5. 番組スタート! 合理性で組み上げたアイドルの『完璧』
「本番入りまーす! 五秒前! 四、三、二……」
フロアディレクターのカウントダウンがスタジオに響き渡り、赤いランプが点灯する。マギア・テレヴィズム放送局のスタジオで、ついに大型音楽特番『ルミナ・ドリーム・ステージ予選会』がスタートした。
「みなさんこんばんは! ルミナ・シティの夜を彩る夢のステージ、今夜はスタジオから熱いパフォーマンスをお届けします」
司会者の軽妙なトークと共に、スタジオの様子がルミナ・シティ中の魔導ビジョンへ、そして各家庭の魔導受信機へとリアルタイムで配信されていく。無観客のスタジオ内は、大勢のスタッフが機材を操作する独特の緊張感に包まれていた。
「この予選会はなんと、視聴者参加型! みなさんのお手元にある魔導端末から、『いいね』と感じたアイドルに投票していただきます。その結果をこちらの大画面に表示!」
そう言いながら司会者が手を伸ばした先、大型モニターには視聴者からの投票数を示すカウンターが表示されている。
「集計結果で見事上位に輝いた八組だけが、後日行われる『本戦ステージ』への切符を手にするサバイバル企画となっております!」
(は~……! こうやって数字入れられる側になると、超緊張する……!)
ステージ袖でタケルは緊張で二の腕をグッとつまみ、隣で仁王立ちし出番を待つヴァルガンを見上げた。
魔王は微動だにせず鋭い眼光でステージを睨みつけている。その巨体から発せられるプレッシャーは、スタジオのピリついた空気の中でも異彩を放っていた。
「それでは早速、最初のパフォーマンスに参りましょう! 今、ルミナ・シティで話題の蒼き新星……ルナさんの『Absolute』です!」
司会者の高らかなコール。
普通、こういう番組では一番の目玉となる大物は後半やトリに持ってくるもの。しかし、今回は初手でルナを投入するという異例の構成。
(出し惜しみなしで、最初からメインを見せつける気か……!)
タケルが息を呑む中、ステージの照明がスッと落ち……青白いピンスポットが中央を照らし出す。
ルナはミニとロングのスカートを組み合わせたステージ衣装──マレットドレスで佇んでいる。淡い髪色を際立たせる、深い蒼色から白へのグラデーション。
丁寧に編み込まれたレースと、アクセントとして取り入れられたパールの装飾とリボン。正面から見れば少女の愛らしさ、横や背面から見れば着せ替え人形の造形美。ただ立っているだけなのに、視線を外すことができないほどの美しさ。
イントロが鳴り響く。
彼女のパフォーマンスが始まった瞬間、スタジオが。
否、レンズを通じた世界中の空気が一変した。
「♪ありえないこと、ありえないもの 水面に映る月が、本物になるような」
決して力強い声ではない。薄く淡く、なのに響き渡る不思議な歌声。
何よりも目を奪われるのは「完成された動き」だった。
曲のテンポ、振り付けの角度、指先の伸び。リハーサルの時でさえ寸分の狂いもなかったが、本番のルナはそれすらも凌駕していた。
第一カメラから第三カメラへと切り替わるコンマ数秒のタイミングを完全に予測し、切り替わった瞬間にバッチリと目が合う。照明が顔に当たる角度を計算し尽くし、最も美しく見える一瞬の表情を作り出す。
「♪僕たちにとっての、ただ一つの答えを まるで最初から、知っていたような」
もはや生身の人間が踊っているとは思えない。極限まで無駄を削ぎ落とした最高の一枚絵を、連続してパラパラ漫画のように見せていると思えるほどの精度。
(す、すげぇ……。あの子は『画面の向こう側の視聴者』に向けて、徹底的にフォーカスを合わせてるんだ……!)
