8. 効率至上主義アイドルの残酷な線引き
「お邪魔しまーす……」
RE:Genesisは、ルナ専用の控室へと招き入れられていた。タケルは恐る恐る部屋を見渡す。人気アイドルの部屋だからファンのプレゼントや華やかな花束、あるいは私物のお気に入りのクッションなどが置かれているものだと想像していた。
だが、そこにあるのは無機質な長机と椅子、備え付けの鏡台だけ。極限まで無駄が省かれた、殺風景とさえ言える空間だった。
「適当に座って」
ルナはタケルたちに椅子を勧めると、自身も机の前に座った。
隣に控えるマネージャーのイザベラが手際よく魔導端末を操作し、壁のスクリーンに映像を投影する。映し出されたのは、先ほどの生放送でのヴァルガンのパフォーマンス映像だった。
「じゃあ、始めるね。優先度の高いところから」
早速レクチャーが始まった。
彼女の口から紡がれる言葉は解剖するような、純粋な分析と修正案の羅列。
「サビの跳躍時、滞空時間が長すぎて完全にフレームアウトしてる。カメラの上下追従……ティルトって言うんだけど。その速度を計算して、跳ぶ高さを三割落として。そうしないと、視聴者には画面から消えたようにしか見えない」
「ぬう……我の跳躍力を抑えろというのか?」
「うん。テレヴィはライブ会場じゃない。あなたの身体能力を見せびらかす場所じゃなくて、美しく見えるかがすべて。迫力を出したいなら高さじゃなくて、着地時の沈み込みで重さを演出した方が効果的」
ヴァルガンが不満げに鼻を鳴らすが、ルナは意に介さず映像を一時停止しながら画面を指差していく。
「さっき言った照明の話でいうとここ。筋肉を見せたいなら、斜めから受けるサイド光を意識して。激しく動き続けるんじゃなくて、光に合わせて止まる『タメ』を作るの。そうすれば、画面越しの迫力が増す」
「あえて動かないタイミングを作るのか……」
「ほら、このシーン。考えずに照明をそのまま浴びてるから、筋肉の陰影が出てない。こういう状態が続いたらアピールにならないから気をつけて」
次々と飛び出す具体的な修正案。
カメラの切り替わり、照明の当たり方、視聴者へのアイコンタクト。テレビというメディアにおける「見せ方」を彼女は論理的に構築していた。
ヴァルガンは真剣な表情でルナの言葉に耳を傾けている。彼女の指摘があまりにも的確で理にかなっていたため、魔王も素直に技術を吸収しようとしているのだ。
(歌い踊りながら、ここまで考えてるなんて……! 映像演出のプロみたいだ!)
タケルは食い入るように画面を見つめ、猛烈な勢いでメモを取っていた。
エリオのアドバイスは感覚的なものとして参考になったが、ルナの教えは具体化されたデータだ。二つを組み合わせれば、プロデューサーとしてヴァルガンにより的確な指示を出すことができる。
「目線は第一カメから第三カメへ。タイミングは1.5秒。その間、瞬きはしないこと。視聴者と目が合っていると錯覚させるには、レンズの奥を見るように意識を集中させて」
一通りのレクチャーが終わると、ルナは魔導端末から目を離しタケルたちに顔を向けた。
「基本的な修正点は以上。あとはカメラと照明の配置を意識した上で、必要な演出ができるよう練習して」
「ありがとう! めちゃくちゃ勉強になったよ!」
タケルは何度も頭を下げ、感謝の気持ちを伝えた。これだけのノウハウを無料で、しかもライバルに教えてくれるなんて。
彼女は冷たく見えるが、根は親切でいい子なのではないか。
「えーと……ルナ、一つ聞いてもいいかな?」
「何?」
「なんで、ライバルである俺たちにここまで詳しく教えてくれるんだ? 本戦で競う相手に塩を送るようなことだし、メリットがない気がするけど」
ふと湧き上がった純粋な疑問を、タケルはストレートにぶつけてみた。
一緒に番組を盛り上げたいから? それとも、切磋琢磨できる相手が欲しかったから? 先ほどの「意外といい子なのかも」という推測を裏付けるような、彼女の温かい本音が聞けるのではないかと期待していた。
「あなたたちには価値があるから。わたしのステージを引き立てる『特異なスパイス』として」
「……スパイス?」
「そう。RE:Genesisの路線はわたしと絶対に被らない、ユニークな特徴。アドバイスした方が番組全体のクオリティが上がるし、わたしを際立たせるための良い対比になる」
表情一つ変えずに答えるルナの言葉は、残酷なほど合理的だった。
ライバルを助けたいわけでも、番組を盛り上げたいわけでもない。ただ自分の価値を最大化するための「投資」として、ヴァルガンにアドバイスをしただけ。
(……引き立て役、ってことか。まさか、面と向かって言われるとは)
タケルは苦笑いを浮かべるしかなかった。
テレビ局側がRE:Genesisや他のアイドルを当て馬として呼んだ意図。それをルナ自身も理解しているのだ。
