16. 嵐の前の決断! 二人が選ぶ、歌う意味
ルミナ・シティ中央公園のステージには既に大勢の観客たちが詰めよせ、アイドルが登場するのを今か今かと待ちわびていた。
いよいよ『ルミナ・ドリーム・ステージ本戦』当日。生放送用のセッティングを終えた魔導カメラが浮遊し、照明も昼間から稼働の準備を整えている。
だが、現場の盛り上がりとは裏腹に天候は最悪の様相を呈していた。
予報通り空には分厚い暗雲が低く立ち込め、太陽の光を完全に遮っている。不穏な生温かい風が吹き、会場に立てられた番組の旗を激しく揺らしていた。
「風でマイクにノイズが乗ってます! 通信も不安定に……」
「防風用の結界を一段階強めるよう伝えろ! とにかく映像は途切れさせるな!」
ディレクターやスタッフたちは環境チェックに奔走していた。
観客席の上部には雨よけの大型テントが展開されており、来場者は濡れずに済むよう配慮されている。
だが、肝心のステージは構造の都合上、完全に吹き晒しの状態。機材周りは最低限対処されているが、嵐になればアイドルたちは雨風の直撃を受けることになる。
(頼む、なんとかこのままイベントが進みますように……!)
その様子を見ながら、タケルは手を握って祈るしかなかった。
やがて、定刻を迎え──
『みなさんお待たせしました! 『ルミナ・ドリーム・ステージ本戦』のスタートです! 雲行きは怪しいですが、盛り上がっていきましょう!』
司会者の軽妙なトークと共にステージが始まった。スタッフたちはカメラを回し、魔導ビジョンや魔導端末に番組が配信され始めた。
『それでは、改めてルール確認です。今回は現地のみなさんと、魔導端末による視聴者の投票合算で順位争い! 予選と同じく複数投票は可能なので、『いいね』と思ったアイドルにどんどん入れましょう。まもなく開演なのでお楽しみに!』
司会者がそう宣言して、舞台袖に捌けたタイミングで。
ポツ、ポツリ……ザアアッ……。
空はさらに暗さを増し、ついに雨が降り始めた。
ステージに叩きつける雨音と風切り音で、スピーカーから流れるBGMが聞き取りづらくなっていく。
「あちゃー、ホントに雨降って来ちゃった」
「どうすんだろこれ、続けるのかな?」
悪天候のせいで観客の熱気も次第に冷め、テントの下でざわつきが増えてきた。
ステージ裏のスタッフたちの間にも、混乱が広がり始める。
「おい、これ以上は危険じゃないか? ステージが滑るぞ」
「魔導カメラのレンズに雨粒がついて、画面がボヤけ始めてる……!」
「どうします!? 一旦中断して、別映像流しますか!?」
安全とクオリティの両面から、中止論が現実味を帯びて囁かれ始めた。
出番を控えていたアイドルたちも、こんな中で歌うのかと不安の色を隠せない。しかも、雨風の勢いは徐々に増している。
パニックに陥りつつあるステージ裏でただ一人、冷静な少女がいた。
「イザベラ。もう衣装とメイク道具、片付けていいよ」
「えっ……? でも、まだ中止アナウンスは出てないわよ?」
ルナは当然のように、抑揚のない声で指示を出した。
突然の言葉にイザベラは戸惑う。
「この状況なら、ほぼ中止だよ。嵐の中でパフォーマンスしたら、確実に精度が三割以上落ちる。照明やカメラも、雨のせいで計算できないから微妙な映りになる。条件が悪すぎるステージをやる意味がない」
イベントを続けるメリットはもう存在しないと、彼女はいつも通りの合理性で分析していた。魔導端末でスケジュールを確認しながら、さらに言葉を続ける。
「怪我したり体調を崩して、明日以降の仕事に穴を開けるリスクもある。その上でクオリティの低いステージをやるなんて、非合理的な選択をする理由がないよ。帰る準備をして」
彼女の声はそれほど大きくなかったが、ステージ裏にハッキリと響き渡った。
この番組の目玉であるルナが「撤退」の姿勢を明確に見せたのだ。
「……ルナさんが帰るって言ってるよ?」
「でも、そうだよなぁ……。こんな嵐の中でやっても、事故るかもだし……」
他のアイドルやスタッフたちの間に「やっぱりやめた方がいい」という、諦めと中止のムードが一気に蔓延した。
