2. 支給品:女神からの極秘アイテム
「ああもう、向こうのミス一つでなんでこんな大ピンチに……!」
夜のひだまり荘でタケルは呻き声を上げていた。
ちゃぶ台の上には、書きかけの「緊急オーディション募集要項」の用紙が散乱している。インクの染みや丸めて捨てられた紙くずが、その苦労を物語っていた。
「キャッチフレーズどうしよう。『求む! ヴァルガンの隣に立っても死なない逸材!』とか? いやこれ魔獣討伐クエストだろ。誰もアイドルのオーディションだと思わねぇ……」
タケルは書き上げたばかりの紙をくしゃくしゃに丸め、部屋の隅のゴミ箱に放り投げた。ヴァルガンは買い出しという名の散歩に出かけており、部屋にはポツンと一人。静まり返った部屋に、カチカチと時計の秒針の音だけが響く。
「はぁ~、ダメだ。こんがらがってきた……。息抜きついでに報告しとくか……」
大きく伸びをして、タケルは凝り固まった肩をほぐす。
それから虚空に向かって声をかけた。
「おーいルミナス、ちょっといいかー」
『はいはーい、超美人女神のルミナス様よー。何よタケル、こんなタイミングで』
「現実逃避ついでに愚痴という名の報告」
『定期報告をストレス発散に使うんじゃないわよ』
「たまには許してくれよ、外で言うわけにもいかないんだからさぁ~……」
タケルの声に応えるようにウィンドウがポップアップし、ルミナスが姿を見せた。なぜか片手にポテトチップスの袋を持ち、ポリポリと食べている。どう見てもおやつタイムである。
「お前、こんな時間に食ってていいのかよ。太るぞ」
『神は常にパーフェクト・ビューティだからノーダメージなの。で、愚痴って一体何があったわけ? 魔王がどっかの壁でもぶち壊した?』
「壁は壁でも俺の胃壁が壊れそうなんだよ! 今度出るイベント、担当者のミスでペア企画なのがさっき発覚して! しかも本番は来週! キャンセルもできないから緊急オーディションしなきゃいけなくて!」
『へー。大変そうねぇ』
ちゃぶ台に頭をぐりぐりと擦り付けながら、タケルは不満を早口で連射した。
ルミナスはポテトチップスをかじり、全く興味がなさそうに相槌を打つ。
「へー。じゃないっての! ヴァルガンの隣に立てる奴を探さなきゃいけないんだぞ!? もし見つからなかったらヤバいから必死なんだよ!!」
『だって私が何かできるわけでもないし。あんたがやるしかないんだから、頑張りなさいよー』
「ちくしょう、他人事だと思いやがってぇ……!」
あっけらかんとした態度で返すルミナスに、タケルは恨めしそうな視線を送る。
だが、愚痴を吐き出したことで少しだけ気が楽になったのも事実。
誰かに話すだけでも、焦りでパンパンになっていた頭が落ち着いた気がする。何も解決してはいないが。
「はぁ……。まあいいや、こっちでなんとかしなきゃいけないのはその通りだし。で、お前の方はどうなんだよ。最近、妙に大人しかったじゃないか」
『……あー、そうそう。それなんだけどさ』
タケルが何気なく話題を振ると、ポテトチップスを食べるルミナスの手がピタリと止まる。彼女の表情から緩い空気がスッと消え、手についた塩をハンカチで拭き取ると真面目なトーンで口を開いた。
『実はね、神界の関係者……監査官みたいな人が、しばらくプリズマリアへ滞在することになったのよ』
「監査官? お偉いさんが地上に来るのか?」
『そ。まあ、定期視察みたいなもんよ。世界がちゃんと回ってるかどうか、抜き打ちテストみたいな感じね』
ルミナスはわざと軽く言いながら肩をすくめた。
大げさなことじゃないけど一応忠告、というニュアンスだと感じさせるように。
「へえ、神様もそういうことしてんだな。視察が来るなら、お前もサボってられないんじゃないか?」
『私はやることちゃんとやった上でサボってんのよ。……で、タケル。あんたがプロデュースしてんの、一応魔王でしょ』
「一応ってなんだよ、バリバリの魔王だよ」
『監査官の連中って超うるさくてね~。正体が魔王とバレたら上に説明したりとか、めちゃくちゃ面倒くさいことになんの。最悪、あんたたち営業停止処分よ』
「営業停止!? アイドル活動ができなくなるのか!?」
『で、そうならないための対策アイテムを送……じゃなかった、『偶然』そっちのテーブルに落とすから拾いなさい』
そう言ってルミナスが指をパチンと鳴らすと、タケルの目の前の空間が小さく歪む。そこから何かがちゃぶ台の上にポトリと落ちてきた。
「……なんだ、これ?」
出てきたのは小さな銀色の指輪。表面には細かなルーン文字のような意匠が刻まれている。派手な宝石などはついていない、シンプルなデザインだ。
