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4. エリオ先生が教えるかんたんスタジオ講座

「お前、なんでここに……!?」

「なんでって、オレちゃんお仕事あるから。テレヴィ局に来るなんてしょっちゅうよ?」


 派手なアクセサリーを揺らしながら、エリオは得意げに胸を張った。

 サザンクロス島でのフェス以降、彼もまた自身の力で活動の幅を大きく広げているらしい。


「収録終わったら、どっかで聞いたことある声がしてさー。スタジオ覗いたら本家さんたちがやらかしてたわけ」

「うっ……見られてたのか」

「あんな暴れ回ったら、カメラマン泣かせだって。あの子たちのリハが終わるまで時間あるっしょ? せっかくだし、オレちゃんが教えてあげてもいーけど」


 エリオが指差した先では、三人組ユニット『チェリーズ』のリハーサルが始まろうとしている。彼女たちは少し緊張した面持ちで、床のバミリを確認していた。


「マジで!? すげぇ助かるよ、ありがとう……!」

「フン。貴様がどうしてもと言うなら聞いてやるとしよう」

「はいはい、こーいうとこでもいつも通りなわけね。んじゃ、やるとしますか」


 相変わらず上から目線のヴァルガンをエリオは軽く受け流し、ステージの端へ二人を誘導する。チャラい笑顔を浮かべつつも、その目は的確にタケルたちの問題点を見抜いている様子だ。


「テレヴィの基本、その一! カメラを覚えろ」


 そう言いながら、エリオは宙を浮遊する魔導カメラの一つを指差した。リハ中のチェリーズを見ていると、赤いランプが切り替わっていく様子が見える。


「赤く光ってるやつあるじゃん? あれが『映してるカメラ』の合図。そこに向かってアピールしないと、視聴者と絶対に目が合わないんだよ。だから一カメ、二カメって番号も含め把握しとけってこと」

「ほう、そういう仕組みだったのか。ならば最初からそう説明すればよいものを」

「いちいち説明してたら撮影終わんないって。で、その二! バミリを把握せよ」


 エリオは床に貼られた目印のテープを足で軽くトントンと叩く。


「事前にこの印……バミリに演者が立つよう決めてんの。で、それに合わせてカメラや照明はセッティングしてる。そこからズレたら顔に影ができたり、画面から見切れる。ヴァルガンのデカい体ならなおさらね」

「なぜ我がそのような小さな印に縛られねばならん、自由度が下がるではないか」

「逆だよ逆、『画面という枠』を支配するんだ。そのパワフルさを、四角い枠の中にギュッと圧縮して詰め込む。そう考えたら、ちょっと燃えてこない?」

「……ふむ。圧縮して詰め込む、か」


 縛られるのではなく、支配する。エリオの絶妙な言葉選び。

 魔王としてのプライドを刺激する表現に、ヴァルガンの瞳に興味の色が宿った。


「その三! 照明は常に意識しろ」


 エリオは天井やステージ側面の照明を指差しながら移動し始めた。位置によっては影が強まり、顔や体が見えづらくなることを実演していく。


「こんな感じで、適当に歩いたら影が入りすぎて台無しになるわけ」

「ほんのちょっとのズレで、ここまで変わるものなんだなぁ……」

「光の入り方で見栄えは全然違うものになる。カメラと合わせて考えなきゃ、目線は合ってるのに肝心の画が微妙なんてこともあるから気をつけなよ~」

(視聴者にどう映るか、こんなふうに意識するのか。覚えておかないと……)


 ライブ会場ならヴァルガンのパワーで場の空気を丸ごと飲み込んできた。しかし、テレビではレンズというフィルターを通すため別の工夫が求められる。

 教えてもらったアドバイスは、タケルにとってテレビというメディアの仕組みを理解する大きなヒントになった。言われたことをしっかりメモしていく。


「サンキュー、エリオ。マジで勉強になった!」

「ふっふーん、もっと感謝してくれてもいーよ? ……おっ、チェリーズのリハ終わりっぽいね」


 視線を向けた先ではチェリーズの三人がディレクターからOKと声をかけられ、ホッとした表情でステージを降りてきていた。


「ディレクターに掛け合って、もう一回だけリハやらせてもらおうぜ。オレちゃんが頼んでやるよ」

「えっ、いいのか!?」

「前に仕事したことある人だから、まーいけるっしょ。ちょい待ってな」


 エリオはタケルにウインクを飛ばすと、ディレクターの元へ小走りで向かった。

 人懐っこい雰囲気の営業スマイルを浮かべ、近づいていく。


「お疲れ様でーす! ディレクターさん、ちょいお願いがあるんすけど☆」

「ん? ああ、エリオくんじゃないか。どうした」

「さっき、RE:Genesisがリハ失敗してたじゃないすか。オレちゃん、あいつらに色々レクチャーしたんで、もう一回だけやらせてくれません?」

「え、本当に? 大丈夫なのかい……?」

「絶対良くなってるんで! ね、このとーり!」

「……まあ、まだルナさんも来てないしなぁ。そこまで言うなら一回だけ」

「あざーっす!」


 距離感近めのこなれた交渉術と、既に業界で一定の地位を確立しているエリオからの口利き。そのおかげで奇跡的に再リハーサルの許可が下りた。

 スタッフに促され、再びステージに立つヴァルガン。


「頑張れ、ヴァルガン! エリオの教えを思い出すんだ!」

「言われるまでもない。我の学習能力を舐めるな」


 ヴァルガンは目を閉じ、集中する。

 合図の声と共にイントロが流れ始めた。


(赤い光、バミリ、照明……!)


