ご心配、ありがとうございます」
タケルは作り笑いを顔に貼り付け、話を流すしかなかった。
*
「……はぁ」
仕事終わりの帰り道。夕暮れのルミナ・シティを歩きながら、タケルは何度目かわからないため息をついた。隣のヴァルガンがジト目でその様子を見ている。
「さっきからため息ばかりしおって、鬱陶しいぞ」
「……なんでもない」
「なんでもなくはないだろう、見ればわかる」
「今はなんでもないってことにさせてくれ、考えたくないんだよ~……」
タケルがぼやいていると、前方から見覚えのある人物が歩いてくる。
先日ギルドのオーディション会場に紛れ込んだ、カンディードと名乗った神父。
彼は二人に気付くと、人の良さそうな笑顔を浮かべて近寄ってきた。
「おや、タケル殿。奇遇ですね。こんにちは」
「どうも、カンディードさん」
「先日のイベントは大丈夫でしたか? 社会の倫理に反する方と関わってしまって、大変だったようですね」
またか。
タケルは心の中で舌打ちをした。
「あのような方は、排除されてしかるべきです。非道徳的な行為など許されることではありません」
「……」
「人が正しい道を歩むためには、異物など必要ありません。そうでしょう?」
カンディードの言葉は穏やかな口調だったが、有無を言わせない「正しさ」を押し付けてくる圧力があった。
「……すみません、ちょっと急いでるので帰らないと」
「おっと、失礼しました。それではお気をつけて。神の御加護があらんことを」
タケルはまたしても、適当に誤魔化してやり過ごすしかなかった。
ゼクスを庇えば、RE:Genesisに火の粉が降りかかる。
ヴァルガンをトップアイドルにするためには、今は黙っているしかない。
それが一番正しい選択のはずなのに、心が激しく拒絶反応を示していた。
*
「ただいま~……はぁ~……」
ひだまり荘に帰宅したタケルは靴を脱ぐなり、ちゃぶ台に突っ伏した。
全身からどんよりとした負のオーラが立ち上っている。
ヴァルガンは無言で魔導冷蔵庫から水を取り出し、一気に飲み干す。
ちゃぶ台の前に胡座をかいて座り、タケルを見下ろした。
「いつまでウジウジしておるのだ、タケル」
「……悪い、ちょっと放っておいてくれ」
「断る。言いたいことがあるなら言え、我はため息を聞き続ける趣味はない」
遠慮ゼロな魔王の宣言。
他の人に話せることでもないし、この気持ちを抱えたままではしんどいのも事実。タケルは顔を伏せたまま、本音を吐き出し始めた。
「……ゼクスさんは、俺たちを庇ってくれた。手を抜いてオーディションに落ちることもできたのに、真剣にやってくれた。歌が上手いって褒められて、ちょっと嬉しそうにしてた」
脳裏に浮かぶのは、出演が決まってヴァルガンと共にレッスンしていたゼクスの姿。不安があったはずなのに、自分の素性がバレたらどうなるか理解していたはずなのに。それでも一生懸命やってくれた。
「なのに、好き勝手言われてるのを否定できなかった。根も葉もない噂を信じ込んでゼクスさんを悪者にしてる奴らに、何も言い返せなかった」
「……」
「自分の立場を守るために押し付けて終わり、なんて……俺、嫌でさ……」
プロデューサーとしての正解と、自分個人の感情。
その間で引き裂かれる痛みを、タケルは口にしていく。
「……それに」
タケルはちゃぶ台に頬を乗せ、ヴァルガンの紅い瞳を見つめた。
「もし、ゼクスさんを否定するのが『正しい』ならさ。魔王をアイドルにするんじゃない! って誰かに言われたら俺、何も言い返せなくなるじゃん」
「ほう。どういう理屈か聞いてやろう」
「だってお前、世界を恐怖に陥れた魔王だろ。世間の常識から見れば、アイドルをやってること自体が間違ってるって言われるかもしれない」
今回の騒動を他人事にしたくない理由のひとつ。
ゼクスのことを見なかったことにしたら。いつか自分たちが世間に否定された時に、その言葉を受け入れるしかなくなってしまうから。
「でも、俺は……お前がアイドルになって良かったと思ってる」
「……」
「だから、このまま終わりでいいなんて言いたくないんだ。……ヴァルガンと一緒に、トップを目指すって決めたから」
その言葉を黙って聞いていたヴァルガンは、大きく息を吐き出す。
そして、タケルの背中をバン! と力強く叩いた。
「どわっ!? なんだよ急に!」
「頭をリセットしてやったのだ。することは見えておるくせに、面倒なことばかり考えおって」
「え……するって、何を?」
「バンダナ男に会う。我に話した時点で、貴様の心は決まっているのだろう?」
「……!」
タケルを見ながら、魔王はいつものように不敵な笑みを浮かべた。
そうだ。最初から答えは出ていた。
ヴァルガンに話すことで背中を押してもらいたかったのかもしれない。
保身のために見て見ぬフリをするなんて、自分らしくないから。
「……ああ。やっぱり、モヤモヤしたままなんて嫌だ! ヴァルガン、もう一度ゼクスさんに会いに行くぞ!」
「うむ。相棒の我儘に付き合ってやるのも、王の器量だからな」




