9. 頂点の星が語る、アイドルである理由
テレビ局の広大な敷地内にある、関係者用の休憩スペース。
タケルは落ち込んだ様子でソファーに沈み込んでいた。
「アイドルが向いてたから、仕事としてやってるだけ……か」
ルナの容赦ない正論。その根底にある効率至上主義。突きつけられた言葉が、タケルの頭の中で何度もリフレインしている。
「……俺は、アイドルが好きだからプロデューサーをやってるのに」
ブラック企業勤めの社畜が、アイドルに生きる活力をもらったからこその想い。ヴァルガンがステージで輝く瞬間を見ることが嬉しいし、喜びを感じている。アイドルが放つキラキラな魅力が好きで、ここまでやってきた。
なのに。
「あの子は思い入れなんて全然なくても、完璧なんだよな……」
アイドルをやる理由はない。
でも、見事なパフォーマンスとして成立させてしまうルナの実力。その温度差に、自分のやっていることはなんなのだろうと、タケルは無力感に苛まれていた。
「フン。何をうじうじと悩んでおるのだ」
タケルの隣にドカッと腰を下ろしたヴァルガンが、不機嫌そうに腕を組んで鼻を鳴らす。魔王としては、先ほどの会話で落ち込む理由など特にないらしい。
「効率が良いからやっている? くだらん。我の覇道は、冷め切った計算で揺らぐほど底の浅いものではない。あやつの戯言など気にするな」
「わかってるよ……。でもさ、ルナの言うことはプロとして全部正しいんだよ。実際、予選の投票数じゃ俺たちボロ負けだっただろ」
「それは我がテレヴィを知らなかったからに過ぎん。本戦では画面の向こうにいる民を支配してくれるわ」
「いつもならテンション上げて同意するんだけどなぁ~……」
根拠なしでも自信満々なヴァルガンは心強いが、まだルナの実力に対抗するための決定的なピースが欠けているような気がしてならない。
カメラワーク、照明の計算、魅せ方の意識。それらを真似ることはできても、彼女のように完成された一枚絵を作り出すことは不可能に近い。
ならば、どう戦えばいいのか。
「ずいぶん沈んでいますね」
「うひゃあっ!?」
不意に、タケルの頬に冷たい缶ジュースがピトッと押し当てられる。
驚いて飛び上がると、いつの間にか横に一人の女性が立っていた。見覚えのあるその顔は──
「……ス、ステラさん!? なんでここに!?」
「しーっ、声が大きいです。これ、差し入れなのでどうぞ」
トップアイドル、ステラが声をかけてきたのだ。
つば広の帽子にサングラス、動きやすさ重視のラフな私服。だというのに隠しきれないオーラとカリスマ性を放ちながら、クスリと笑いかける。
「あ、ありがとうございます……って、ちょっと待ってくださいよ! 有名人が一人で休憩スペース歩いてていいんですか!?」
「テレヴィの出演はよくありますし、別におかしくないですよ?」
(いや通りがかるスタッフが超チラ見してるけど!? たぶんバレバレな上に、トップアイドルがここにいていいのかな……ってみんな気にしてるけど!?)
ツッコミを入れたくてしょうがないが、流石に口には出せず。タケルがステラと再会するのは新人音楽祭以来なのもあり、緊張でつい背筋が伸びてしまう。
「まあ、ここは出演者とスタッフしか入れないエリアですから。マネージャーが打ち合わせ中で、少し時間が空いてしまって。失礼しますね」
ステラは当然のように、タケルの隣にゆっくりと腰を下ろした。
手には彼女が自分用に買ったであろう缶ジュースが握られている。
「……貴様」
ヴァルガンが、ステラをジロリと鋭く睨みつけた。
不愉快さを全く隠そうとしない露骨な態度。
「こんにちは、ヴァルガンさん。相変わらずお元気そうで何よりです」
「我に恐れをなして偵察にでも来たか」
「残念ながら、まだ脅威と言えるレベルじゃないんですよね」
「ほう? 相変わらず腹立たしい小娘だ」
(またこの二人バチバチしてる! なんで!?)
