13. 脱ぐ=セクシーになるわけではありません!
「だーかーら! ここは色気を出すためにこうしてんだよ!」
「ええい、それでは我のすべてが伝わらん! もっと音を足して派手にしろ!」
「今回目指すのはそういう曲じゃねーっつってんだろ! テメェはマジで脳みそ丸ごとクソ野郎だな!?」
「なんだと! 王の美学を理解できん愚か者めが!」
冒険者ギルド内に設けられた収録スタジオ。
少し前は仮設だったが、活動が長くなったのもあり機材などの設備も整え直され立派になり、防音性能もさらに向上。その静寂を打ち破るように、レオンとヴァルガンの怒声が響き渡っていた。
新曲コンセプトの『セクシー&ダンス』、魔王のパワフルさに大人の色気を掛け合わせた新路線への挑戦……なのだが、その制作は初っ端から難航。
いざ曲作りとなると、レオンのクリエイターとしてのプライドとヴァルガンの我の強さが正面から激突して話が進まないのだ。
「リズム優先にしねーと客が乗れねーんだよ! テメェが馬鹿みてーに吠えたらただの騒音になっちまう!」
「ならば我の力に合わせて曲を作り直せばよかろう」
「するわけねーだろ死ね! テメェが合わせるんだよ!」
どちらも全く譲る気がない、半ば口喧嘩と化した応酬。
タケルはげんなりしながら二人の間に割って入った。
「二人とも落ち着いて……レオンさん、ヴァルガンの意見も少しは……」
「ああん!? テメェ、俺に頼み込んだくせにクソ野郎の肩持つってのか!?」
「フン、タケルが貴様より我を優先するのは当然のことよ」
「なんだと!?」
「おいこらヴァルガンいらんこと言うんじゃない!」
「あーもう、やってられっか! 酒だ! インスピレーションが枯渇した、付き合えタケル!!」
「ひいいいい俺の財布が死ぬぅぅぅ!」
結局、そのままレオンに強制連行され、ルミナ・シティの酒場で朝まで飲み明かすハメになった。タケルの薄い財布はさらに薄くなり、翌日は二日酔いになってしまったのは言うまでもない。
*
「で、なんでオレちゃんが駆り出されてるわけ?」
数日後。
ギルドの一室には、呆れ顔のエリオの姿があった。
タケルは両手を合わせ、深々と頭を下げている。
「頼む! セクシーの極意をヴァルガンに教えてくれ!」
「へー。そんなにオレちゃんの力を借りたいってことなんだ」
「はい、そうです……こういうことならエリオが一番得意だろうし……」
楽曲の方向性は定まりつつあったが、最大の問題はヴァルガンのアピール力。
力強さや覇気は申し分ないものの「カメラ越しに伝わる大人の色気」を表現するには、魔王の動きはあまりにも直線的すぎたのだ。
「エロさで成り上がったオレちゃんに聞くのは正解だね。お礼は今度でいーよ♪」
(はぁ……金が絡まないことだといいなぁ……)
レオンに付き合わされて薄くなった財布が、超ペラペラになってしまうのではないか。そんなタケルの心配をよそに、エリオはヴァルガンに指導を始めた。
「じゃ、本家さんにもんだーい。セクシーさを出すポイントってなんだと思う?」
「貴様がしておったではないか。脱いで肌を魅せることであろう」
「でもさ、もし真っ昼間に全裸でスタスタ街中を歩いてるやつがいたら?」
「頭のおかしい露出狂呼ばわりが関の山だな」
「そ。つまり脱ぐかどうかはセクシーの肝じゃないんだな、これが。服を着ててもセクシーなやつはいくらでもいるし~」
まずエリオはセクシーという概念の説明から始めた。
物事を教えるためには互いの認識を合わせるところから。チャラ男っぽさがある彼の、根の真面目さが垣間見える。
「身体を見せりゃいいってもんじゃない。脱いだところで意識が足りなきゃ、ただの全裸で終わり」
そう言いながらエリオは流し目と共に腰をくねらせる。
手で首筋に触れ、自身の身体をアピールするように滑らせ、割れた腹筋を辿って……腰のあたりで思わせぶりに止めた。
「こんな感じで視線、指先、腰の動き、口の開き……全部使って誘惑し、焦らすこと。それがセクシーの極意ってわけさ」
「要するに、愚民どもを我の魅力でひれ伏させればよいのだろう。容易いことよ」
「へー、自信満々じゃん。なら、試しにタケルに向かってやってみ?」
「よかろう……ぬんッ!」
ヴァルガンは得意げに、見よう見まねで腰をくねらせてカメラ代わりであるタケルに流し目を送った。突然変な儀式を始めたゴリラとしか言えない有様。
「…………ぷっ」
「おいタケル、今笑ったな?」
「わ、笑ってない……笑ってないぞ……」
