7. マギテレ感謝祭本番、予想外の展開
「すっごい盛り上がりだ……! 流石、大手がタッグを組んだだけあるな!」
イベント『マギテレ感謝祭』当日。
商工会ギルドとテレビ局が用意した特設ステージの袖で、タケルは昂ぶった気持ちのまま観客席を見渡していた。会場は大勢の客で埋め尽くされている。
RE:Genesisの出番はもう間もなく。他のアイドルたちのパフォーマンスによって場の空気は温まっており、絶好のシチュエーションだ。
「まさか大トリを任せてもらえるなんてなぁ。緊張してないか、ヴァルガン?」
「愚問だ、我の辞書に緊張という文字はない。あるのは民をどう支配するかという楽しみだけよ」
「ま、お前はいつもそうだよな」
タケルの言葉に、ヴァルガンはニヤリと笑って腕を組む。
ステージ衣装に身を包んだ魔王は既に準備万端だ。
「ゼクスさんは大丈夫ですか?」
「……問題ない。やるべきことはわかっている」
タケルが視線を向けると、ゼクスは静かに深呼吸を繰り返していた。
彼もまた、ヴァルガンと対になるようなシックな黒の衣装を纏っている。急なペアということもあり、市販の服をベースに仕立てたものだ。トレードマークのバンダナはそのまま身に着けている。
「RE:Genesisさーん、スタンバイお願いしまーす」
「はい! それじゃ、今日の話題全部持っていっちゃってくださいね!」
スタッフからの呼び声に応じるタケル。
力強くヴァルガンとゼクスの背中を叩くと、二人は頷いた。歌い終えたアイドルたちが捌けてきたのを合図に、MCがスタート。
『本日の大トリを飾るのはこの二人! 話題沸騰中の筋肉アイドルのヴァルガンと、謎に包まれた実力派ゼクスのスペシャルペア、RE:Genesis ft.ZX!』
司会者の熱いコールと共に、ヴァルガンとゼクスがステージへと歩き出していく。二人が中央に立つと照明が一斉に点灯し、爆発するような声援が包み込んだ。
『待っておったか、愚民ども! 我らの調べに酔いしれるがいい!!』
ヴァルガンの咆哮を合図に、レオンがアレンジした『RE:D』ペアバージョンが爆音で鳴り響く。従来のダンスビートはそのまま、二人分になった声の厚みに合わせてよりきらびやかで派手なサウンドに調整されたもの。
『♪Are you RE:ady? 準備OK 熟した果実は食べ頃さ』
歌い始めはゼクスからのパート。
重低音に負けない伸びやかな歌声が、観客の耳と心を直接鷲掴みにする。
「おおっ……! すげぇ上手いぞ!」
「誰だあのバンダナ男!?」
客席から驚きの声が上がる。
ゼクスと入れ替わり、キレのあるダンスを披露しながらヴァルガンが前に出た。
『♪抱きしめていいよ 何したっていいよ 二人だけのN・L・P・N』
ヴァルガンのバリトンボイスに、ゼクスのハーモニーが折り重なっていく。
視覚の魅力を魔王が爆発させ、聴覚の魅力をゼクスが上乗せする。二人の個性が噛み合い、これまでにない相乗効果を生み出していた。
「ガッハッハ! ゼクスの野郎、やるじゃねぇか! ヴァルガンに全く引けを取ってねぇ!」
「ですね! この二人、マジで最高ですよ!」
ステージ袖で見守っていたタケルとガルドは、テンションが高まるままに拳を突き上げて喜び合った。
会場の熱気は最高潮に達し、観客たちは全力でサイリウムを振り回す。曲の終わりと共に、ヴァルガンとゼクスが背中合わせで最後のポーズを決め──
ワアアアァァァァァッ!!
大トリに相応しい大歓声と拍手が響き渡った。
*
「どうだタケル。満足したであろう?」
「ああ、大満足! 新しい魅力をぶちまかしてたぞ!」
本番終了後。特設ステージ裏のテントで休んでいる二人に、タケルは満面の笑みで駆け寄った。ヴァルガンは汗を拭いながら、満足げに鼻を鳴らす。
「……迷惑はかけずに済んだようだな」
「迷惑だなんてとんでもない! ゼクスさんのおかげで、最高のステージになりました。本当にありがとうございます」
ゼクスはどこかホッとした様子で、バンダナを直す。
彼の手を握り、何度も上下に振ってタケルは感謝を伝えた。
イベントが終わって、観客たちが帰路につき始めている姿がテントから見える。きっと笑顔でさっきのステージについて話して──
(……あれ?)
