24. 打ち上げ開催、新たに作り上げていく計算式
嵐のステージから数日が経ち。
悪天候都合で延期になっていた『ルミナ・ドリーム・ステージ本戦』の打ち上げが、ルミナ・シティ有数のレストランを貸し切って開催されていた。
会場にはイベントを共に乗り越えたアイドルやスタッフたちが集まり、グラスを片手に談笑している。あちこちから楽しげな声が上がり、あの過酷な出来事を笑い話に変えるほど心地よい空気に包まれていた。
「うおおおおおっ! 見ろ、ヴァルガン! このステーキ、口の中で一瞬で溶けたぞ! なんだこれ、幻か!?」
「はしゃぎすぎであろう、タケル。ソースをこぼすでないぞ。質の高さに浮かれるのもわかるがな」
会場の隅のテーブルでタケルとヴァルガンは、山のように盛られた豪勢な料理を食べていた。現代日本では一般的な社会人として過ごしてきたタケルにとって、これほどの代物は初体験だった。
ステーキ肉はちょっと噛むだけであっさりとろける柔らかさ、スーパーで買った特売品とはレベルが違う。塩をかけたシンプルな状態でも美味だし、ソースも選べるので味変OK。スープは好みに合わせた様々な種類が用意されており、その他の料理もビュッフェ形式で取り放題。
フロアを歩き回るウェイター・ウェイトレスはパンバスケットを抱えており、焼き立ての香りが漂ってくるパンを「いかがですか?」と提供してくれる。おまけに種類も選り取り見取りという充実ぶりだ。
「食事も酒も上質、我に相応しい食事が久しぶりにできて満足だ」
「……よく考えたらお前、魔王だから豪華なのには慣れっこなわけか。頑張ったご褒美だし、今日は好きなだけ食っていいぞ」
「無論だ、食いまくってやる」
上機嫌でヴァルガンは巨大なステーキを次々と胃袋に収めていく。タケルも自分用のプレートに盛り付けた、シーフードマリネを堪能しながら嬉しそうに笑った。
「楽しそうだね」
と、そこへグラスを持ったルナが声をかけてきた。
隣にはイザベラも立っている。
「あ、ルナ。イザベラさんも。お疲れ様です!」
「何用だ。我の食べっぷりに感動でもしたか?」
「そんなわけないでしょ」
(……あれ? なんか、雰囲気が違う?)
ルナは相変わらず表情の変化が乏しい。
だが、彼女の纏ってる空気。それが冷たいだけの氷ではなく、柔らかくなった別種の深みを帯びているように感じられた。
イザベラの変化はもっと顕著だった。
以前はどこか卑屈さと無力感を漂わせていたが、今は自信と誇りに満ち溢れた顔だ。背筋をピンと伸ばして、ルナの隣に堂々と立っている。
「タケルさん、ヴァルガンさん。先日の本戦ステージ、お見事でした。貴方たちが作り出したあの熱狂……私たちも、大いに刺激を受けました」
「い、いえ! 俺たちはただ、勢いで突っ込んだだけで……」
「謙遜することはありません。結果として貴方たちはイベントの空気を支配し、番組全体を引っ張っていったのですから」
「でもわたし、ムカついたんだよね」
「……はい!?」
ルナはグラスの氷をカランと鳴らしながら、そう口にした。クールな口調で感情剥き出しというギャップに、タケルは変な声を出してしまう。
「RE:Genesisはいつか潰すリストに入れたから、よろしく」
「何言ってんのこの子!? 打ち上げで宣戦布告!?」
「そうだよ。あなたたち、非合理的なことだらけで意味がわからない。それが、すごくムカつくの」
静かに語るルナの瞳には、闘志の蒼い炎が揺らめいていた。
突然の物騒な宣言に、タケルは後ずさる。
「だから、次は負けないよ。あなたたちの『熱』も、わたしのロジックで上書きして潰してあげる」
「お、恐ろしいこと言わないでくれよ……!」
「覚悟してくださいね。私たちはこれから、今までとは違う『新しいルナ』に進化してみせますから」
「新しいルナ……?」
「うん。新しい変数を組んでいくことにしたの。一人じゃ計算できないことも、これからはイザベラと一緒に解く。だから、前のわたしよりずっと強くなる」
