5. 第一審査は歌、第二審査は魔王様とバトル!?
再びオーディション会場に戻ってきた一同。
タケルの泣き落としに根負けしたゼクスは、ポケットに手を突っ込んで面倒くさそうに立っている。
「で、何をすればいいんだ」
「えーと……じ、自己アピールとか……」
「引きずられてきたんだぞ。あるわけないだろ、そんなもん」
ジロリとタケルを睨む目に浮かんでいるのは呆れ。
これまでのオーディション志望者に満ち溢れていたやる気や熱意といったものは、当然ながら一ミリも感じられない。
「なぁタケル……やっぱ無理じゃねぇか?」
「マスターの言う通りです。この時間を使って、別のやり方を考えるべきでは」
「でも、やってからじゃなきゃ諦めきれなくて……」
ガルドとセレイナは、揃って疑わしげな目を向けている。
頼み込んでゼクスを連れてきたタケル当人でさえ、これは無理かもしれないと半ば諦めムードだ。
「……あんた、なんであんなに必死だったんだ? 破滅だの命がかかってるだの。そんなに相方が必要なのか」
「はい……。実は、今度出るイベントがあるんですけど。その担当者が一番大事な条件、ペア限定企画ってことを伝え忘れてたんです。相方がいないと、ドタキャン扱いで違約金が発生するかもしれなくて……」
ゼクスの静かな問いかけ。タケルは姿勢を正し、素直に事情を打ち明けることにした。さっきの泣き落としだけでは、ただの変な奴でしかない。
「ヴァルガンがステージに立つチャンスを、向こうの連絡ミスなんてことで潰したくありません。だから、助けが必要なんです……!」
事情を聞いたゼクスは、バンダナの奥でわずかに眉を動かす。
困り果てている相手を見捨てるのは気が引ける。彼の根底にある人の良さが、微かに顔を覗かせた。
「……わかった、やればいいんだろ。歌でも聞かせればいいか? 何か曲をくれ」
「ありがとうございます! じゃあレオンさん、課題曲お願いします」
「へいへい。つーか陰気野郎、楽譜読めんのか?」
「ああ」
レオンはゼクスに向かって、一枚の楽譜を渡した。応募者の中に良さげな相手がいたらテストするために用意した、簡単なバラード曲だ。
ゼクスは渡された楽譜を片手で受け取って確認し、ふむふむと頷く。
その反応にレオンは微かな違和感を覚えた。素人なら楽譜を渡された時点で、もっと戸惑うはずなのに。
「んじゃ、音楽流すぞ。歌ってみろ」
レオンが機材を操作し、美しいピアノのイントロが訓練場に流れ始める。
ゼクスはポケットから手を出し、姿勢を構え直して歌い始めた。
「♪──」
「っ!?」
放たれた第一声で、場の空気が一変した。
どこか哀愁を帯びた、深みと芯のある歌声。言葉の端々に込められた感情の機微が、聴く者の心を直接揺さぶってくる表現力。そして何よりも。
「嘘だろ!? 発声もピッチもリズムも……全部整ってやがる! こいつ、素人じゃねーぞ!?」
音楽のプロであるレオンが驚愕するほどの安定感。
先ほどまでの気怠そうな態度が消え失せたゼクスの立ち姿には、ステージ慣れしている雰囲気があった。作られたばかりのバラード曲を、まるで歌い継がれてきた名曲のように昇華させていく。
その場にいた誰もが言葉を失い、歌声に引き込まれていた。
曲が終わり、静寂が訪れる。
「……ふぅ」
「す……凄いじゃないですかゼクスさん! 良い声だし、上手いし! めちゃくちゃ心に刺さりました!」
「つーか、こんだけ歌える奴がなんで冒険者なんかやってんだ!?」
まさかの歌唱力に、大興奮で立ち上がったタケルが大きな拍手を送った。レオンも信じられないといった顔で見つめている。
その反応を見たゼクスは、バツの悪そうな顔で視線を逸らした。
「……大したことじゃない。ただ、手を抜けなかっただけだ」
「フン。第一審査は突破ということで認めてやろう。だが……」
ヴァルガンは席を立ち、ゆっくりとゼクスに近づいていく。
ゴキゴキと指を鳴らしており、やる気満々だ。
「ここからは第二審査だ。貴様が我の隣に立てるか、試してやろうではないか」
「ちょっ!? こんな歌える人が来てくれたのに、怪我させたりしたら……!」
「何を言うか、タケル。こやつが軟弱者だったら困るのは我らの方であろう」
魔王自ら肉体勝負をしたいらしいが、これで怒って帰ってしまったら最悪だ。必死にタケルは止めようとする。
