3. 大混乱のリハ、現れたのはチャラい救世主
「では、特番『ルミナ・ドリーム・ステージ予選会』の進行について説明しよう」
番組プロデューサーが、手元の資料をポンポンと叩きながら口を開く。
「本番が始まったら、このスタジオで出演者がパフォーマンスを披露。その映像は生番組としてルミナ・シティの魔導ビジョンや、各家庭の魔導受信機へリアルタイムで配信する」
資料には参加予定のアイドル一覧が載っており、かなりの数が揃えられていた。
一組につき二~三分程度アピールすると考えると、司会による合間のトークも含め一時間尺でちょうど収まるくらいだ。
「で、視聴者は魔導端末から『いいね』と思ったアイドルに投票できる。その集計結果で上位に入ったら、後日行われる『本戦ステージ』への出演権を獲得するっていうサバイバル企画だ」
(生放送で視聴者投票……日本でやってるオーディション番組みたいなシステムってわけか)
タケルは興奮を隠しきれず、テーブルの下でグッと拳を握りしめた。
審査員の評価や観客の拍手だけでなく、不特定多数の視聴者の心を直接動かして票をもぎ取る。ここで勝てばRE:Genesisの知名度とステータスは一気に跳ね上がる。まさにスターへの登竜門だ。
「我を讃えたくなるよう、愚民どもの目にこの姿を焼き付ければよいのだな? 造作もない。テレヴィを通じて王たる魅力を叩き込んでやる」
魔王の自信に満ちた宣言にプロデューサーは「新人のくせに態度でけーな……」と言いたげな顔でジロリと見てから、視線をルナの方へと移す。
「ルナ君、何か質問や要望はあるかい? もし調整したい点があるのなら、すぐスタッフに伝えるよ」
「ありません」
普通のアイドルならプレッシャーを感じるか、あるいは闘志を燃やす場面。
だが、ルナの感情は一切揺らがない。手元の進行台本を捲りながら、先ほどと同じ抑揚のない声音で答えた。
「特に気になる点はないです、その他のことはリハで確認すれば大体覚えられるので。大丈夫だと思います」
「おお、流石はルナ君。話が早くて助かるよ」
「で。そろそろ時間だよね、イザベラ」
「えっ? ……あ、ああ、そうだったわね」
ルナから話を振られ、慌ててイザベラは手帳を開く。
今日の予定を指でなぞりながら確認し、プロデューサーに顔を向けた。
「すみません、これから少し別収録が入っておりまして。合同リハですが、ルナは本番前に別途確認でよろしいですか?」
「あー、そんな話出てましたね。ルナ君なら直前のリハで問題ないでしょう。別番組、頑張ってください。じゃ、事前確認はここまで。RE:Genesisさんはこのあとスタジオでよろしくー」
打ち合わせ終了となり、プロデューサーやスタッフたちは一足先に部屋を出ていった。ルナも立ち上がり、足早に会議室のドアへと向かう。
「あの、ルナさん! 改めて、本当にありがとうございました。一緒に番組、盛り上げましょうね」
タケルは彼女の背中に向かって声をかけた。
ピタリと足を止め、ルナがゆっくりと振り返る。
「どういたしまして。本番もよろしく」
事務的にそれだけ言うと、彼女は再び前を向いて会議室を出て行った。イザベラが「失礼します」とタケルたちに軽く会釈をし、慌ててルナの後を追う。
「……なんだろうな、あの子」
タケルは閉まったドアを見つめながら、ポツリと呟いた。
「冷たいっていうか、なんかこう……俺たちに一ミリも興味ないですって感じだったけど」
「気にするな。あの小娘がどうあろうと、我がすべてを捻じ伏せることに変わりはない」
「遅刻したのに全く動揺してないお前のメンタルが羨ましいよ、俺」
*
「それじゃ、五グループ目のリハ始めまーす!」
ルナが退出した後、残された出演者たち──RE:Genesisを含むアイドルは生放送に向けたリハーサルのため、広大なスタジオへと移動した。
天井には無数の魔石が照明として吊るされ、床には立ち位置を示す色とりどりのテープがバミリとして貼られている。空間のあちこちには映像を捉えるための魔導カメラであろう、水晶玉のような機材がフワフワと浮遊していた。
(これがスタジオか~……! 当たり前だけど、スイレイ郷で俺が回してた手持ちカメラとは何もかもレベルがちげぇ……)
最新鋭の機材と、慌ただしく動き回る大勢のスタッフたち。
これから自分たちがこの場所で大勢の視聴者に向け、アイドルとして売り込んでいくのだという実感が湧いてくる。
「まず、RE:Genesisさんお願いしまーす。立ち位置とカメラ割りの確認からいきますよー」
「ヴァルガン、頼むぞ! ここでバシッと決めてアピールするんだ!」
「窮屈な場所だが、我の覇気を見せつけるには十分だ」
フロアディレクターの指示を受け、ヴァルガンが堂々とした足取りでステージの中央へと向かった。
音楽が鳴り響き、RE:Genesisのパフォーマンスが始まる。これまで培ってきた圧倒的な声量と、ダイナミックな筋肉の躍動。ライブであれば、いつも通りの勢いを見せつけられるだろう。
ところが。
「あー、そこでカメラに目線もらえますか?」
「ぬ? どこを見ればいいのだ?」
「ちょ、ヴァルガンさん! 位置は足元のバミリに合わせて! ズレてますよ!」
「ばみり? とはなんだ!? いきなり意味のわからんことを言うな、いちいち足元を見ていられるか!」
「あー待って待って、それ以上前に出ないで! そこ照明当たりづらいから顔が真っ暗になっちゃいます!」
四方八方から飛んでくる、スタッフたちの専門用語と細かい指示。
自由なアピールに慣れていたヴァルガンにとって、テレビスタジオの「枠に収まること」を要求されるルールはあまりにも勝手が違いすぎた。
「チッ……! ええい、鬱陶しい!」
さらにヴァルガンを苛立たせたのは、周囲を動き回る複数の魔導カメラだった。
魔王の動きに合わせて水晶玉が様々な角度から接近し、時には顔のすぐ横まで回り込んでくる。
「我の顔の周りをチョロチョロと飛び回るな、蝿め!」
ブンッ!
