11. 女神の問い。魔王が世界を歪めてたら、どうする?
ルミナ・シティの夜風は少しひんやりとしていて、エリオが泊まっていた高級ホテルの空調とは対照的だ。
タケルは一人、街灯の光がまばらな静かな路地を歩いている。ヴァルガンは「先に帰る」と言って早々にひだまり荘へ戻ってしまった。テレビ仕事の初挑戦で慌ただしい一日だったのもあり、魔王も少しは疲労を感じているのかもしれない。
(本戦でどう戦うか、作戦考えなきゃな~……)
ルナという圧倒的な壁。エリオからの忠告。メディアにおける生き残り。
プロデューサーとして考えなければならない課題が、タケルの頭の中をぐるぐると駆け巡っていた。
(ヴァルガンの魅力を、どうすればテレビの向こうに届けられる?)
ルナはステージのクオリティが高い上に「画面越しの見え方」を極めている。
カメラワークを意識したパフォーマンスをしても、それはルナの土俵で戦うことを意味する。それでは良くて互角、彼女の完璧さを上回るインパクトは生み出せないだろう。
「ただ暴れるだけじゃダメ、カメラの枠を意識しつつ、熱狂を損なわない……そんな都合のいい方法、どうすれば……」
「それを探すのがあんたの仕事でしょ?」
ブツブツとタケルが独り言を呟いていると、突然背後から声を掛けられた。
驚いて振り返ると、そこには──
「うわっ、ルミナス!? またサボって遊びに来たのかよ!」
タケルは「お前か」と言いたげに顔をしかめながら指を差した。
彼を異世界に召喚した張本人、女神ルミナス。視察のためルミナ・シティを訪れたり、タケルのサポートをしてくれたり、急にサボったりの神出鬼没な存在。
「色々あってねー、サボりたい時もあんのよ。神様だって息抜きが必要なの」
「サボりは否定しないんかい」
いつも通り適当な口調でルミナスは言葉を濁す。飄々とした態度は相変わらずだが、タケルは少しだけ違和感を覚えた。
以前、サザンクロス島で出会った時のように、どこか探るような……あるいは、何かを隠しているような雰囲気を感じたからだ。
「……また魔力濃度がどうとか、そういうややこしい話か?」
「まあ、似たようなもんよ。とりあえず、喉渇いたからジュース奢って。プロデューサーでしょ? 女神に接待くらいしなさい」
「なんで神が奢り要求すんだよ! 俺の財布、レオンさんの酒代ですっ飛んで余裕ねえんだぞ!」
「うるさいわね、サボりだから私が金使うと足がつくのよ。ほら、あそこの冷たいやつよろしく」
「へいへい……」
タケルは文句を言いながらも、渋々近くの魔導販売機で缶ジュースを二本買ってひとつルミナスに手渡した。
「ほらよ」
「ありがと。やっぱジュースは現地のが一番よねー」
(……神界のジュースってマズいのか?)