ルナの正論が、現場の熱とやる気を完全に凍らせてしまったのだ。
「フン、つまらんな」
その空気を切り裂くようなドスの効いた声。
ヴァルガンが腕を組んだまま、ルナに対し圧をかけるように見下ろす。
「嵐ごときに怯え、自ら降りることを選ぶとは。それが貴様の言う『完璧』か?」
「うん、リスクとリターンを計算した上での判断。今後の仕事に支障がある方が問題だからね」
ルナは魔王の挑発にも動じず、隣を通り過ぎた。
合理的な思考に従い、控室で荷物を片付けるために。
その瞬間。
ヴァルガンは突然、スタッフが控えていた進行卓へズカズカと歩み寄った。そこに置かれていた放送機材──会場全体にアナウンスするためのマイクを奪い取る。
「ちょっ、ヴァルガンさん!? 何をして……!」
『愚民ども! 震えておる場合か!』
慌てるスタッフを豪腕で押し退け、ヴァルガンはマイクのスイッチを乱暴にオンにする。覇気を乗せた咆哮が、スピーカーを通じて雨の会場に轟いた。
テントの中で縮こまっていた観客たちが、何事かと一斉にステージの方を見る。常軌を逸した行動に、ルナも足を止めた。
『まさか嵐ごときで撤退すると思ったか? これより、我のステージを始める! 刮目せよ!』
勝手に自身の出番を告知してしまうという前代未聞の暴挙。
いつもなら「勝手なことすんな!」とタケルが青ざめて飛びかかり、マイクを奪い返して平謝りする場面だ。
けれど、今回は違う。
タケルは無言のままヴァルガンの隣に歩み寄り、その手からマイクを受け取った。目を合わせた魔王がニヤリと笑みを浮かべ、それに応じるように頷く。
「タケルさん、止めてください! まだディレクターのOKが出てないんです!」
パニックになるスタッフの制止を、片手で制した。
ヴァルガンがステージに立つと決めたのなら、その背中を押す。
タケルの瞳にはプロデューサーとしての燃えるようなエゴが宿っていた。
『……みなさん、お待たせしました!』
震える手で進行台本を確認しながら、タケルはマイクに向かって腹の底から声を張り上げる。番組のテンションを引き上げるため、煽りMCを代理で務める覚悟を決めたのだ。
『悪天候を吹き飛ばす最高に熱い男の登場です! 目に焼き付けろ、RE:Genesis!』
「「「うおおおおっ!?」」」
「げっ、本当に始めちゃった!?」
「ここで止めたらヤバい! みんな、早くセッティングして!」
まさかの進行に、観客席のあちこちから戸惑い混じりの歓声が上がった。
イベントが始まってしまい、スタッフたちは大慌てでステージ準備へと向かう。
「では、行くとするか」
「……どうして?」
スタッフたちを置いて、雨の吹き荒れるステージへと向かおうとするヴァルガン。その背中へ、ルナが初めて「理解できない」という困惑の表情で問いかける。
「そんなリスクを冒す意味がわからない。この状況で、十分なパフォーマンスなんて絶対にできない。クオリティが下がれば、あなたの評判や価値も落ちるだけ。なんの意味があるの?」
すべてを計算で測る彼女にとって、ヴァルガンがやろうとしていることは自傷行為にしか見えなかった。ヴァルガンはルナに向かってゆっくりと振り返り……獰猛に、かつてないほど楽しそうに笑った。
「貴様は言っておったな。才や価値がなければ意味がないと。我に才があるかどうか、この嵐の中で歌うことに『価値』があるかなど知らん」
ルナが突きつけた残酷な線引きの言葉。
それを魔王は真っ向から「知らん」と言い切る。
「だが! 我は歌いたいから、歌うのみよ!」
損得じゃない。効率じゃない。価値でもない。
ただ、ステージに立って自分をぶつけたいという、理屈を抜きにしたアイドルとしての情熱。あまりにも真っ直ぐすぎる理解不能な炎に、ルナは言葉を失った。
「進行は任せたぞ、タケル」
「ああ、ぶちかましてこい!」
ヴァルガンはタケルと力強くグータッチを交わす。
魔王は一切の躊躇なく豪雨と強風が吹き荒れる舞台へ、戦場に赴く覇者のように飛び出していった。