「……止める必要はないぞ」
不安そうにするタケルに対し、ゼクスが声をかけた。
ヴァルガンに向かって、腰を低くしながらファイティングポーズを構える。
「心配されるほど、オレはヤワじゃない」
「ほう? それは楽しみだ。……行くぞッ!」
凄まじい勢いでヴァルガンはゼクスに接近し、腕を掴んだ。
オーディション参加者にやったのと同じく、放り投げて壁にぶつけようとする。
「はあぁッ!!」
腕を掴み、そのまま投げた──が、ゼクスは空中で一回転。
そのまま壁に足をつけて勢いを殺してから、床に着地した。
「口だけではないようだな。ならば、これはどうだッ!」
ヴァルガンが素早く打撃を叩き込む。
並の冒険者であれば、初撃の時点で殴られて昏倒するだろうがゼクスは違った。当たる寸前で魔王の打撃をいなし、最小限の動きで捌いていく。
「ククク……加減しているとはいえ、やるな! だが、守ってばかりいてはつまらんぞ!」
「……そうだな」
じっとチャンスを伺うゼクス。
連打してくるヴァルガンの攻撃を捌きながらじっと見極め──一瞬の隙をついて、腕を掴んだ。
「ふッ!!」
そのままヴァルガンの首めがけて飛びつき、足を絡めて投げ飛ばそうとする。
フランケンシュタイナー、一気に勝負を決めるつもりの必殺技。
「フハハハハ! 狙いは面白いが、通じぬわッ!!」
ゼクスに飛びつかれた状態のまま、ヴァルガンは思いっきり反り返った。
ドゴォォォンンッ!!
ブリッジの姿勢になり、ゼクスを地面へと叩きつける。
ダメージを受けた衝撃で力が緩み、魔王はあっさりと拘束から抜け出した。
そして、くるりと反転しゼクスの首を掴む。
「っ……」
「勝負あり、だな」
チェックメイト。ヴァルガンはニヤリと笑い、勝利を宣言。
凄まじすぎる二人の肉弾戦を、ポカンとしたままタケルたちは眺めていた。
「え……? ヴァルガン相手にここまで戦えるって、相当凄いんじゃ……?」
「正直、全盛期の俺を上回ってるまであると思うぜ。そもそも、武器を使わず格闘一本で冒険者稼業してるやべぇ奴だからな」
「実力で言えば、ゼクスはすぐS級冒険者になれるほどです。ギルドで大々的にアピールする対象にもなるのですが……それは嫌だと拒否して、ずっとA級に居座っていまして。ギルドの記録上、素行に問題はありません」
「大当たりじゃん……」
タケルに対し、冒険者としての腕前をガルドとセレイナが補足する。
圧倒的な歌の上手さ、体格と筋肉は文句なし、おまけにヴァルガンとある程度渡り合えるほどの戦闘力。
魔王はゼクスの首から手を離すと、満足気に審査員席へ戻っていく。
「楽しませてもらったぞ。ただ時間を稼ぐのではなく、我を倒そうとする気概。組む相手としては悪くない」
ヴァルガンは腕を組み、ゼクスを見ながら不敵に笑った。
オーディション合格で問題ないと魔王が認めたのだ。
「よし、決まりだ! お願いします、もうゼクスさんしか救いの手がないんです! これ断られたら、ガルドさんって地雷に任せなきゃいけないんです!」
「おいコラ! 地雷呼ばわりしやがって、俺の熱い魂を舐めんじゃねぇぞ!」
タケルはガルドに向かってさり気なく暴言を吐きながら、ゼクスの手を強く握りしめた。頼む! と真剣に、目で訴えかける。
「……」
手を握られたまま、ゼクスはしばらく黙り込んでいた。
目を泳がせ、何か葛藤している様子で俯いてしまう。
「断ったら、あんたはどうなる?」
「詰みます! 本当に!! めっちゃ困ります!!!」
「……きっと後悔するぞ。トラブルが起きるかもしれない、それでもいいのか」
「大丈夫です、後悔しません! とにかく今を乗り切るのが一番大事なんで! ゼクスさんがいれば、なんとかなります! だから一緒に歌ってください!!」
引き受けてくれそうな雰囲気になっていると感じたタケルは、彼のゴツい手をさらに固く握りしめた。
自分を頼りにしてくれる手。先ほど歌った時に感じた高揚感。
何度か唸って悩み続けたあと、ゼクスは小さく息を吐いた。
「…………わかった。依頼として受ける」
「よっしゃあああっ! ありがとうございます、本当にありがとうございます!」
タケルの歓喜の叫びが、訓練場に響き渡る。
こうして魔王ヴァルガンと無骨な冒険者ゼクス、異色のペアで『マギテレ感謝祭』に挑むことが決定した。




