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8. 暴かれてしまった禁忌の過去

 イベント終了後。タケルはもう一度ゼクスと話すべく、ガルドに教えてもらった住所へと向かっていた。魔導灯もない薄暗い裏路地の、さらに奥深くへ進む。

 辿り着いたのは日当たりが悪く、ひっそりと建っている古びた建物だった。壁は黒ずみ、あちこち錆だらけ。いわゆる事故物件的な不気味さを漂わせている。周囲に人の住む場所はなく、用がなければここに立ち寄ることはまずないだろう。


(……こんなところに住んでたのか)


 タケルはゆっくりと家の前に立つ。表札はない。

 意を決して、錆びついたドアをノックした。


 コン、コン。


「……ゼクスさん、タケルです。いますよね?」


 返事はない。

 だが、ドアの向こうに微かな気配を感じた。


「ゼクスさん、開けてください。話を聞かせてほしいんです」


 ドン、ドン。先ほどより少し強めにノックする。

 しばらくの沈黙。それからドア越しに、低く掠れた声が聞こえてきた。


「……帰れ。オレの仕事は終わったはずだ」

「待ってください、何もわからないまま終わりなんて……! 一緒に仕事をしたのに、そんなの──」

「受けたのは今回の依頼だけだ。もうオレはあんたと何も関係ない」


 タケルの言葉を遮るように、ゼクスが吐き捨てた。

 冷たく突き放すような言葉だが、声が震えている。


「……こうなった以上、ほとぼりが冷めたらこの街を出る」

「街を出るって……どうして!?」

「逃げるんだよ。オレがいなくなれば騒動はそのうち終わる、だから安心しろ」


 誰とも関わらずに生きていくという、逃亡生活の宣言。

 納得できず、タケルはドアノブを回して開けようとしたが、鍵がかかっている。


「安心しろって言われても、そう思えるわけないですよ!」

「……」

「なんで嘘までついて俺たちを庇って、自分だけ悪者になろうとするんですか!」


 もしゼクスが悪人なら、自分たちを助けたりしない。ヴァルガンと一緒に、真面目にレッスンするわけがない。そう感じていたからこそ、タケルはこのまま終わりにしたくなかった。


 沈黙。

 ドアの向こうで、ゼクスが小さく息を呑んだ。


「……あんたにこれ以上、迷惑をかけたくない。それだけだ」

「開けてください! 迷惑なんて思ってませんから! ゼクスさん!」


 家の中からゼクスの返事が返ってくることはなかった。

 タケルはドアに額を押し当て、力なく拳を握りしめる。


「……くそっ」


 ドア一枚。その向こう側にいるゼクスの心には、越えられない分厚い壁が作られている。タケルは深い無力感と共に、その場を去るしかなかった。


 *


 翌日。

 冒険者ギルド『獅子の牙』の会議室はピリピリと緊迫した空気に包まれていた。

 集まっているのはタケル、ヴァルガン、ガルド、セレイナ、レオン。RE:Genesisチーム一同だ。


「昨日の件について、報告です。ギルドの情報網をフル活用し、ゼクスについての詳細な身辺調査が終わりました」

「おう。『獅子の牙』の調査員を一気に使った甲斐があったな。あいつがうちに来る前は、どんな感じだったんだ?」


 炎上騒動が発覚してから、ガルドたちの動きは早かった。

 ギルドに所属する調査員・諜報員を即座に動かし、ゼクスの情報を一気に集めさせたのだ。『獅子の牙』所属後の素行には問題なかったが、その過去に何があったのかを確かめるために。


「結論から言いますと、ゼクスは以前『マレス自由都市』でプロの歌手として活動していた人間でした」

「プロだったんですか! ……えっと、マレス自由都市って?」

「なんだ、知らねぇのか。ルミナ・シティとは別大陸にある国だ」


 ガルドはそう言うと、魔導端末を操作し地図を表示した。

 ルミナ・シティを指差してから、遠く離れた海の上に指をスライドさせる。


「港町として有名な島国で、あちこちの都市を繋ぐ窓口にもなっている。交易で利益を出しつつ、目玉としてやっているのが舞台芸術だ」

「舞台芸術……じゃあ、テレビも絡めて大々的にやってるんですか」

「逆だ。マレスは実体験重視、テレヴィに頼らない戦略を選んでいる。同じものを見ることができない貴重さを売りにしてんだ。マレス歌劇団ってのが有名だな」

「ちなみに、マレスではプロになるためのハードルが非常に高いことでも知られています。『マレスの芸能』という、国一体でのブランド化を図っているのです」

「そこで活動していたゼクスさんは、本物の実力者なんですね……」


 非常に高い歌唱力と、ステージでの慣れた振る舞い。

 素人ではないことは明らかだったが、まさかそれほどの歌手だったとは。


「ですが、順調に芸能活動をしている最中。ある致命的なスキャンダルを投下され、彼は失脚したのです」

「それが、ネットで炎上してる原因ってことですか?」

「はい」


 セレイナは手元の調査報告書をテーブルの中央に置き、ゆっくりと視線を上げる。彼女の表情にあったのは、隠しきれない忌避感。一瞬、言葉を選ぶように口をつぐんだ。


「その内容とは、彼が……実の妹と一線を越えた関係であったというものでした」


 しん、と。

 会議室の空気が凍りついた。


(実の妹と一線を越えた? つまり、近親恋愛……!?)


