17. 魅惑の新曲『RE:D』、広がっていく熱と決意
「おおっ……!? 本当に出てきたぞ!」
「あんな土砂降りの中でやるのか!?」
「すげーアホだけど、根性あるな!」
どす黒い雨雲から叩きつける豪雨と、体を持っていかれそうな強風が吹き荒れるステージ。ヴァルガンは一人、堂々たる足取りで中央へと躍り出た。
観客席はテントで覆われているため、かろうじて直接の雨風は凌げている。
悪天候の中で無理やりイベントが始まった流れに、会場は戸惑いと興奮が入り混じった大騒ぎとなっていた。
「もう本人立っちゃってます! どうします!?」
「腹を括れ! 放送事故にするわけにはいかん、カメラ回すぞ!」
ステージ袖では、ディレクターが半ばヤケクソ気味に怒号を飛ばしていた。
「レンズの雨粒は風魔法で吹き飛ばし続けろ! 照明、光量最大! 音響、風切り音を消す結界に魔力を全振りしろ! 意地でも事故らせるなよ!」
スタッフたちは慌てながらも、必死の形相で機材を稼働させ始めた。
プロの意地が嵐のノイズを抑え込み、ステージの中央に魔導照明の強烈な光を集中させる。光のシャワーを浴びながら、ヴァルガンはゆっくりと天を仰いだ。
『フン。この程度の雨風、どうということはない。豪雨のライブなんぞ既に経験済みだからな!』
マイクを通した魔王の声が会場中に、ルミナ・シティのあちこちで配信している魔導ビジョンに響き渡る。ヴァルガンがステージ袖にチラリと視線を向けると、タケルがOKマークを全身で示していた。
『さあ、今日のために用意した新曲だ! 我の新たな境地を堪能せよ!』
咆哮を合図に、レオンが作った新曲『RE:D』のイントロが爆音で流れ始めた。
重低音が心臓を直接叩くような、ダンサブルで攻撃的なビート。
そこにきらびやかな音色とストリングスが絡み合い、大人の色気を繊細に表現する旋律が折り重なっていく。
降り注ぐ雨を全身に浴びながら、ヴァルガンは鍛え上げられた肉体を躍動させてキレのあるダンスパフォーマンスを開始した。
『♪Are you RE:ady? 準備OK 熟した果実は食べ頃さ』
カメラに流し目を向けながら、ゆっくりと腰を回してアピール。
エリオとの特訓を踏まえて磨き上げた、大人の余裕が生み出すセクシーさ。
『♪隠さなくていいのに 瞳の中にある気持ち 今すぐ味わいたいんだろ?』
「っ! 大丈夫か、ヴァルガン……!?」
ステージ裏のモニターで見ていたタケルが、思わず息を呑む。
床は濡れているせいで最悪のコンディション。ヴァルガンは筋肉の陰影を出すポージングを意識して動こうとする。だが、踏み込むたびに足元が滑り、強風でバランスが崩れそうになる。
事前に考えたプランなど、大自然の猛威の前では容易く狂わされてしまう。
それでも。
ヴァルガンは絶対に倒れない、折れない。
「ぬおおおおおッ!!」
滑りそうになる体を、常人離れした筋力で強引にねじ伏せる。
ステップがズレれば荒々しい踏み込みへと変え、水飛沫を高く蹴り上げる。
風で髪が乱れれば、そのまま濡れた手でかき上げて荒々しい獣のような色気としてアピールに変換する。
『♪抱きしめていいよ 何したっていいよ 二人だけのN・L・P・N』
ルナが見せた芸術品のような完璧さとは対極にあるもの。
泥臭く荒削りで、計算外のノイズだらけ。
『♪全部全部全部 君が抑えられない熱さ 受け止めてあげるから』
どんな逆境でも決して倒れず、抗い続ける姿。計算だけでは作れない生々しいエネルギーは、観る者の魂を激しく揺さぶっていた。
「あんな滑ってるのに、全然諦めてない!」
「すげぇパワフルさだ……!」
「いいぞー、RE:Genesis!」
観客席のテントから上がる声。
最初は戸惑っていたものが、徐々に熱を帯びた声援へと変わっていく。
『♪RE:D! RE:D! RE:D! 二人が一つの赤になって』