最大のライバルであるステラの登場に、魔王の周囲がビリビリと張り詰めた。
タケルは内心ハラハラしながら、空気を変えるべく彼女に問いかける。
「あの……話しかけてくれたのって、俺たちに何か用事が……?」
「用と言うほどではないんですけど、タケルさんがやけに落ち込んでいるなと気になって。どうしたんですか?」
トップアイドルという立場でありながら、気さくで優しい気遣い。
正直に話すべきかどうか、タケルは一瞬躊躇する。
(……でも、気にしてくれてるんだし。素直に打ち明けた方がいいか)
親切心で声をかけてくれたのだから、無下にするのはよくないだろう。
タケルはそう考え、先ほどの出来事を話すことにした。
「実はさっき、番組収録があって。そこで共演したアイドル……ルナって子の控室に行ってアドバイスをもらったんです」
「へえ、ルナちゃんが。珍しいですね、彼女が自分から人に関わるなんて」
「色々と教えてもらえたのはありがたいんですけど……彼女、言ってたんです。『アイドルは効率のいい仕事だからやってるだけ』って」
缶ジュースを見つめながら、タケルは言葉を絞り出す。
アイドルが好きだからこそ一番理解できなかった言葉。
「やる気や夢なんて全然ない姿勢なのに、仕事はバッチリ。……俺、それがショックだったんです。RE:Genesisのやり方が否定されたように感じて」
「なるほど。ルナちゃんらしいですね。私も、彼女のことは『アーティスト』として高く評価しています。あの技術は間違いなくトップクラスです」
「やっぱり、ステラさんの目から見てもそうなんですね~……」
「でも、彼女が『アイドル』かと言われると、実はしっくり来ていないんです」
ルナの実力を認めながらも、ステラは瞳を少し細めて言葉を続けた。
その発言にタケルは首を傾げる。
「しっくり来てないって、どうしてですか?」
「だって、彼女には『アイドルじゃなきゃいけない理由』がありませんから」
ステラはまっすぐにタケルの目を見て、静かに語り始めた。
「私は、アイドルが好きです。ステージから見る景色も、ファンの人たちの声援も。私が歌うことで誰かの感情が揺さぶられ、笑顔になってくれる瞬間も」
「……」
「計算や合理性じゃ説明できない、色んな輝きがある。理屈じゃない『夢中になれる何か』が、アイドルには必要だと思うんです」
その言葉にはトップアイドルとしての矜持と、歌うことへの揺るぎない想いが込められている。
「ただ仕事としてこなす、心を震わせる熱や愛のない彼女の在り方……そこに少し、寂しさを感じるんです。完璧なだけでは、誰かの心の奥底までは動かせない。私はそう信じています」
そう言ってから、ステラは立ち上がり……タケルとヴァルガンに向かって挑戦的で、期待を含んだ微笑みを向けた。
「だから、お二人に期待しているんですよ? 貴方たちが持つ、その『理屈じゃない力』でどこまで行けるのか、私は見てみたいんです」
「……!」
「貴方たちがどうやってルナちゃんを打ち破るのか、楽しみにしています。あ、それから」
ステラは立ち去ろうとしたところで、ヴァルガンに顔を向けた。
少し挑発するような、意地悪な表情。
「ルナちゃんに勝てないようじゃ、私に挑むなんて夢のまた夢ですよ? 頑張って成長してくださいね、ヴァルガンさん」
「舐めたことを言えるのも今だけだ。我の進化は止まらん、覚悟しておけ」
「楽しみにしてます♪」
そう言い残し、ステラは颯爽と休憩スペースを去っていった。
彼女と話をしてから、不思議と。差し入れでもらった冷たい缶ジュースが心地よく思えるほど、体温が上がったような感覚。
「……そうだ」
タケルは顔を上げ、力強く立ち上がる。
プロデューサーとしての魂が、再び燃え上がり始めていた。
「RE:Genesisは、トップを目指すんだ。あの子が完璧だからって俯いていたら……一生辿り着くことなんてできない!」
「フン。頂上を目指す上で避けられぬ戦い、ならばリベンジするまでのことだ」
「おう! エリオのアドバイスも聞いて、しっかり備えるぞ!」
二人は互いに頷き合う。絶対王者ステラから受け取った期待を胸に、次なる戦いへの決意を固めたのだった。