 とんでもない単語が出てきて、タケルの頭はパニックを起こした。

 脳内で、現代日本の倫理観が激しく警報を鳴らしまくる。


(それは流石にヤバい……いやちょっと待て、そういうタブーってこの世界はどういう扱いなんだ!? ファンタジーだと貴族や王族の間で、血統を保つためにアリとされてたりするし……!)


 異世界プリズマリアに召喚された身として、価値観のズレがあるかもしれない。

 タケルは判断に迷い、周囲の様子を窺うことにした。


「ゼクスと妹、ノッテは三歳差。両親が亡くなってからずっと二人で暮らしており、ゼクスが二十三歳の頃にスキャンダルが発覚したとのことです」

「……そりゃ、やべぇな。いくら俺でも引くぞ」

「義理だったとしても、家族に手を出したとなれば反感を買うに決まってんだろーが。ましてや実の妹だと? 狂ってやがる」


 ガルドが忌々しげに唸り、レオンも吐き捨てるように言い放つ。

 嫌悪感を隠そうとしない彼らの強い拒絶を見て、タケルはすべてを悟った。


(……なるほど。そのあたりの感覚は、日本と大体同じなのか。もしかしたら、神様や宗教が身近だからさらに拒否感が強いのかも……)


 プリズマリアでも近親恋愛は禁忌として扱われ、忌み嫌われるのが当然。

 だからこそ、あそこまで苛烈な嵐が吹き荒れたのだ。


「フン。世間のつまらん理屈など我には関係ないが、騒ぎの経緯は理解した」


 そんな中、ヴァルガンだけが一人いつも通りの反応をする。

 魔王にとっては人間の道徳や倫理など、なんの意味も持たないらしい。


「……セレイナさん。それから、ゼクスさんはどうなったんですか?」

「凄まじいバッシングを受け、マレス自由都市を追放同然で去りました。彼は痕跡を消しながら、妹と共に各地を転々とする過酷な逃亡生活を続けていたようです」

「妹さんと一緒に……」

「そしてルミナ・シティに流れ着き、素性を隠して冒険者となったのが彼の経歴です。イベント出演情報を見た人が『見覚えがある』と調べた結果、スキャンダルが明らかになって炎上した……という流れになります」


 すべてが繋がった。

 写真を極端に嫌がっていたのも、過去が掘り返されるのを恐れていたからだ。


「なお、一緒に逃亡していた妹のノッテですが……数年前、既に亡くなっているとのことです」

「えっ……」


 セレイナは少しだけ声を落とし、悲痛な事実を付け加えた。


 逃亡生活の果てに、最愛の妹を失った。

 今のゼクスは本当にたった一人で、社会から隠れるように生きていたのだ。

 すべての報告が終わり、会議室に沈黙が落ちる。


「……タケル」


 沈黙を破ったのはガルドだった。

 彼は眉間に皺を寄せながら、視線をタケルに向ける。


「一緒にステージをした相手だ、お前が放っておけねぇ気持ちはわかる。だが、こればっかりは擁護できねぇ。どう考えても間違ってんのはゼクスだぞ」

「……」

「世間から白い目で見られるタブーを犯した人間だ。大丈夫です、正しいですなんて言えるわけねぇだろ? 同情でどうにかなる問題じゃねぇんだ」


 ガルドの言葉は重い。

 事情を知った上で、もう触れるべきではないと判断したのだ。ギルドマスターとして、リスクを負うわけにはいかないという意見。


「俺も同感だ。アイツに関わったら、お前らまで巻き込まれるかもしれねーぞ。これ以上首を突っ込めば、アイドル活動にも傷がつく。……放っておけ」


 レオンも今後を見据えた考えを口にした。理屈としてはその通りだ、何も間違っていない。ゼクスに関わらなければ炎上は少しずつ収まり、RE:Genesisは巻き込まれた被害者として元の活動に戻れるだろう。それが一番安全で、正しい選択。


 でも。


(……正しさって、なんだよ)


 タケルは俯き、唇を噛んだ。

 バッシングを受けながら、とっさに自分たちを嘘で庇ってくれたゼクスの姿が脳裏に焼き付いている。


(ゼクスさんは俺達を助けてくれた。過去がどうあろうと、それは事実だ。なのに、見捨てるって……そんなの、あんまりじゃないか……!)


 このまま切り捨てて終わりにしたくない。

 だが、ガルドたちの言っていることは正論。プロデューサーとしての論理と情が、タケルの心の中で激しくせめぎ合っていた。

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