6. 急造ペアの結成、相性はいかほどに
「では、RE:Genesisと冒険者ゼクスでペア出演すると連絡します」
「お願いします! はー、ギリギリ間に合った……!」
オーディションで使った訓練場に居座ったまま、全員で提出書類や申し込み内容を再確認。セレイナの魔導端末に「送信」と表示されたのを見て、タケルは安堵の息を漏らした。
「これで一番大きかった問題はクリア、違約金の心配はなくなりましたね! 本当に危なかった……」
「本番はここからですよ、タケルさん。急ごしらえのペアを、イベントまでに仕上げなければならないのですから」
「ええ、わかってます。すぐに特訓を始めないと」
連絡を終えたセレイナが、冷静に現実を突きつける。
ドタキャンという危機は乗り切ったものの、本番は目の前。ゼクスの歌が素晴らしかったとはいえ、二人のコンビネーションをゼロから構築しなければならない。ステージに出てもクオリティが低ければ本末転倒だ。
「簡易的なものではありますが、ゼクスの出演契約書です。内容を確認の上、サインをお願いします」
「……ああ」
セレイナが用意した書類を受け取り、ゼクスは目を通す。
一通り読んで問題なさそうと確認してから、彼は自分の名前をサインした。
「あっ、そうだ。二人並んだアー写も用意しないと」
「あーしゃ? なんだそれは」
「今まで撮ってたのに知らなかったんかい! アーティスト写真、ポスターとかに載せるやつだよ。どんなアイドルが出るか知ってもらうために必要なんだ」
「ほう。今まで撮影してたのはそういうことだったのか。てっきりタケルが我の写真を欲しているのかと思ったぞ」
「毎日四六時中お前の顔見てんだからいらねーよ……」
別方向で自信満々の魔王にツッコミを入れつつ、タケルは魔導カメラを手に取った。近寄るよう、ヴァルガンとゼクスに手で指示をする。
「じゃ、パパっと撮影しちゃおう。すぐ終わるから、そこに並んで立ってくれ」
「よかろう」
ヴァルガンは慣れた様子で、堂々とポーズを構えるが──
「……っ」
ゼクスの動きがピタリと止まった。
顔をしかめ、後ろへ一歩下がる。
「写真は……嫌だ」
「えっ?」
低く、強い拒絶の声。
タケルはカメラを下ろし、戸惑いを浮かべてゼクスを見た。
「あの、どうしても必要なんです。これも出演者の提出物なので……今回だけですから、お願いします」
事情を説明し、食い下がるタケル。
ゼクスはしばらく迷ったあと、目元がさらに見えづらくなるようバンダナの位置を調整して俯いた。
「……どうしても撮るなら、このままやれ」
「顔かなり見えづらいですけど!? アー写の意味ないですよ!?」
「これ以上は譲れん」
頑なに、ゼクスは顔を上げることを拒否する。
これまでとは違う、何かに怯えるような態度。
(なんでこんなに写真を嫌がるんだ……?)
