6. カメラのレンズが奪う魔王の牙と熱狂
氷の美少女ルナによるパフォーマンスを終えたあと。
スタジオ内は彼女が作り出した「一切の隙もない、研ぎ澄まされた美」という強烈な余韻に支配され続けていた。
「いやぁ、最高でしたね……! それでは続いてのパフォーマンスに参りましょう。セリーゼ、キルシェ、アマレナ三人による元気いっぱいのユニット『チェリーズ』の登場です!」
軽快なBGMと共に登場したチェリーズ。
衣装はピンクと赤を基調とした王道アイドル風で、リボンとフリルで可愛らしさを表現している。彼女たちの売りは明るくポップな路線。元気な笑顔と息の合ったダンスで、観客を笑顔にするのが持ち味の若手ユニットだ。
ところが、彼女たちの足取りは重かった。
リーダーの少女、セリーゼは緊張した面持ちで中央に立つ。
(あのステージの後に歌っても、笑いものにされちゃう……!)
そんな恐怖と自己否定が彼女たちから輝きを奪っていく。
イントロが鳴り、チェリーズのパフォーマンスが始まった。
だが、その動きは明らかに精彩を欠いていた。
普段なら弾けるような笑顔でアピールするはずの場面で表情は硬く、ダンスのキレも悪い。フォーメーションの移動ではお互いの距離感が掴めず、微妙にぶつかりそうになる始末だった。焦りが失敗を生み、さらなる焦りへと繋がってしまう。
「あーあ。完全に呑まれちゃってるね」
タケルの横でモニターを見ていたエリオが、同情するようにため息をついた。
「ルナちゃんの『完璧さ』が呪いになってる。自分たちじゃ絶対に勝てない、比べられたら恥をかくって思い込んじゃってるわ」
「……」
無言でモニターを見つめながら、タケルは唇を噛んだ。
現場のスタッフたちからも「まあ、こんなもんか」という、冷めた空気と諦めの声が漏れ聞こえてくる。
結果は残酷なまでに数字に表れた。
画面に表示されている視聴者投票のカウンター。ルナの時は凄まじい勢いで跳ね上がっていた数字が、チェリーズのパフォーマンス中は遅々として伸びなかった。
「……はい、ありがとうございましたー! チェリーズのみなさんでした!」
パフォーマンスを終え、ステージを降りてくるチェリーズの三人。カメラに向かって笑いかける彼女たちの目は潤み、完全に戦意喪失していた。
チェリーズの惨敗を皮切りに、他のアイドルたちも次々とルナの呪縛に飲み込まれていった。
実力派のボーカルグループもキレのあるダンスユニットも。誰もが彼女の「完璧なパフォーマンス」という基準を意識するあまり、自分たちの本来の持ち味を見失い……ミスを連発し自滅していく。
(これじゃ、番組自体が『ルナによる公開処刑場』じゃないか……!)
スタジオの空気は完全に冷え切り、タケルは一つの残酷な事実に気づかされた。テレビ局側がルナをトップバッターに据えた意図。彼女が最初にアピールしたことで、後続は否応なしに比較させられてしまう。
投票は複数人に入れて構わないルールだが「最初の子に比べたら微妙だな」と感じさせて差を生み出し、ルナの価値を高める容赦ない仕組み。
「みなさん頑張ってて魅力的ですね! ですが、今のところパフォーマンスはルナさんが一番でしょうか〜? 投票数もぶっちぎりです!」
司会者がフォローのように見せかけて、ルナを持ち上げるコメントをする。
タケルは悔しさで拳を震わせた。他のアイドルたちだって、このステージのために必死に練習してきたはず。それを、ただの当て馬として消費されるなんて到底納得できるものではない。
「……確かにあの子は凄い。だからって周りを萎縮させちゃ、番組が面白くならないだろ……!」
「ま、お偉いさんの狙いはわかりやすいねー。テレヴィに出させてやるから、売り出したいスターの踏み台になれ。嫌な思いはするかもだけど知名度は上がるしいいだろ? ってね」
理不尽に感じているタケルの隣で、エリオは冷静にコメントをする。
酸いも甘いも知っている彼は、どういった狙いでやっているのかという背景も含めて理解している。
「でも、ヴァルガンならこの空気を変えられるはずだ! 頼んだぞ!」
「……」
タケルは祈るように手を組む。
その姿をエリオは少し困った顔で見つめていた。
残念だけどそう上手くいかないと思うよ、と言いたげに。
「さあ、続いては! 辺境開拓ドキュメンタリーで話題沸騰中の筋肉アイドル、RE:Genesisの登場です!」
ついに出番がやってきた。司会者のコールに合わせ、魔王は堂々とした足取りでステージの中央へと向かう。
(ようやくか。さあ、この場を支配してくれよう)
ヴァルガンは不敵に笑い、マイクを握りしめた。
ルナの実力を前にしても、他のアイドルたちが絶望に打ちひしがれていても、魔王の覇気は微塵も揺るがない。
イントロが流れ始め、RE:Genesisがカメラのレンズに映り込んだ。
今回選んだ曲は、サザンクロス島のフェスで観客をハイテンションの渦に巻き込んだ『サマー・スプラッシュ!』だ。勢いよく陽気さを放ち、会場の空気を一気に掌握するキラーチューン。
「行くぞおおおおッ!!」
ヴァルガンは全力で咆哮し、力強いパフォーマンスを披露しようとする。
しかし──
(……ぬ!?)
