4. 最終秘奥義『プライド捨てて泣き落とし』
「あの人が、オーディションを受けてない最後の一人……」
「彼の名前はゼクス。『獅子の牙』に所属するA級冒険者の一人ですね」
体のあちこちに傷が見える、浅黒い肌。少しウェーブのかかった銀髪をポニーテールでまとめている。背は高く、格闘家やプロレスラーを彷彿とさせるような逆三角形の身体。ヴァルガンの隣に並んでも遜色ない体格だ。
冒険者がよく身につける鎧や胸当てではなく、厚手の布地で作られたツナギのような作業着を改造したものを着て、腰巻きしている。上着はノースリーブのボディースーツで、彫刻のような分厚い筋肉のラインが浮かび上がっていた。
眉まで覆い隠すように額に巻かれたバンダナの下から、鋭い目だけが覗く。そこはかとなく漂う、話しかけるなオーラが凄い。
「A級ってことは、引退前のガルドさんに並ぶってことですか?」
「はい。ギルド内だと、上から数えた方が早い立場です。C級以上の冒険者は報酬目当てでほぼ全員参加しましたが、彼だけは応募していません」
「そんなに凄い人なんですね。なんでオーディション受けなかったんでしょう」
「なんでって、そんなの見りゃわかるっていうかよ……。流石にゼクスはないんじゃねぇか……?」
興味を持っているタケルに対し、頭をかきながらガルドが口を挟んできた。
あいつはちょっと……と、露骨に難色を示している。
「愛想の欠片もねぇし、他の冒険者とロクに会話もしねぇ一匹狼だぞ。誰かと組んで依頼をこなしたことなんて、ウチに来てから一度もねぇ」
「そうなんですか? ……というか、それでA級って逆に凄いんじゃ」
「ああ。実力は本物だし、仕事はきっちりこなす。だが、歌って踊って客を楽しませるなんて、逆立ちしたってこれっぽっちも向いてねぇと思うぜ」
「同感だ。あんな陰気野郎、ステージで輝けるわけねーだろ。俺の作った曲をボソボソ辛気臭く歌いそうだぞ」
(……確かに、アイドルって感じではないんだけども)
次々と出てくる、ゼクスは向いてなさそうだという意見。タケルも内心ではそう思っていた。しかし、脳内に違約金・信用失墜・RE:Genesis活動停止という恐ろしいワードがぐるぐると回り続けている。
このままではチームが詰む。
ここで諦めたらヴァルガンをトップアイドルにするという夢が、担当者の連絡ミスというしょうもない理由で潰えてしまうのだ。
(背に腹は代えられない……少しでも可能性があるなら、やるしかない!)
やらなきゃ死ぬなら、せめて前のめりに行ってぶっ倒れるべし。
タケルは両手で自分の頬をパンッと叩き、気合を入れた。
「やれるだけやってみます」
「おい、やめとけって。話しかけても無視されんのがオチだぞ」
「声かけなかったらガルドさん出さなきゃいけないじゃないですか!」
「どんだけ俺が出るの嫌なんだよひどくねぇか!?」
ガルドの嘆きは無視して、タケルはゼクスの元へと足早に歩み寄った。
隣に並ぶと、彼の身体の大きさが際立つ。
「あの、すみません! ゼクスさん……ですよね?」
声をかけると、報告書を提出し終えたゼクスがゆっくりと振り返った。
バンダナから覗く冷たい視線。その目に射抜かれ、タケルは怯みそうになる。
(こ、こえーっ! なんか、思いっきり拒絶されてる……!)
だが、引くわけにはいかない。
拒否感丸出しの相手だろうと決してへこたれずに話す。これもまた、社畜時代に身につけたスキルである。
「俺、RE:Genesisってアイドルのプロデューサーをしてるタケルと言います。実は今、ギルドで『相方探しオーディション』をやっていまして」
「……」
ゼクスは無言のまま見下ろしている。あまりのノーリアクションっぷりに焦りを感じながらも、タケルは必死に説明を続ける。
「ゼクスさん、もしよかったらオーディションだけでも受けてもらえませんか? お願いします!」
「……やらん」
返ってきたのは短い一言。取り付く島もない拒否。ゼクスはそれ以上タケルに構うことなく、受付から背を向けて立ち去ろうとする。
「ま、待ってください! そこをなんとか! 話だけでも!」
「……オレはやらん」
食い下がってもゼクスは同じトーンで二度目の拒絶を口にし、歩みを止めない。
その背中が徐々に遠ざかっていく。
(あああっ!? このままじゃ本当に終わる……!?)
このラストチャンスを逃せば、後がない。
理性が吹き飛び、生存本能が体を動かした。
「お願いしますうううううっ!!」
ズザアァァァァッ!!
タケルはヘッドスライディングでギルドの床を滑りながら、ゼクスの足に勢いよくしがみついた。プライドも世間体もすべて投げ捨てた最終秘奥義、泣き落とし。
「っ!?」
「せめて! せめてオーディションだけでも受けてください! もしやってみて『絶対向いてない』ってなったら、きっぱり諦めますから!」
流石のゼクスも予想外すぎる奇行に驚き、足を止めた。
タケルはズボンの裾をガッチリと掴み、涙ながらに絶叫する。
「俺の! いや、RE:Genesisの命がかかってるんです! 助けてください、ゼクスさんんんん!!」
「うわ……なんだあいつ、すげぇ泣き喚いてる……」
「アイドルのプロデューサーって、あんなことまでするのか……大変だな……」
大の大人が、ギルドのド真ん中で必死に駄々をこねまくる。
情けなさすぎる光景に、周囲の冒険者たちはドン引きしてサッと距離を取った。
ガルドやセレイナ、レオンはあまりにも痛々しい姿を見ていられず顔を覆う。だが、ヴァルガンだけは「それでこそタケルだ」となぜか少し誇らしげな様子だ。
「……おい、離せ」
足にしがみつかれたのを鬱陶しそうに、ドスの効いた声でゼクスは言った。
ぶんぶんと足を動かし振りほどこうとするが、タケルは必死の形相でこらえる。
「離しません! イエスと言ってくれるまで、俺はここからテコでも動きません! このまま破滅するくらいなら、引きずり回される方がマシです!!」
「っ……」
社畜仕込みの、なりふり構わぬド根性説得術。
初対面の自分に対しこれほど感情剥き出しで絡んでくる相手なんて、ゼクスには全くの想定外だった。
「……あんた、プロデューサーなんだろ。そんな真似して恥ずかしくないのか」
「プライドでメシは食えねぇんですよ! 担当アイドルの未来が潰れることに比べたら、俺の恥なんて道端の石ころみたいなもんです! お願いですゼクスさん、力を貸してくださいいいい!」
その言葉には一切の嘘がなかった。
ゼクスはタケルの顔をじっと見つめ、数秒の沈黙がギルドに落ちる。
やがて。
諦めたようにゼクスは大きなため息をついた。
「……わかった」
「えっ!?」
「言っておくが、オーディションを受けるだけだぞ。それでいいな?」
「ほ……本当ですか!? ありがとうございます! ゼクスさん、一生恩に着ます!!」
彼は振りほどくのを止め、渋々といった様子で承諾した。
タケルは床から勢いよく立ち上がり、ゼクスの両手をガッチリと握りしめて何度も上下に振り続ける。
「よし! すぐ訓練場に行きましょう! オーディション再開です!!」
「……面倒なことになった」
ガルドたちが「本気か……?」と困惑しながら訓練場へと戻っていく。
タケルに手を握られたまま、ゼクスは会場に引っ張られていくのだった。