『それ、『秘匿のリング』っていうマジックアイテムよ。それを魔王に着けさせれば、監査官に探られてもちょっと魔力の強い人間くらいに偽装できるの』
「へぇ~、そんなことができるなんて凄いな。活動停止は困るし助かるよ」
『いい? 絶対にその指輪を外させないこと。それから街で違和感のある事態が起きたり、妙な奴を見かけたら私に教えなさい。絶対、自分たちだけで解決しようとするんじゃないわよ。わかった?』
「う、うん。わかった。なんか今日のお前、妙に真面目だな?」
『失礼ね、いつでも真面目で慈悲深いでしょうが。じゃ、オーディション頑張んなさい。切るわよ』
ルミナスはいつになく真剣なトーンで念を押してから通信を切った。
タケルは残された銀色の指輪を見つめながら、首を傾げる。
「監査官の視察、か……。まあ、バレてトラブルになったら困るし、ちゃんと着けさせておかないとな」
タケルが指輪をポケットにしまった直後。
ガチャリ、とアパートの薄いドアが開く音がした。
「戻ったぞ。今日はアイスを土産に用意した、感謝するがいい」
「おかえりー。どうせお前が食べたかっただけだろ、それ」
ふふん、と自信満々に紙袋を持ったヴァルガンが帰還した。タケルは呆れながら袋を受け取り、中に入っていたアイスを冷凍庫にしまっていく。
「あ、そうだ。ヴァルガン、ちょっとこれ着けてみてくれないか?」
「ぬ? なんだその貧相な装飾品は。我の美学には合わんぞ」
「んー、特別なお守りみたいなもんだよ。これ着けると厄除けになるんだって」
ポケットから先ほどの『秘匿のリング』を取り出し、ヴァルガンに見せる。
正直に説明すると「我の力を隠す必要はない!」と魔王がキレることは目に見えているので、咄嗟にお守りという方便を使った。
「フン、加護など我には不要だが……貴様がどうしてもと言うなら、受け取ってやらんこともない」
「はいはい、どーも。で、これ入んのか……?」
ヴァルガンが差し出した大きすぎる左手。タケルはその親指に、銀色の指輪を押し込む。ゴツい魔王の指には流石に小さすぎるかと思ったが、指輪は淡く光を放つと自動で指のサイズに合わせてフィットした。
「おっ、サイズ調整機能付きなのか。便利ー」
「締め付けられる感覚はないが、いささか窮屈な気がするな。まあよい、貴様の顔を立てて身に着けておいてやる」
ヴァルガンは親指にはまった指輪をまじまじと見つめ、不満げに鼻を鳴らした。
タケルから見ても、魔王の外見やオーラに何か変化が起きたようには感じられない。そこにいるだけで部屋の空気を圧迫するような強烈な存在感は健在だ。
(本当にこれで気配とか抑えられてるのか……? まあ、ルミナスが言うなら大丈夫だろうけど……)
タケルは指輪の効果に一抹の疑問を抱きつつも、一旦置いておくことにする。
今は目の前に迫る危機の方が何百倍も重要だ。
「よしヴァルガン、オーディションの募集要項のチェック頼むぞ!」
「フン。我の隣に立つ者を選ぶ儀式であろう? 生半可な輩なんぞ、この手で吹き飛ばしてくれるわ」
「ダメに決まってんだろ! いいか、明日はどんな奴が来ても絶対にビビらせるなよ? 少しは圧を抑えて、にこやかに対応しろよな!」
「愚か者め、王たる我が媚びを売るわけなかろう」
文句を言いながらもヴァルガンはちゃぶ台の前に座り、タケルが書いた募集要項の紙を手に取りチェックを始めた。
*
「……あれで基本的なスキャン程度は誤魔化せるだろうけど。監査官相手にどこまで時間稼ぎできるかしら」
頬杖をつきながら、画面を眺めているルミナス。
そこにはひだまり荘で募集要項を前にギャーギャー騒ぎ合っている、タケルとヴァルガンの姿が映し出されている。女神の表情に先ほど通話していた時の緩さは微塵もなく、焦燥と苦悩に沈んでいた。
「でも、直接介入ができない以上、私には先延ばしくらいが限界……」
アイドルとして熱狂を生み出すほど、魔王の力が世界に作用して環境を歪めていく。善意であろうが悪意であろうが関係ない。存在そのものが、世界という器にとっての害なのだ。
神界の上層部がその事実を突き止めれば、彼らが下す判断は一つ。
『世界の崩壊を防ぐため、元凶である魔王を討伐せよ』
タケルとヴァルガンが手を取り合って築き上げてきたアイドルの夢も、絆も。
すべてが正しさというルールによってすり潰されることになる。
「……そう遠くないうちに、すべて言わなきゃならない日が来るのよね」
その時、タケルは何を選択をするのだろうか。
迫り来るタイムリミットを前に女神は一人、静かに頭を悩ませ続けるのだった。




