21. 嵐を越えた数字の一位、伝説の二位
ルナのステージが終わり、激しい豪雨と強風はピークを過ぎたのか徐々に勢いは弱まりつつあった。まだ雨は降っているものの先ほどまでと比べ、落ち着いた空模様へと変わり始めている。
「最高だったぞーっ!」
「みんな、よく頑張ったーっ!!」
会場は全力を出し切ったアイドルたちを讃える歓声に包まれていた。
推しに向けたものだけではない。悪天候の中、誰一人欠けず最後までステージをやり遂げたすべての出演者に対する賞賛。
その熱が渦巻く中で司会者がマイクを握り、声を張り上げた。
『みなさん、お待たせしました! 嵐を吹き飛ばした本戦ステージ、いよいよ最終結果の発表です!』
会場が水を打ったように静まり返る。ステージ裏の待機スペースでも、アイドルやスタッフたちが固唾を呑んで見守っていた。
『現地のファン票、そしてテレヴィ視聴による投票。すべてを合算した、最終投票結果は……こちらです!!』
司会者の合図と共に。
ステージ後方の巨大な魔導ビジョンに、出演者たちの順位と獲得ポイントが一気に表示された。
「……っ!」
祈るように両手を合わせ、画面を凝視するタケル。
表示された一位は──やはり。氷の美少女、ルナだった。
「……流石、ルナだな」
悔しさはあるが、それを上回る納得感。嵐の中で裸足になり、泥だらけで踊ったルナの姿は多くの視聴者の度肝を抜いたのだ。あんな状況だろうと多数の観客を魅了できる。やはり、アイドルとしての実力は本物なのだと。
「ほう。一位が人形というのは癪だが、どうやら民は正しく評価したようだな」
「へっ?」
ヴァルガンの言葉を聞き、結果画面をさらに下へと追うと。
徐々にタケルの表情が変わり、パッと目を輝かせた。
「……おい、見てみろよ! 二位以降が予選と全然違うぞ!」
「だからそう言ったではないか、落ち着け」
タケルは飛び跳ねながら、隣に立つヴァルガンの肩をバンバンと叩く。
二位にはRE:Genesisがランクインしており、三位にはチェリーズ。
そして四位以降にも、嵐のステージに立ったアイドルたちの名前が満遍なく連なっていた。
特筆すべきはポイント数。予選ではルナがほぼすべての票を集め、二位以下のアイドルたちは僅かなポイントのみ獲得。まさにルナの一人勝ちであり、他は引き立て役でしかなかった。
だが、今回は違う。
RE:Genesisもチェリーズも他のアイドルたちも、予選の時とは比べ物にならない量のポイントを獲得していた。ルナとの差は依然として大きいものの、それぞれのアイドルが視聴者の心を掴んだ証だ。
「予選の時みたいな『ルナのおまけ』なんて空気は、どこにもない……!」
番組全体が「アイドルが一丸となって嵐に立ち向かった伝説のライブ」へと変貌した結果。視聴者はルナという個の力だけでなく、他のアイドルたちが見せたパフォーマンスも評価してくれたのだ。
「あーあ、惜しかったねぇ」
「エリオ! 来てくれてたのか」
ステージ裏の通路から現れたのは、私服姿のエリオ。
タケルたちに歩み寄り、お疲れさんと気遣うように肩をポンポンと叩く。
「ルナちゃんに勝つのは流石の本家さんでもキツかったか~」
「そこは残念だけど……でも、二位になれただけでもありがたい話だよ」
「ま、本家さんが先陣切って嵐の中に突っ込んだのがデカいよね! あれで番組の空気が完全に変わったし」
魔導ビジョンの結果画面をエリオは顎でしゃくり、二人に向かってサムズアップしながら微笑んだ。
「テレヴィ局のお偉いさんやスポンサーも、考えを改めるんじゃない? こんなの見せられたら、番組の空気を作れる主役級って認めるしかないっしょ」
「……そっか。俺たち、ちゃんと『メイン』になれたんだな……!」
タケルは深く深く、安堵の息を吐き出した。
RE:Genesisがメディアで生き残るため爪痕を残すという、最大の目標は無事達成されたのだ。
「フン。我が自ら、嵐に立ち向かう道を示してやったのだ。王を引き立て役にするなどという愚かな選択は、もう考えぬであろう」
「ああ、お前が最初に行ってくれたおかげで、みんなの心に火がついた。ヴァルガンが作った熱だよ!」
「それに。我を止めずに送り出すとはやるではないか、タケル」
ヴァルガンのおかげだと、タケルは嬉しそうに笑いかける。
魔王も相棒の度胸を認めるように、ニヤリと笑い返した。
「いつもなら泣き喚いて我を止めるであろうに。プロデューサーとしての覚悟、しかと見せてもらったぞ」
「あれはもう勢いでやるしかないだろ? お前が『歌う』って決めたんだからな!」
二人は互いの健闘と信頼を讃え合うように、力強く手を構える。
パァンッ! と手と手が重なる音が響き渡った。
*
その熱狂から少し離れた場所。
一位の座を獲得したルナは、舞台袖で一人静かに佇んでいた。
ステージから戻ったばかりで、イザベラとはまだ合流していない。
彼女が見ているのは「一位:ルナ」という投票結果の画面。
耳に届くのは、会場を包み込む観客たちの熱狂的な声。
視線を少しズラして見えたのは──ハイタッチをして讃え合っているタケルとヴァルガンの姿。
(わたしが一位。数字の上では、他の誰よりも評価された)
ルナはモニターの数字を見つめたまま、冷静に状況を分析していた。
(番組の目玉としての役割は果たした。スタッフやファンの満足度も高い。十分すぎる結果)
それは揺るぎない事実だ。
彼女の合理的な思考回路は、ミッションクリアと認識している。
しかし。
ルナの心には今まで感じたことのない、奇妙な違和感が広がっていた。
(……でも。あの中止ムードを吹き飛ばし、番組を『伝説』に変えたのはどう見てもRE:Genesis)
すべてを俯瞰する計算式が、一つの残酷な真実を弾き出す。
この投票結果に繋がった理由、それは──
(わたしは、彼らが作った『熱』に乗っただけ)
一位になれたのは、これまでのパフォーマンスの貯金。
そして、今までになかった意外性が評価されたから。
ステージを盛り上げたのは、紛れもなく嵐の中に飛び込んでいったヴァルガンたちの理屈じゃない想い。
完成されたパフォーマンスではなく、不完全な姿が評価されたことで。
彼女の中に、妙なモヤが生まれ始めていく。
(わたしは、自分の力で勝ったわけじゃない)
イベントの順位という試合では勝った。
けれど。アイドルとして会場の空気を支配するという勝負では、完全にRE:Genesisに負けたのだ。
「……ふふ」
ルナはびしょ濡れになったドレスの裾をギュッと握り締め、小さく笑い声を漏らした。普段は冷たく変化がない彼女の顔に、初めて感情的な色が浮かぶ。
「ムカつく」
それは、完璧な氷の美少女が生まれて初めて口にした。
悔しさという名の敗北宣言だった。