ステージの中央でヴァルガンの動きが一瞬、ピタリと止まった。
魔王の眉間に、かつてないほどの深い皺が刻まれる。
(なんだ、この違和感は)
後夜祭、新人音楽祭、サザンクロス島、スイレイ郷。これまでのステージでは、魔王が覇気を放てば目の前にいる観客が盛り上がり。その声がヴァルガン自身に還元され、さらに大きな炎となって爆発していた。
だが、ここは無観客の収録スタジオ。
目の前にあるのは無機質に赤く光る魔導カメラのレンズと、冷静に収録対応をするスタッフだけ。画面の向こう側にいる視聴者の「熱」が届くことはない。
(チッ、我の覇気が届いているかわからぬ……!)
エリオから教わった赤いランプを意識する、バミリに合わせるといった基本的なことはできている。だが、それはあくまでテレビで求められる最低限の要素を満たす技術に過ぎない。
苛立ったヴァルガンは、さらに声を張り上げて激しく踊る。
相手の反応がないまま、虚空に向かって一方的にアピールし続けなければならない。テレビ特有の孤独が、魔王のパフォーマンスを空回りさせていた。
(ええい、もっと盛り上げてやる! ここまでやればよかろう!!)
ヴァルガンは吠え、カメラを睨みつける。しかし、その姿は画面越しだとただの怒号のように映ってしまっていた。もどかしさを感じながら、タケルはモニターを見つめている。
「そうじゃない……! ヴァルガン、力の入れどころがズレてる……!」
ライブ会場であれば一体感を生み出す「支配」が成立する。
だが、テレビの画面という枠では通じない。表現が過剰すぎて視聴者には暑苦しく、あるいは滑稽に映ってしまうのだ。
「……やっぱりなー。本家さんの武器は『その場にいる奴ら丸ごと盛り上がる』ことだ。でも、テレヴィじゃそれは通用しない」
視聴者との距離感がわからず、アクセルをベタ踏みで一人吠え続けるヴァルガン。モニターに映るその姿を指差しながら、エリオが冷静に解説する。
「レンズの向こうにいる、顔も見えない連中を相手に『ちょうどいい熱』を作らなきゃいけないからねー。ヴァルガンは今、壁に向かって吠えてるだけだ」
プロデューサーとしてタケルも、ヴァルガンの戸惑いを痛いほど理解していた。
スイレイ郷でのドキュメンタリーは動画編集という魔法で、ヴァルガンの荒々しさを時にコミカルに、時に感動的に見せることができた。
だが、ここはテレビスタジオでの生放送パフォーマンス。本人の力でカバーするしかない、軌道修正の効かない一発勝負。
「今までの経験が、全然通用しないなんて……! くそっ……!」
魔王の鋭い牙が、冷たいレンズという見えない壁に阻まれる。画面の端に表示されている視聴者投票のカウンター。ヴァルガンが全力で吠え、踊っても数字は中々増えない。ルナの時に見せた爆発的な伸びとは比べるべくもない停滞。
RE:Genesisのテレビ初挑戦は、歯がゆいスタートになってしまった。




