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7. 氷の美少女による予想外のアドバイス

 音楽番組『ルミナ・ドリーム・ステージ予選会』の生放送が続く中、ヴァルガンのパフォーマンスは静寂の中で終わった。


「ありがとうございましたー! RE:Genesisでした!」


 司会者のよく通る声がスタジオに響く。

 カメラの赤いランプが消えた瞬間、ヴァルガンは大きく息を吐き出した。


「……フン」


 額に滲む汗を無造作に拭いながら、魔王はステージを降りてくる。

 いつもの自信に満ち溢れた表情とは異なり、どこか不完全燃焼な苛立ちを隠しきれていない。


「お疲れ、ヴァルガン! よくやった!」


 タケルはステージ袖で出迎え、手早くタオルと水を渡した。

 笑顔を作ってはいたが、内心は焦りと悔しさに満ちている。


(テレビの壁は厚かったか……)


 スイレイ郷のドキュメンタリーで得た知名度による「事前の期待票」こそあったものの、それだけ。パフォーマンスそのもので視聴者の心を爆発的に動かすには至らなかった。


「……不愉快だ。我の力がレンズごときに阻まれるとは」

「初めての生放送だから仕方ない、俺が勉強不足なのもあった。ライブとテレビじゃ、戦い方が全然違うってわかっただけでも収穫だよ」


 タケルはヴァルガンを慰めつつ、今後の課題を頭の中で整理し始めていた。

 RE:Genesisの強みである、現場を巻き込むパワー。これを活かしたいが、最大の壁は視聴者の顔が見えないという点だ。


「さあ、本日の全パフォーマンスが終了いたしました! これより、視聴者のみなさまからの投票結果の発表に移ります!」


 司会者の声がトーンを一段上げ、スタジオ内の空気がピンと張り詰めた。集計結果は途中で隠され、今は最終的な数字がいくつになったかカウント中だ。

 出番を終えたアイドルたちが祈るように両手を組み合わせ、大型モニターを見上げている。その中には涙ぐんでいるチェリーズの姿もあった。


「見事、『本戦ステージ』への出演権を獲得した上位八組は……こちらです!」


 ジャジャーン!

 派手な効果音と共に、大画面にランキングが表示された。


「ぶっちぎりの第一位は~……ルナさんです!」


 当然の結果だった。

 ルナの獲得票数は二位以下を凄まじい大差で引き離した、完全な独走状態。彼女が作り出したステージは視聴者を魅了し、圧勝を収めたのだ。


(頼む……! なんとか、本戦への切符だけでも……!)