「それに、あなたたち以外のアイドルに教えても意味がないし」
ルナはさらに容赦ない言葉を続けた。
彼女は魔導端末を操作し、先ほどの生放送でランクインした三人組ユニット『チェリーズ』の映像を映し出す。
「たとえばこの子たち、チェリーズ」
「ああ、元気で明るい子たちだった」
「レベルが低かったね。参加者の曲は事前チェックしたけど、ずっとリズムに特有のズレがある。緊張で表情も硬いし、アピールも中途半端。単純な実力だとあなたたちより下かな」
「なっ……!?」
「キャラクター性も他の有象無象のユニットと被っていて、RE:Genesisのような個性もない。つまり、伸びしろがない」
「ほう? 随分と傲慢な理屈だな。だが、我を評価したことは褒めてやろう」
(いっつも傲慢なお前は人のことをどうこう言えねーぞ……)
そこまで言って、ルナはチェリーズの動画を魔導端末から消去する。
データとして残しておく価値もないと彼女は判断したのだ。
「他の人も似たようなものだね、秀でた武器や個性がない。どうせ数年で入れ替わって、新しいアイドルで代用できる。だから、わたしがリソースを割く必要性がないと判断した」
あまりにも冷酷な切り捨て方。
価値のあるものは利用し、価値のないものは切り捨てる。そこには一切の感情が介在していない。
「いや、そんな言い方……! 他の人だってアドバイスすれば、もっと良くなるかもしれないじゃないか!」
タケルは思わず身を乗り出し、ルナに突っかかる。
一生懸命ヴァルガンをプロデュースしてきた彼にとって、価値がないから切り捨てるという考え方は受け入れられるものではなかった。
「チェリーズだって、このステージのために頑張ってたよ!」
「頑張ったことが評価されるのは、子供だけじゃないかな」
ルナはタケルの怒りを全く意に介さず、無機質な声で言い放った。
言葉に淀みはなく、心からそう思っていることが伝わってくる。
「これは仕事。頑張っても成果が出なければ意味がない。『タスクは進んでないけど、頑張ったからお給料あげるね』なんてしていたら、組織はすぐ破綻するよ」
「それは……そうかもしれないけど、でも……!」
「あと、確認だけど。あなたはチェリーズのグッズを買ってないし、今まで彼女たちの曲を聴いたことないよね?」
「……っ」
痛いところを突かれ、タケルは言葉に詰まった。
どれだけ綺麗事を言おうと、チェリーズを今まで知らなかった。それこそが、ルナが指摘した「レベルが低かったアイドル」ということの証明。
「結局、観客やファンは『価値がない』と感じたものには時間もお金も使わない。それが現実だよ」
ぐうの音も出ない正論を突きつけられた。
アイドルとはビジネスであり、ファンに価値を提供できなければ生き残れない厳しい世界。それが芸能界のシビアな常識だということは、タケル自身が一番よくわかっているはずだった。
「……もしかして、君は」
他人事のように淡々と、辛辣な理屈を語るルナの姿。
恐る恐る、タケルは一つの疑念を口にした。
「アイドルっていうものに、興味がない?」
「うん。仕事だからね」
タケルが尋ねると、ルナは間髪入れずに即答した。
興味を持つ必要があるの? と言いたげに。
「わたしはアイドルが向いていると診断されたから、やっているだけ」
「ただ、それだけ……?」
「もし他に、もっと効率よく稼げて社会的な影響力を持てる仕事があるなら、明日にでもそっちを選ぶよ」
その言葉にタケルは衝撃を受けた。
エリオのような『生き残るための執念』とも違う。マリアンヌのような『聖女としての使命感』とも違う。ただの、究極の効率主義。
(この子には、夢や目標みたいなものが全然ない……!?)
圧倒的な技術と美しさを持ちながら、その中身は空っぽ。歌うことへの喜びも、ファンへの愛も、ステージにかける想いも一切存在しない。仕事としてタスクを処理し、最大の結果を出すためだけにアイドルをする美少女。
「必要なことは伝えたし、次の仕事があるから行くね。お疲れ様」
ルナはスケジュール通りにきっちりと話を切り上げ、立ち上がる。タケルとヴァルガンを見ることなく、彼女は無駄のない足取りで控室を出て行った。
パタン、とドアが閉まる音が殺風景な部屋に虚しく響く。
残された二人の前で、イザベラが深々と頭を下げた。
「申し訳ありません、ルナの言い方がキツくて」
「い、いえ……俺の方こそ、感情的になってしまってすみません」
「熱意があるんですね、貴方は」
「えっ……?」
「……本戦ステージ、お互い頑張りましょう」
イザベラはどこか疲れたような笑みを浮かべ、ルナの後を追って控室を出て行く。その場には、情熱のないアイドルが突きつけた情け容赦ない現実だけが残されていた。