生の反応がなくても、ルナのパフォーマンスにはなんの影響もない。彼女はただ、用意されたプログラムを狂いなく実行する精密機械のように美の結晶を画面に映し続けている。
「♪運命なんて言葉では説明できない 偶然なんて言葉では済まされない」
「……やべーな」
タケルの少し後ろで、同じくモニターを見ていたエリオが真剣な声で呟いた。
チャラい態度は完全に消え失せ、プロのアイドルとしての目つきになっている。
「息継ぎのタイミングや、髪の毛の揺れ方すらコントロールしてる。合図を見るんじゃなく、いつカメラがスイッチングするか予測してそっちに顔を向けてるんだ」
「予測……!? パフォーマンスしながらそんなことできるのか!?」
「普通は無理。スタッフがどんな画を欲しがるか理解して、それに合わせて動いてる。だから、見切れることも不細工に見えちゃう瞬間もない。あんなの人間業じゃねぇよ」
その解説を聞いたタケルは、背筋が寒くなるのを感じた。
自分がステージでどう動けば画面で最も美しくなるのか。それを極限まで追求した、メディアに特化した恐るべき才能。
「♪あらゆる論理の果てに 輝く"絶対"を知っただけ」
(……これが、神殿公認アイドルの実力か)
タケルはモニターから目を離し、少し離れた位置に立っているルナ専属マネージャーのイザベラを見た。
彼女は静かにステージを見つめている。自分の担当アイドルがこれほどのパフォーマンスをしているのだから、誇らしげにしていてもおかしくないはず。なのに、イザベラの横顔は寂しげだ。
「あの……凄いですね、ルナさんって。あんなパフォーマンス、どうやって指導してるんです?」
「何も」
微かな恐れを含む驚嘆と好奇心から、タケルは思わず彼女に声をかけていた。
しかし、イザベラはタケルの方を振り向くことなく、力なく微笑んで答える。
「♪僕と見つめ合おう それで君は満たされる」
「あの子は自分ですべてを計算して、実行しているだけです。曲の解釈も、振り付けの構成も、カメラの動きも……すべて彼女の頭の中で完結しています」
イザベラは手元の分厚い手帳を見つめ、自嘲するように目を伏せた。
「私はただ、スケジュールを管理しているだけの……お飾りみたいなものですから」
その言葉に、タケルは強い違和感を覚えた。
プロデューサーとアイドル。マネージャーとタレント。本来なら二人三脚で悩み、ぶつかり合いながら共にステージを作り上げていく関係のはずだ。RE:Genesisがそうであるように。
「♪他には何もいらない 絶対、そうでしょ?」
だが、ルナは完璧すぎるがゆえに自己完結してしまっている。彼女の周りには誰も立ち入る隙がない。たとえそれが、マネージャーであったとしても。
*
「ありがとうございました! ルナさんでした!」
ルナのパフォーマンスが終わり、無観客のスタジオは一瞬の静寂に包まれ……スタッフたちから割れんばかりの拍手が湧き起こった。
プロの裏方たちですら、圧巻のステージに素直な称賛の声を漏らしている。
そして、画面の端に表示されている視聴者投票のカウンター。
ルナのパフォーマンス中から凄まじい勢いで数字を跳ね上げ、曲が終わった時には他を置き去りにするほどの票数を叩き出していた。
(いや、とんでもない数だぞ!? トップバッターでこんなの叩き出されるなんて……どうしろってんだ!?)
異次元とも言える差を見せつけられ、顔を引きつらせて固まってしまうタケル。
ルナは息一つ乱すことなく、涼しい顔で一礼してステージを降りてくる。
彼女の瞳が、舞台袖で待機している他のアイドルをスッと一瞥した。特に理由のない、ただそこに居る人々を眺めただけの行為。
それだけで、アイドルたちに絶望と恐怖が広がった。
「あ、あんなの……勝てるわけない……」
「ルナちゃんの後なんて、どうすれば……」
「でも、もうすぐ出番だし……!」
出番を待っていた三人組ユニット『チェリーズ』のメンバーが、青ざめた顔で震えだした。他のユニットも同様に、ルナが作り出した空気に萎縮しきっている。
(マズい、このままだと出演者全員が『ルナの引き立て役』で終わっちまう……!)
「フン。人形劇は終わりか? よくできた見世物だが、あんな冷ややかな代物で我の覇道を阻めるわけがなかろう」
危機感を募らせているタケルの隣で、いつも通り自信満々なヴァルガンの声が響く。ルナの圧倒的な力を前にして、魔王の心は折れるどころか燃え上がっていた。
ヴァルガンの目には、彼女のステージは「よく計算されたプログラム」にしか映っていなかった。魔王が求める支配の在り方とは全く違う方向性。ゆえに、揺らがない。
「……全然気圧されないのが頼もしいよ。バシッと決めてこい、ヴァルガン!」
「うむ。任せておくがいい」
RE:Genesisの出番が、刻一刻と近づいてきていた。