 目を開いた魔王の巨体が躍動する。

 先ほどまでの暴走とは違い、床のバミリから極端にズレることなく動きをコントロールしている。そして、魔導カメラの赤い光が点灯した瞬間。


 ビシッ!


 ヴァルガンはカメラを真っ直ぐに睨みつけ、キメのポージングで己の筋肉と覇気を画面の中へ叩き込んだ。


「おおっ……!」


 モニターを見ていたフロアディレクターが感嘆の声を漏らした。

 その後もヴァルガンは、エリオに教えてもらったコツを活かしつつスムーズにリハを進めていく。


「さっきと全然違うぞ……! エリオくん、どんな魔法を使ったんだ?」

「はいオッケー! 本番もその感じでお願いします」

「ありがとうございます!」


 スタッフから称賛の声が上がり、ステージのヴァルガンは満足げに鼻を鳴らした。嬉しさのあまり、タケルはエリオに駆け寄って肩をバンバンと叩く。


「エリオ! お前のおかげだ、ありがとう! 神だよ神!」

「あいてて、褒めてくれてどーも」

「それにしても、まさかエリオくんと仲良しとはねぇ。フェスで競い合ったんじゃなかったっけ?」


 ディレクターからそう聞かれたエリオは、グッとタケルの肩を寄せてからニシシと笑う。


「そこでマブダチになったんすよ! タケルのこと大好きだから、オレちゃんのマネージャーになってくれって頼んでるくらいで♪ あ、このあとの収録も見学していいすか?」

「そこまで仲がいいなら歓迎だよ。何かあったら彼らのフォロー頼むよ?」

「うーっす、もちろんでーす☆」


 話しかけてきたディレクターが確認のため他スタッフの元へ向かっていく。

 そのタイミングで、タケルはくっついていたエリオをグッと押し返した。


「お前なぁ、仲良し営業するにしたって露骨すぎないか?」

「え~? オレちゃんの熱烈アピールを営業扱いなんて傷つく~」

「あーはいはい。本当に助かったよ、ありがとな」


 タケルは呆れ半分で適当にあしらい、エリオの腕から抜け出してヴァルガンの元へと向かった。


「……本気なんだけどな、オレ」


 *


 それからしばらく経った頃。

 スタッフたちがリハを踏まえ放送に向けたセッティングを進めていると、スタジオの入り口が静かに開いた。


「すみません、遅くなりました。すぐリハを始めます」

「ルナさん入りまーす! 音響、照明、カメラ、スタンバイ!」


 別番組の収録を終えたルナが、マネージャーのイザベラと共に合流してきたのだ。彼女は挨拶も最低限に済ませて、そのままスッとステージの中央に立つ。


 スタッフの表情が一瞬で引き締まる。

 音楽が鳴った瞬間──スタジオの空気が塗り替えられた。


(……なっ!?)


 どんなふうになるのかと眺めていたタケルの目が釘付けになる。

 バミリから一切ブレることのない、ミリ単位で計算された移動。魔導カメラが切り替わるコンマ数秒のタイミングすら合わせる、一切の無駄がない魅せ方。照明が当たる瞬間に合わせて作られる、機械のように正確で美しい表情。


 ルナはリハーサルの時点で「完璧」そのものだった。

 彼女は歌い踊りながら、常にカメラにどう映っているか計算し続けている。「画面に映る自分」を客観的かつ徹底的にコントロールした、究極の最適化。


「うへぇ、マジか。あの子、バケモンじゃん」

「……エリオの目から見てもヤバいのか?」

「とんでもないくらいね。いきなりのリハで、動きは既に計算済み。たぶん、カメラと照明の位置を見ただけで『スタッフがどう動くか』まで考えてるっぽいな」


 テレビの酸いも甘いも知るエリオの解説が、彼女の異常性をさらに際立たせる。

 ルナのパフォーマンスは研ぎ澄まされていて、美しくて……恐ろしかった。


「さっすがルナちゃん、神殿公認アイドルだね~。直で見たのは初めてだけど、すげーわ」

「えっ!? 神殿って……じゃあ、あの子は国に認められたアイドル!?」


 タケルは以前、セレイナに説明されたデビュールートのことを思い出していた。

 ステラのような完全独立ルート、RE:Genesisのように組織と協力する公的機関推薦ルート。そして、国が厳格な審査で認める神殿公認ルート。


「そ。めっちゃ高いハードルを突破した上で選ばれた、エリート中のエリート様ってわけ。国と提携してる事務所に所属してるから、ガチで推されてんだろうね~」

(ってことは、まさか俺たち……目玉を際立たせるための『その他賑やかし要員』として呼ばれたのか……!?)


 テレビ局側が用意した意図。美しいルナを引き立てるための当て馬、それがRE:Genesisの役割。レオンが言っていた「何か怪しい」と考えていたことが当たっていたのだとタケルは痛感する。


(……くそっ! そうだとしても、噛ませ犬で終わってたまるか……!)


 生放送本番が迫りくる中。

 ルナのリハーサルはあっさりと終わり、RE:Genesisとの実力差を見せつけたのだった。

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