様子がおかしい。先ほどまで盛り上がっていたはずの観客が、ヴァルガンやゼクスの方を盗み見ている。しかも、その視線はステージの余韻に浸るような好意的なものではなかった。
「ねえ、あれって……」
「うわ……マジか。最低じゃん……」
「よく平気な顔で出たね、気持ち悪い……」
何を話しているかまではタケルたちに聞こえていない。だが、指を差して眉をひそめ、露骨な嫌悪感を浮かべていることだけは理解できる。
(なんだ……? さっきまで楽しんでたのに、なんであんな目で……?)
「RE:Genesisさん! どういうことですか!?」
覚えのない不穏な反応に、タケルが困惑していると。
怒声と共に、血相を変えたイベント担当者が駆け寄ってきた。
「お疲れ様です。あの、何かあったんですか……?」
「何かあった、どころじゃないですよ! これ見てください!」
担当者は困惑と焦りが入り混じった表情で、タケルの前に魔導端末を突き出す。表示されていたのは、ルミナ地下掲示板に投稿されているリアルタイムの反応。
45:名無しの魔導師
今日のイベントに出演していたRE:Genesisの相方だが。
あのバンダナ男、まさかとは思うがあの『ゼクス』ではないか?
46:名無しの魔導師
映像データを確認したが、間違いない。
倫理を冒涜し追放された男がルミナ・シティに流れ着いていたとは。
47:名無しの魔導師
おぞましい。
あんな人間が舞台に立つなど許されるのか?
姿を消したと思っていたが、よく人前に出られたものだ。
48:名無しの魔導師
どのような顔をして観衆の前に立っていたというのだ。
事実を知れば悪寒しか走らない、吐き気がする。
49:名無しの魔導師
そもそも、なぜRE:Genesisはあのような異端者と組んだ?
筋肉アイドルには期待していたが、こんな迂闊な真似をするとは。
そこには敵意に満ちた、容赦ないコメントが吹き荒れていた。画面を何度スクロールしても、呪詛のような言葉が延々と続いている。
「え……?」
「今、凄い騒動になってるんです! 最悪ですよこんなの……!」
予想していなかった展開に、タケルは頭がフリーズした。
なぜ突然こんなことになっているのか、理解が追いつかない。
(追放された? 倫理を冒涜? 何がどうなってる……!?)
これまでヴァルガンのポロリ事件をイジられたり、暴れ回った件を面白おかしくネタにされたりすることはあった。
だが、これは違う。文字から伝わってくるのはネタとしてのイジりなどではない、受け入れられない存在に対する排除の意思だ。
「これ、どういうことですか……?」
「こっちが聞きたいですよ! ウチは『獅子の牙』さんを信用していたのに!」
「……」
会話を聞いたゼクスの顔から、血の気が引いていた。
バンダナの奥の瞳が、恐怖と絶望で震えている。
「おい、ゼクス! お前、何をやらかしたか説明を……」
ガルドが詰め寄ろうとした、その時。
タケルと担当者の間にゼクスがスッと割り込んだ。
「……違う」
彼は目を伏せ、感情を押し殺した声でそう言った。
顔をタケルたちから逸らし、見ないようにしながら。
「金欲しさに、オレが相方枠に無理やり割り込んだ。こいつらはオレの事情なんて何も知らない」
「ゼクスさん……?」
「……悪かった」
ゼクスは振り返ることなく、短くそう言い捨てて走り去ってしまった。
周囲のスタッフや、まだ残っていた観客たちの冷たい視線から身を隠すように。
「ゼクスさん! 待って……!」
「……もしかして、騙されたんですか? それならまあ、仕方ないですけど……。ウチの評判にも関わるんで、次からはしっかり身辺調査してくださいよ? みんな困るんですから」
不満げにそう言うと、担当者は事後処理のため慌ててテントから出ていった。
タケルはゼクスが立ち去った先を見ながら、ただ呆然と立ち尽くす。
「一体、何が起きてるんだ……?」
最高のステージから一転。
突然の炎上が、彼らを飲み込もうとしていた。