二人は路地を抜けて、近くの公園にあるベンチに腰を下ろす。深夜の公園は静かで、遠くのメインストリートの喧騒が微かに聞こえる程度だった。
プシュッ、と缶を開ける音が響く。
ルミナスはジュースを一口含んで夜空を見上げた。普段のおちゃらけた態度が少しだけ消え、遠くを見る瞳が思案に沈む。
(よく考えたら俺、今日ジュース飲みすぎだろ)
「……ねえ、タケル」
「ん? なんだよ改まって」
「仮の話だけどさ。アイドルやってるあの魔王が『世界に悪影響を与えている』ってわかったら……あんたはどうする?」
「はあ?」
突然の問いかけに、タケルはジュースを飲む手を止めた。
ルミナスの横顔を見るが、何を考えているのかは読み取れない。
「どういう意味だよ。ヴァルガンが何か悪いことしたって言うのか?」
「あくまで仮定よ、仮定。もしそういう状況になったら、プロデューサーとしてどう判断するのか気になっただけ」
ルミナスは目を合わせず、ジュースの缶を見つめたまま返事をした。
その言葉を聞いたタケルは頭の上に疑問符を浮かべる。
(世界に悪影響? なんだそれ……)
──サザンクロス島でのクラーケン騒動。スイレイ郷での結界の綻びと、魔獣の襲撃。タケルの脳裏に、これまでの出来事がフラッシュバックした。
(もしかして、ああいう騒ぎのことか? でも、魔獣はヴァルガンが倒したもんなぁ。結界の件もマリアンヌさんと一緒になんとかしたし)
魔王の存在で世界が歪み始めている事実を、タケルはまだ知らない。
ルミナスは言葉を選びながら、本心を探ろうとしているのだ。
「あんたは『世界にとって迷惑だから、魔王にアイドルを辞めさせろ』って誰かに言われたら……受け入れる?」
ルミナスの問いは、非常に残酷なもの。
世界の平穏とアイドルのステージを天秤にかけられたら、プロデューサーとしてどちらを選ぶのか。
「んー……」
タケルは少し考え込む。
それからジュースをもう一口飲み、空を見上げて……素直な想いを口にした。
「それは、やだなぁ」
「どうして?」
「だってさ。悪影響って言われても、ヴァルガンは悪いことしてないじゃん」
「……」
「あいつはただ、ステージに立って。ファンを喜ばせようと必死になってるだけだ。世界征服のためって言ってるけど、あいつなりに本気でやってるんだよ」
雨の日の公園で、たった一人のファンのために歌ったこと。
わからないながらも、ダンスや歌の練習に食らいついてきた日々。
困難に向かって二人で突撃し、がむしゃらに突破してきたこれまでの活動。
「ヴァルガンはアイドルとして輝こうと頑張ってる。なのに、『お前がいると世界に迷惑だから辞めろ』なんて……そんなの、あんまりだろ?」
アイドルを続けたいと思っている人から、その場所を奪いたくない。理屈も何もない、ただそれだけの純粋な感情。
ルナが言う「効率」や「価値」といった合理的な計算とは正反対、プロデューサーとしての非論理的なエゴ。
もし魔王が原因で世界にマイナスが生まれたとしても、あいつのステージを守りたい。相棒としてヴァルガンの熱意を一番近くで見てきたプロデューサーだからこそ、そんな理不尽な要求を飲むことはできない。
タケルは無自覚に、そう宣言したのだ。
「……」
その言葉を聞いたルミナスは、しばらく黙っていた。徐々にプリズマリアの状況が悪くなりつつある事実と、世界に迫る脅威が頭によぎっていたが。彼女はタケルの顔を見て……呆れたように、どこか安心したように笑った。
「そーね。あんたはそういう奴よね。だから、あんたを召喚した時も『パッションの強さ』だけで引っ張ってきちゃったんだし」
ルミナスはジュースを一気に飲み干すと立ち上がり、空になった缶をゴミ箱に放り投げる。カラン、という軽い音が静かな公園に響いた。
「魔王のこと、これからもしっかり監督しなさいよ。私はちょっと『調整』頑張ってみるわ」
「調整? なんの?」
「色々とね。次のステージも派手にぶちかましてきなさい。中途半端な真似したら、天誅を与えるから」
そう言い残し、ルミナスは夜の闇に溶けるようにフッと姿を消した。
「……なんだったんだ、あいつ? 突然現れて、変なこと聞いて」
一人残された公園のベンチで、タケルは首を傾げる。
ルミナスの意図──彼女がRE:Genesisを守るために動こうとしていること。それにタケルが気付く術はない。
(まあいいか。ルミナスも応援してくれてるみたいだし。……ちょっと遠回りして帰ろう。頭の中を整理して、作戦を組むぞ!)
タケルは立ち上がり、大きく伸びをする。本戦ステージでどうすべきか、再び頭を悩ませながらひだまり荘への帰路につくのだった。