「そういうことです。私たち二人で、もっと上を目指します」
得意げに胸を張るイザベラをちらりと見て、ルナは微笑みを浮かべる。
そのやり取りを見ていたヴァルガンはグラスに注がれたワインを一気に飲み干し、獰猛に笑った。
「フハハハハ! よかろう。王たる者、挑戦を拒む理由などない。新たな貴様すら超えて我は頂点を目指すのみ、いつでもかかってくるがいい」
「そうさせてもらう」
ヴァルガンは圧を放ちながら、ルナを睨みつけた。彼女もまた、魔王の挑発から逃げることなく真っ直ぐに視線を返す。
隣で、イザベラは自信に満ちた表情を浮かべている。様子を見ていたタケルは、その理由に思い当たった。
(……そっか。イザベラさん、ルナと一緒に進んでいくって決めたんだ)
以前、イザベラは「貴方が羨ましい」と言っていた。
だが今はもう、タケルたちを羨む必要はない。彼女たちもまた互いを必要とし、共に進化していくパートナーになったのだ。
同じ裏方として、二人の関係性の変化を心から嬉しく思った。
だからこそタケルも、プロデューサーとしての顔つきになり……ヴァルガンの隣に並んで不敵に笑った。
「上等です。RE:Genesisだって、まだまだ進化しますからね! 次の勝負も絶対に負けません。俺たちの熱で、新しい計算式ごと溶かしてやります!」
「大きく出たね。わたし、負けるつもりはないから」
感情という変数すら組み込んだ、新たなライバルへと進化したルナとイザベラ。
再戦を予感しながら、タケルは今後のプロデュースに頭を巡らせる。
ルナがくるりと背を向け……ようとしたところで。
何か思い出したのか「あ」と言って振り返る。
「忘れてた。はいこれ、確認して」
「え、封筒……?」
突然、ルナから封筒を手渡されたタケル。
中を見るように促され、出てきた用紙に書かれていたのは──
「請求書!?」
「うん。ステージ衣装のクリーニング代。わたし言ったよ、請求するって」
「む。確かにそうであったな」
「ま、まあ、汚したのはこっちだし、それくらいなら……って、ええっ!?」
請求書の金額を見て、タケルの目が飛び出そうになる。
そこに載っていた金額は、想像していたもののおよそ百倍。
「な、ななな、なんでこんなクソ高いんだ!?」
「一つ目の理由は特急料金。あのステージ衣装をすぐ使う必要があったから、超特急特別料金でクリーニングしてもらったんだよね」
「……」
「二つ目の理由は衣装代。超特急クリーニングで生地が傷んで長持ちしなくなったから、新しい衣装が必要になったの」
「…………」
「三つ目の理由は不愉快になった分の上乗せ。わたしの衣装を汚した時の顔、ものすごくムカついたから」
「おいなんてことしてくれたんだよヴァルガン!」
「過ぎたことを振り返っても仕方なかろう」
「反省しろっつってんだよ馬鹿!!」
最初二つの理由は仕方ないが、三つ目は完全にヴァルガンのやらかし。せめてそこさえなければ、もう少しお安くなっていたのではないかと思ってしまうタケル。
「請求日は今月末なので、よろしくお願いしますね」
「はい……わかりました……」
「じゃあ行こっか、イザベラ。レッスンの別案も考えなきゃ」
「ええ! それではお二人とも、失礼します」
イザベラは丁寧にお辞儀をし、ルナと共にその場を去った。
後に残されたのはとんでもない金額の請求書を渡されたRE:Genesisのみ。
「どうすんだよヴァルガン……また貧乏生活確定じゃねーか……」
「我に聞いたところでどうにもならんのは貴様が一番知っているであろう」
「はいはいそーだな! 聞いた俺が馬鹿だったよ!!」
仕事は増えているが、あまりにもデカすぎる想定外の出費。
また貧乏生活になる未来を見据えて、タケルは近くにいたウェイターにこっそり声をかけた。
「あの、すみません……今日の料理、お持ち帰りさせてください……」