 タケルは祈るように手を握りしめ、ランキングの文字を追った。

 上位に名前は載っていない。下位へと視線を移すと……七位にチェリーズ、八位にかろうじてRE:Genesisが滑り込んでいた。


「この八組が、本戦ステージ進出決定となります!」

「あっぶねええええ~っ……!」

「フン。この順位になるとは、民の目も節穴だな。だが、玉座への道が絶たれぬよう我に票を入れたことだけは評価してやる」


 ギリギリの最下位通過だが、首の皮一枚でチャンスを繋ぎ止めることができた。ヴァルガンは腕を組み、不満げに鼻を鳴らしつつも安堵の色を浮かべている。

 ところが、ランクインした他のアイドルたちの表情は暗い。チェリーズの三人は本戦進出が決まったにも関わらず、拍手しながら浮かべる笑顔に迷いと不安が見え隠れしている。


「それでは、続きである本戦ステージでの戦いをお楽しみに! 『ルミナ・ドリーム・ステージ』でした!」


 司会者が明るく締めくくり、ルナのパフォーマンスだけを印象付けたまま生放送の幕は閉じた。


 *


「出場は決まったけど、このままじゃ本戦もあの子の引き立て役で終わる。どうにかして、カメラへの見せ方を改善しないと……」

「ま、テレヴィの洗礼ってやつだね。お疲れさん☆」


 収録終了後、張り詰めた空気が解けたスタジオ裏の通路。

 深刻な顔をするタケルの前に、チャラい笑顔を浮かべたエリオが尻尾を揺らしながら歩み寄ってきた。


「……お前に色々教えてもらったのに、上手く活かせなかった。ごめん」

「そんな落ち込むなって。本家さんの武器をどうやって届けるか、やり方はあるはずだよ。……っと。オレちゃん、そろそろ次の仕事だわ」


 エリオは腕時計をチラリと見て、肩をすくめる。

 それから、何かサラサラとメモを書き起こしタケルに手渡してきた。どうやら今から始まる収録スケジュールのようだ。


「その時間に終わるから、テレヴィ局入口で待ち合わせようぜ。またアドバイスしてやるからさ♪ そんじゃ、また後でー!」


 ウインクを飛ばし、ひらひらと手を振ってエリオは去っていった。

 タケルは苦笑しつつ、手を振り返して見送る。


「お疲れ様」


 エリオの姿が見えなくなった直後。

 背後から、透き通る無機質な声が響いた。


 振り返ると、そこには──


「あ、お疲れ様です……ルナさん」


 マネージャーのイザベラを伴った、ルナが立っていた。

 なぜ声を掛けられたのかと戸惑いながらも、タケルは慌てて頭を下げる。


「今日のステージ、凄かったです。圧倒的でした」

「……」


 素直な称賛に対し、ルナは何も反応しなかった。

 彼女はタケルをチラリと見た後、スッと視線をヴァルガンへと移す。


「あなたのパフォーマンス、カメラ目線の切り替えが甘いね」

「……何?」


 突然のダメ出しに、ヴァルガンが眉をひそめる。

 予想していなかった言葉にタケルも驚き、ルナの顔を見た。


「特にサビの三小節目。第二カメラから第四カメラへの移動時、目線がコンマ五秒遅れてた。あれじゃ視聴者に『目が合っている』と錯覚させられないよ。ただ虚空を睨んでいるだけに見える」


 ルナはまるでテストの採点結果を読み上げるように、スラスラと具体的な指摘を続ける。何がどう問題だったのか、すべて暗記していると思わせるほどの流暢さ。


「筋肉の躍動感を見せるなら、照明を意識して。メイン照明は上からだから、力任せに動くだけじゃ立体感が薄れて平坦に見える。肩の高さを左右非対称にして体を斜めに捻った方が、胸筋や腹筋の陰影が深く出るよ」

(あれ、めっちゃ教えてくれてる!?)

「力任せに動くんじゃなくて、自分がどうテレヴィの中に収まるかを考えた方がいい。そうしないと、視聴者にはただのノイズにしか映らない」


 テレビという媒体で、何をどう演出すればいいのか。ルナは秒単位、角度単位の緻密なデータとして細かく言語化してのけたのだ。


(この子、冷たい印象だなと思ってたけど……)


 打ち合わせの時は、自分たちに一ミリも興味がないような態度に見えた。だが彼女は生放送中にヴァルガンのパフォーマンスを分析し、こうしてわざわざ改善点を教えに来てくれたのだ。


(もしかして……不器用なだけで、意外といい子なのか?)


 意を決して、タケルはルナに向かって一歩踏み出した。


「あ、あの! ルナさん!」

「何?」

「もしよかったらテレビ向けのパフォーマンスについて、もっと詳しく教えてもらえませんか!?」


 ライバルに対して教えを乞う。

 プロデューサーとしては情けない行為かもしれない。だが、ヴァルガンをテレビの世界で輝かせるためには、彼女の持つ「完璧な技術」を学ぶのが一番の近道だとタケルは判断したのだ。


(断られるかもしれないけど、だけど……!)

「うん、いいよ」

「えっ?」

「一緒のイベントに参加するなら、レベルを上げてもらった方がいいからね。わたしの控室に来て」


 あっさりとした承諾に、タケルは拍子抜けした。

 もっと渋られるか、あるいは見下されるかと思っていたからだ。


「それと、さん付けせず呼び捨てでいいよ。あなたたちとは今後も一緒に仕事をする機会がありそうだし。敬語もいらない」


 ルナはそれだけ言い残し、くるりと背を向けて歩き出した。イザベラが軽く会釈をして、その後を追う。


「よ、よし! 行くぞヴァルガン! あの子の技術を会得するチャンスだ!」

「小娘め。何を企んでおるのか知らんが、すべて吸収してくれるわ」

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