10. チャラ男のお招きスイートルーム反省会
「オレちゃんのスイートルームへようこそ~! ま、くつろいでいってよ♪」
仕事終わりのエリオと合流し案内されたのは、マギア・テレヴィズム放送局近くにそびえ立つ、ひときわ豪華なホテル。
明日も朝から別仕事があるとのことで、今日はここに泊まっているのだという。彼が最上階スイートで過ごしているという事実が、いかに芸能界で成功を収めているかを如実に物語っていた。
「うおぉ……! デケェしピカピカじゃん、一泊いくらなんだこれ!?」
「なんだったら、今日泊まってもいいけど? 余裕の広さだし」
「いや、豪華すぎて全然落ち着かないからいいや……」
部屋の中はシャンデリアが輝き、窓からは街の夜景が一望できる。エリオ一人しか泊まっていないのにベッドは複数あり、いずれもクソデカサイズ。
風呂場はわざわざガラス張りになっているジャグジー、中身丸見えのメリットがさっぱりわからない。広さもさることながら、部屋に置かれている調度品の一つ一つが素人目に見ても高価だとわかる代物ばかり。
「フン。我をもてなすにはやや狭いが、居心地は悪くないな」
「一番デカいとこに堂々と座るんだ……相変わらずブレないねぇ」
ヴァルガンはエリオの案内を待つまでもなく、部屋の中央にある一番大きくふかふかのソファに深々と腰を下ろした。これっぽっちも遠慮がない。
「んじゃ、ルームサービス呼ぼっか。ドリンクとフルーツでいいっしょ?」
「もう飲んでいるから我はなくても構わんぞ」
「え? ヴァルガン、どっから飲み物……を……?」
タケルがヴァルガンの手元を見ると──どこからどう見ても高級そうな酒のボトルを握っていた。しかも、ぐびぐびとラッパ飲みをしている。
「ちょおおおお!? おいヴァルガン、部屋備え付けのドリンクってたぶんクソ高いやつだぞ!?」
「別によかろう、払うのは我ではない」
「うっげ、よりにもよって一番高い酒開けてんじゃん! オレちゃんの今日のギャラ、全部吹っ飛ぶんだけど!?」
「ごめん、このお詫びはどっかで埋め合わせする! ヴァルガンが次の酒飲まないうちに、早くルームサービス頼んでくれ!」
エリオはヴァルガンの行動に呆れつつも、慣れた様子でルームサービスを呼んだ。程なくして運ばれてきたドリンクと色とりどりのフルーツを、タケルたちに手渡す。
「さーて。それじゃ、番組の反省会といこっか」
グラスを傾けながら、エリオは真面目なトーンに切り替えた。
チャラい態度の奥にある、アイドルとしての鋭い目がタケルを捉える。
「まず感想を聞こっか。ルナちゃん、どうだった?」
「……正直に言うと怖い、かな。番組後、あの子の控室でアドバイスをもらったんだ。テレビ向けのコツを、スラスラと的確に教えてもらったよ」
「へぇ。それのどこが怖かったの?」
「そのあと、言われたんだよ。『アイドルは効率のいい仕事でしかない』って。なのに、あれだけ実力があるんだって恐ろしさを感じた」
狐耳をぴょこぴょこと揺らしながら話を聞き終えたエリオは、納得したように息をついた。
「あー、やっぱりね。ルナちゃん、相当ヤバいタイプだよ」
「ほう? 貴様の目から見てもそれほどの代物なのか」
「そりゃもう。神殿のエリートってだけで厄介なのに、アレは別格。普通、神殿上がりの連中は真面目すぎてテレヴィ向きじゃないことが多いんだ。でも、ルナちゃんは違う」
エリオは氷入りのグラスを揺らしながら、真剣な顔で説明を続ける。
「国に求められる要素とは全く違うフィールドを理解して、極限まで最適化しちまったんだ。一種のバグみたいな存在だよ」
「バグ……」
「そう。感情だのやる気だの、不確定要素はすべて排除。ただ『最適なパフォーマンス』だけを追求した最高のお人形」
その言葉はルナの異常性を明確に表している。生放送で見た彼女の人間離れしたパフォーマンスを思い出し、タケルは小さく身震いした。
「それにさ、あのマネージャーちゃんの目、見た? 完全に死んでたでしょ」
「イザベラさんか。……ポロっと言ってたよ。『私はスケジュールを管理してるだけのお飾りだ』って」