照れ屋というわけではない。自分の顔や名前が表に出ることを恐れている、そんな不自然さ。だが、今はそんな疑問を追求している時間はない。
「わかりました、そのままで構いません。それじゃ、いきまーす」
カシャッ。
フラッシュが焚かれ、魔導カメラに二人の姿が収められる。
ドヤ顔で決めポーズをするヴァルガンと、顔を俯かせどこか不機嫌そうなゼクス。なんともアンバランスだが、妙に目を引く一枚が出来上がった。
「よし、オッケーです。それじゃ、作戦会議と特訓を始めましょう!」
*
「今回のイベントを乗り切る作戦ですが、この前の新曲『RE:D』をアレンジしましょう。最短で仕上げるにはそれがベストだと思います」
「ま、それが一番安全か。俺が新曲書いても、今から練習して間に合う保証がねーからな」
タケル・ヴァルガン・レオン・ゼクスの四人で訓練場に残り、打ち合わせを始めた。レオンはこめかみをトントンと叩き、イメージを膨らませていく。
「ゼクスさん、歌は慣れてましたけどダンスはどうなんです?」
「……正直、振り付けを覚えるのは苦手だ。やれんことはないが、時間がかかる」
「なら、こーいうのはどうだ。クソ野郎は今回、メインダンサーとして筋肉と色気で魅せる。陰気野郎は上手いからハモリをやりつつ、サビでメインボーカル担当。これなら上手く役割分担できんだろ」
「なるほど! それならゼクスさんの負担も減るし、ヴァルガンの見せ場もしっかり作れますね。ソロと違う味付けになるし、いいと思います」
「さっきの感じだと、見りゃすぐ歌えんだろ? やってみろ」
ゼクスに『RE:D』の楽譜を手渡すと、彼はしばらく読んで「問題ない」と頷く。
「ヴァルガン、今回は歌わずダンスに専念してみてくれ。ゼクスさんの歌い方に合わせる感じで頼む」
「踊りのみで主役らしさを魅せるというわけか、任せておくがいい」
ヴァルガンも部屋の中央に立ち、準備万端。
音楽端末から曲が流れ始め、ゼクスは大きく息を吸った。
「♪Are you RE:ady? 準備OK 熟した果実は食べ頃さ」
RE:Genesisとしての『RE:D』はセクシーで野性味溢れる表現だった。
だが、ゼクスがメインになると曲の印象がガラリと変わる。
「♪隠さなくていいのに 瞳の中にある気持ち 今すぐ味わいたいんだろ?」
切なげに相手を求める色気。「どうして自分を欲しがってくれないの?」と懇願するような響きで、楽曲の新しいパワーが引き出されていく。そして、変化したのは音楽面だけではなかった。
(おおっ、振り付けのニュアンスが違う……!)
スイレイ郷と『ルミナ・ドリーム・ステージ』で得た、他者を引き立てる経験と計算されたアピール。それらの知識が存分に活かされていた。
ワイルドさは抑え、代わりに細やかな仕草で歌声の切ないニュアンスを表現するダンス。その上で押し付けがましくならないよう、二人同時に視線を集める位置取り。魔王の適応力とアイドルとしての急成長ぶりに、タケルは舌を巻いた。
「いいぞヴァルガン! めっちゃペアでいけそうな感じがする!」
「そうであろう? 王たるもの、形を変えても輝きを放ってしまうものだからな」
「ゼクスさんの歌も凄いです! ずっと聴いてたいくらい引き込まれますよ!」
「……大袈裟だ。オレはただ、教えられた通りに声を出しているだけだ」
サビを終えたところで一旦止め、タケルは二人を絶賛した。
褒められたゼクスは顔を背けてそっけなく答える。だが、目元は少しだけ緩んでいる。その声には、歌を評価されたことへの喜びが微かに混ざっていた。
「うん、絶対にいける……この調子でやっていきましょう!」
「ハモリも決まればいい仕上がりになりそうだな、アレンジの甲斐があるぜ」
ペアとしての役割分担が見事にハマり、方向性はバッチリ。
ポジティブな空気の中、ヴァルガンとゼクスはレッスンを進めていく。
*
数時間後。
タケルは魔導端末を操作しながら、休憩中のゼクスに声をかけた。
「ゼクスさん、イベント情報が更新されましたよ! ほら、さっき撮った写真もバッチリ載ってます」
「……そうか」
ゼクスは手渡された魔導端末の画面を、静かに覗き込む。
ヴァルガンと並ぶ自分の姿と「ゼクス」という名前が大きく掲載されていた。画面をじっと見つめる瞳に、暗い影が落ちる。
「……」
「ゼクスさん? どうしました?」
「……いや、なんでもない」
タケルの声にハッとして、ゼクスは魔導端末を返した。
嫌な緊張感で、鼓動が早くなったような気がする。
(ステージに立てば嫌でも目立つ……)
それは避けようのない事実。だからタケルの話を受けるべきか迷った。歌があるからこそ、なおさら。理解していたが、それでもゼクスは受けてしまった。
(……大丈夫、今回限りだ。見た目だって昔と変わったし、今まで何もなかった。誰もオレのことなんか、覚えていない)
何も起きないでほしい。大丈夫であってほしい。
ゼクスはそう祈ることしかできなかった。