我慢の限界が来たヴァルガンは顔の横に寄ってきた魔導カメラを、まるで巨大な虫を払うかのように太い腕で力任せに払いのけようとした。
「どわああああああっ!? 何してんだああああっ!!」
タケルが血相を変えてステージに飛び出し、間一髪のところでヴァルガンにしがみつく。
止めていなかったら、間違いなくカメラに拳がぶつかって大惨事だった。
「バカ! テレビ局の機材ってことは、とんでもない値段するはずだぞ!? 壊したらヤバい額の借金背負うかもしれないからやめろ!!」
「ええい離せ! こんな煩わしい玉なんぞ、粉々に砕いてくれるわ!」
「今回は物理で解決できる話じゃないっつってんだろおおおお!」
パフォーマンスはしっちゃかめっちゃか、立ち位置はガン無視、カメラの枠からはみ出しまくり。RE:Genesisのリハーサルは大失敗に終わった。
*
「あのねぇ、テレヴィをなんだと思ってんの!?」
リハーサル終了後。ステージ袖で、タケルとヴァルガンはディレクターから激しい説教を受けていた。
「そんな素人丸出しの動きじゃ、生放送なんて任せられないよ! カメラマンが泣いてたぞ! あーもう、最悪だ。なんでこんなことに……」
「……ほう? 貴様、我を素人呼ばわりするとはいい度胸だ」
ヴァルガンの眼光が一瞬、鋭く光った。
スタジオの空気がピリッと凍りつき、ディレクターが怯えたような表情になる。
「だああああ余計なこと言うんじゃない! すみません! こいつキャラ作りが過剰なだけで、悪意はないんで!」
「……キャラ作り、なぁ……」
「ご迷惑かけて本当に申し訳ないです、本番までにはなんとかしますんで!」
「だから、その本番まで時間ないんだよ!? ……とりあえず、次! チェリーズの三人はスタンバイして!」
ディレクターは忌々しげに吐き捨て、足早に去っていった。
残されたタケルは、ガクリと肩を落として頭を抱える。
「マズい……このままじゃ放送事故になる……!」
「あんな狭い箱庭でチマチマ動けと要求する方が間違っている。我の力を発揮できるわけがなかろう」
(うぐぐ、どうすりゃいいんだ……!? 俺もテレビ収録は初めてだから正解がわからない……!)
タケルも事前に下調べはしてきたものの、実際にやるのとは勝手が違いすぎて対処方法が見えない状況だ。
このままではテレビという「画面の枠」に収められないし、本番でほぼ間違いなく何かやらかしてしまう。二人はあらゆる意味で未知数の存在、テレビという大きな壁の前で完全に手詰まりとなっていた。
「あーれま。本家さん、テレヴィのお作法がこれっぽっちもわかってないね〜?」
その時。
聞き覚えのある、軽薄でチャラい声が響いた。
タケルが顔を上げると、そこには──
「やっほ、おひさー☆」
明るい金髪のマンバンヘア、筋肉を見せつける胸元が大きく開いたシャツ、ジャラジャラとしたアクセサリー。狐耳と尻尾が楽しげに揺れている。
かつてサザンクロス島で勝負を繰り広げたライバル、エリオがニヤニヤと笑いながら立っている。ひらひらと手を振り、颯爽と二人の前に歩み寄ってきた。
「へっ……エリオ!?」
「しょーがないなぁ。困ってる本家さんのために、オレちゃんが特別にレクチャーしてあげるよ♪」