「だろ? ルナちゃんは悪気がないからこそタチが悪いんだよ。マネージャーちゃんの気持ち、なんとなくオレちゃんわかっちゃうからなー」
エリオは自嘲するように笑い、グラスの縁を指でなぞる。
声変わりと共に劣化の烙印を押され、徐々に居場所を失っていった彼だからこそルナの周囲で生まれる痛みを理解していた。
「自分は必要ないって毎日思い知らされんのはすげぇキツいよ。あの完璧さは周りの存在価値を無自覚に削り取って、心を潰しちまう毒なんだ」
「ふむ。有能ゆえに、他者を蝕む呪いになるということか」
「そーいうこと。ルナちゃんは一人でなんでもこなす。マネージャーだろうがスタッフだろうが、あの子の前じゃ『いてもいなくても同じ存在』にされちまう」
ルナの合理性がもたらす残酷な副作用。ライバルを絶望させるだけでなく、一番身近で彼女を支えるべきマネージャーの心すらもへし折ってしまう。
「いいかい、本家さん」
エリオはグラスをテーブルにコトンと置き、タケルとヴァルガンを真っ直ぐに見据えた。チャラ男の仮面を脱ぎ捨てた、一人の勝負師としての真剣な目。
「次の本戦ステージで、爪痕を残せなかったら……あんたたちはこれから『ルナちゃんを引き立てるためのおまけ』扱いだぞ」
「……そう思われてしまう、ってことか」
「そ。テレヴィ局もスポンサーも、結局のところは結果がすべて。予選と同じような流れで終われば、局の連中はルナちゃんという正解しか見なくなる」
エリオの忠告は脅しではなく、芸能界というシビアな世界を生き抜いてきた彼なりの最大の警告だった。
本戦ステージは単なる順位争いではない。RE:Genesisがメディアで生き残れるかどうかを賭けた戦いの場でもあるのだ。
「もしそうなれば、今後の『RE:Genesis』のメディア活動は不利になる。ただの暑苦しい筋肉の賑やかしとして、都合よく消費されてポイだ」
「そんなの、絶対に受け入れられない」
「だよね。すっげー強敵だけど、ここで尻尾巻いて逃げるような本家さんじゃないっしょ?」
試すようにエリオが笑いかけると、沈黙していたヴァルガンがゆっくりと立ち上がった。魔王の巨体から、部屋の空気を震わせるほどの強烈な覇気が放たれる。
「当然であろう。我を踏み台にしようなど片腹痛い。あの人形が作り出す毒すらも飲み込んでくれるわ」
「エリオ、忠告サンキューな。俺たち、絶対ただのおまけじゃ終わらないから!」
「あははっ、その意気だよ本家さん! 期待してるからねー☆」
*
「はい、カット! オッケーです! 今日も素晴らしかったです、ルナさん」
マギア・テレヴィズム放送局のとあるスタジオで、ルナがいつも通りスムーズに収録をこなしていた。夜まで仕事を続けているのに、疲れた様子もない。
ディレクターから絶賛の声が上がり、スタッフたちから拍手が巻き起こる。
ルナは淡々と一礼し、ステージを降りてきた。
「お疲れ様、ルナ」
ステージ袖で待機していたイザベラが、タオルとドリンクを差し出した。
ルナは流れるようにそれらを受け取って、ドリンクを一口飲む。
「次はなんだっけ?」
「ええと……このあとは雑誌のインタビューが一件と、明日の仕事の打ち合わせね。資料はすべてまとめてあるわ」
「わかった。じゃあ着替えてくる」
イザベラは分厚い手帳を開き、整理されたスケジュールを読み上げた。
ルナは内容を確認すると、足早に控室へと向かっていった。
「……」
イザベラは、去っていくルナの後ろ姿を静かに見つめる。
手帳にはもう何時間も前から、予定の完了を示す赤線しか引いていない。
今日の仕事も滞りなく終わる。自分がアドバイスをするところなど何もない。
ルナが予め整理したスケジュールを管理し、必要なものを渡すだけ。自分がいなくても、彼女は一人で輝き続ける。もし明日、別マネージャーに交代しても誰も困らないだろう。
「……私は、なんのためにここにいるのかしら」
誰もいないステージ袖で、イザベラは呟く。
完璧すぎるアイドルと無力なマネージャー。
近いはずなのに決して交わらない、歪な関係がそこにあった。