「ぶははははっ! ダッサ! それただの腰痛のおっさんだって!」
タケルは必死に笑いを噛み殺したが、エリオは腹を抱えて大爆笑した。セクシーさを意識しすぎて不自然な力みが生じ、謎のギャグになってしまっている。
「貴様……! 我を愚弄するか!」
「だってさー、意識しすぎてカッチカチじゃん! 逆にエロくなくなる典型的なパターンだわ。セクシーが生まれるのは『余裕』からなんだ。自分はこんなに魅力的だから、味わってみなきゃもったいないよ? ってね」
「あー、ちょっとわかるかも。なんかリードしてくれそうな感じがあるんだよな、セクシーな人って」
「そゆこと。ってわけでもう一回! 肩の力を抜いて、余裕たっぷりな表情でね」
こうしてエリオの指導のもと、ヴァルガンのセクシー特訓が始まった。
最初はぎこちなかった動きが何度も繰り返すうちに、少しずつ形になっていく。
*
「それじゃ仕上げ。タケルに向かってはい、ポーズ!」
「……フッ!」
数時間後、エリオの合図と共にセクシーポーズを披露するヴァルガン。
自分から「味わってもいいぞ」と差し出すような余裕。微睡んだような表情。逞しい身体と合わさって、先ほどとは比べ物にならないレベルで大人の色気を表現できていた。腰痛のおっさんはもういない。
「おおー! すげーぞヴァルガン、めっちゃセクシーになってる!」
「ま、これくらいできれば曲のコンセプトには合いそーだね」
レベルアップの早さに喜び、タケルは素直に拍手する。
だが、その反応を見たヴァルガンはなぜか眉に皺を寄せた。
「……」
「あれ? なんだよヴァルガン。いつもみたいに『当然であろう』って言うと思ったのに」
「他に言うことはないのか」
「いや、すげー以外は特にないけど」
「……フン、まあいい」
よくわからないヴァルガンの反応に、タケルが首を傾げていると──
「おーいタケル! 衣装の準備ができたぞ!」
「えっ!? もうできたって、早くないですか!?」
「ええ、職人総出で稼働してもらいました。今回のテーマに合わせて、動きやすさと見栄えを両立させた特注品です」
扉を勢いよく開け、ガルドとセレイナが大きな包みと共に入ってきた。
セレイナが中から取り出したのは、赤と黒を基調としたタイトなデザインのジャケットとパンツだった。生地は光の当たり具合で妖しく艶めき、大人の色気を引き立てるには申し分ない仕上がり。
「隠すべきところは隠し、見せるべきところは見せる。フィット感で筋肉のラインをアピールするデザインです。所々で肌を露出させているのも特徴ですね」
「ガッハッハ、いい感じだろ! サイズもバッチリのはずだぜ、着てみろよ」
「ほう、では早速」
ヴァルガンはジャケットに袖を通し、留め具を締めた。
軽くポーズを取ろうと腕を上げた瞬間。
ブチッ! パァンッ!
「え?」
弾け飛んだ留め具が、タケルの顔をかすめて壁に突き刺さる。
せっかく用意した新衣装は一瞬で無惨にも弾け飛んでしまっていた。
「……まさかヴァルガンさん、筋肉の量が増えたんですか?」
「日々鍛錬を怠らぬからな」
「おい、どうすんだよ! 冒険者雇って用意した貴重な素材が無駄になっちまったじゃねぇか!?」
「改めてサイズ計測をして、衣装を直すしかありませんね……マスター、素材集めに再度向かいましょう」
新しいチャレンジということもあり、ドタバタとトラブル続き。
それでも、RE:Genesisは徐々に前へと進んでいた。
*
マギア・テレヴィズム放送局の広大なレッスンスタジオ。
一人で鏡に向かい、ステップを踏むルナの姿があった。
「ワン、トゥー、スリー、フォー。ワン、トゥー、スリー、フォー……」
静かにリズムを呟く声だけが響く。音楽はない。彼女の頭の中だけで曲が再生され、それに合わせてズレのないタイミングで動き続ける。
レッスンでも本番と同じく、ブレや乱れなどは存在しない。
ただひたすらに美しく正確に、そして冷たい。
スタジオの隅で、マネージャーのイザベラはレッスンの様子を静かに見つめていた。彼女の手帳に書き込まれているのは、今日のスケジュールと連絡事項だけ。
(レッスン終わりまで、あと十五分……)
ルナのパフォーマンスに対してアドバイスをすることも、励ましの言葉をかけることもない。彼女のレッスンが終わる時間を待ち、次の仕事へと誘導する。それがイザベラの唯一の役割だった。
「……」
自分である必要性はどこにもない、ただの連絡係。
イザベラは、誰にも聞こえないように小さくため息をついた。