「うおおおおおっ!」
「カッコいいぞーっ!!」
サビに突入しヴァルガンが雄叫びと共に激しいダンスを決める。
会場のボルテージは一気に爆発した。
『♪気遣いはいらない 激しく求めてほしい 身体中に熱を広げたい』
イベントを中止にした方がいいのではというムードは完全に吹き飛んでいた。
嵐の中で強行された破天荒なライブという、一体感と狂乱の渦に包まれていく。
*
熱気は観客だけに留まらなかった。
ステージ裏の待機スペースで、モニター越しにヴァルガンのパフォーマンスを見つめていた他のアイドルたち。
「……」
チェリーズのメンバーは、食い入るように画面を見つめている。
彼女たちは先ほどまで、中止のムードにホッと安堵すら覚えていた。
嵐が来たんだからしょうがない、そう言い訳できてよかったと。
だが、画面の中でびしょ濡れになり、それでも歌い続けるヴァルガンの姿が。
彼女たちの中で燻っていた気持ちに小さな火を点けた。
『我は歌いたいから、歌うのみよ!』
「……そうだ」
先ほどヴァルガンが放った言葉。
それが、リーダーであるセリーゼの脳裏に蘇る。
「ルナちゃんがどれだけ凄くても、ステージが最悪だろうと……関係ない」
彼女の目から諦めの色が消え、代わりに決意が宿る。
両隣に立つキルシェ、アマレナの手をしっかりと握りしめた。
「私たちは、私たちの歌を届けたいから……アイドルになったんでしょ?」
「……うんっ! 他の人がどうかは、関係ない!」
「ここで逃げたら、絶対後悔するよね!」
チェリーズの三人だけではない。
モニターを見ていた他の新人アイドルたちも次々と顔を上げ始めた。
「あんなの見せられたら、引っ込んでられねーな!」
「メイク直して! 私たちも行かなきゃ!」
アイドルの原点である「ステージに立ちたい」という想いが、燎原の火のごとく燃え広がっていく。
その様子を、イザベラは静かに眺めていた。
隣にルナはいない。先に控室へと戻り、片付けを始めたからだ。
「……」
理屈やメリットなんて関係ない。
好きだからやる、やりたいからやる。
そう告げる人々の姿には。
『私、アイドルが好きなので……マネージャーとして力になりたいと考え、志望しました』
かつて、アイドル業界に憧れた頃の自分自身が見えたような気がした。
*
『♪赤に混ざる白 恥ずかしそうに笑う君へ ご褒美のKissあげるよ』
曲の終わりと共に、ヴァルガンは最後のポーズを決めた。
激しい雨で衣装も髪もぐしゃぐしゃになりながらも、やり切ったという得意げな笑みが浮かんでいる。
ワアァァァァァァァァァッッ!!
割れんばかりの歓声と拍手が、嵐の音を掻き消すほどの勢いで響き渡った。
ステージモニターに表示されている投票カウンターも、爆発的な勢いで跳ね上がっている。
タケルは熱狂の余韻が残るステージと、観客席の様子を見渡した。
この勢いをここで止めるわけにはいかない。進行用のマイクを握り直し、ステージ裏に集まってきた他のアイドルたちに向かって熱く問いかけた。
「さあ! この火を消すわけにはいきません! 次は誰が行きますか?」
「私たちが出ます!」
チェリーズの三人が真っ先に手を挙げ、前へ進み出た。
もうルナへの恐怖も嵐への不安もない。あるのは「歌いたい」という純粋な想いだけ。
タケルは大きく頷き、彼女たちに向かって笑いかけた。
「わかりました! 思いっきり楽しくお願いしますね!」
「はいっ!」
『……続いては、嵐の中でも最高にキュートで元気な彼女たちの登場です! どんな逆境にも負けない笑顔を受け取ってくれ! チェリーズ!!』
タケルのコールに背中を押され、チェリーズの三人が嵐のステージへと飛び出していく。ルナが作った完璧という冷たい鎖は、ヴァルガンが放つ理屈じゃない熱さによって見事に打ち砕かれたのだった。




