2. テレビ局の中は迷宮でした(本当)
ルミナ・シティの華やかな商業一等地にそびえ立つ、巨大な建造物。
魔導映像伝達放送局──マギア・テレヴィズム放送局の本部にタケルとヴァルガンは辿り着いた。
建物の壁面には、無数の青い魔力ラインが幾何学模様を描いている。建物の頂上には電波塔ならぬ、水晶のアンテナが設置されていた。外で撮影をしているのか、宙に漂う魔導カメラと慌ただしく出入りする関係者たちの姿も見える。
(す、すげぇ……。これが、異世界のテレビ局……!)
溢れ出る業界らしさに当てられ、タケルはゴクリと唾を飲み込んだ。
今日はいよいよ、音楽特番『ルミナ・ドリーム・ステージ予選会』の打ち合わせ兼開催日。チャンスをモノにするべく、この日に備えて入念なヴァルガンのレッスンも改めて行った。
タケルはプロデューサーとしての威厳を保つため、アイロンをかけたYシャツにフォーマルなベストという、かつての社会人時代を彷彿とさせるビシッとした勝負服でキメている。
「ついに本格的なメディア仕事だ。局スタッフへの挨拶回りも、名刺代わりのヴァルガンまんじゅう(改良版)で準備オッケー。気合入れていくぞ!」
「我が赴いてやっているんだぞ。向こうから直々に出迎えるのが筋ではないか?」
「あのな。俺たちはテレビ業界じゃ新人なんだから、デカい態度とるなよ。……あと、なんでお前はいつものパーカーなんだよ」
気合十分のタケルに対し、ヴァルガンは相変わらずのパーカースタイル。鍛え上げられた分厚い胸板と腹筋が惜しげもなく披露されている。お偉いさんが集まる場所だというのに、こんな格好で打ち合わせに向かうのは正気の沙汰ではない。
「この服こそが我の正装であろう。これ以上ない格好だ」
「もうちょっと小綺麗に……いや、下手にスーツ着せても筋肉で破れるから無駄か……」
「よくわかっておるではないか」
「理解じゃなくて諦めだよ。ふー……よし、行くぞ!」
タケルは自らを鼓舞するように両手で頬を叩き、エントランスへと向かう。
局の入口にあるガラスのドアは、二人が近づくと自動で左右に開いた。どうやら魔力による感知システムが導入されているらしい。広々としたエントランスロビーは、まるで高級ホテルのような雰囲気だ。
「おはようございます。本日『ルミナ・ドリーム・ステージ予選会』に参加する、RE:Genesisですが」
「少々お待ちください……はい、RE:Genesisのタケル様とヴァルガン様ですね。本日は第四十三階層の『第四会議室』で打ち合わせとなります」
(四十三階? 確かに大きい建物だけど、そんな高さあったっけ……?)
「こちらの局内マップをご利用ください」
受付の女性に声をかけると、彼女はにこやかに一枚の紙を差し出した。
「ありがとうございます。四十三階へ行くにはどうやって……?」
「空間接続扉をお通りください。お渡ししたマップの光が現在地を示しますので、そちらを参考に進んでいただければ到着いたします」
軽く会釈をして紙を受け取ると、表面に描かれた局内マップの上に青い光の点がチカチカと点滅していた。
タケルたちが受付から離れると、同じように青い光も移動する。
「これが現在地ってことかな……? よくわかんないけど、行ってみよう」
マップには「奥の扉へお進みください」と書かれている。タケルは指示された通りロビー奥にある重厚な扉を開けた。
一歩足を踏み入れた瞬間──目の前の景色がぐにゃりと歪んだ。
「うわっ!?」
通り抜けた先はエレベーターホールなどではなく、窓一つない石造りの長い回廊だった。壁には等間隔に、同じデザインの扉がズラリと並んでいる。
「なんだここ……急にダンジョンみたいになったぞ……」
「ふむ。空間が継ぎ接ぎされているな、巧妙な空間魔術だ」
「へー、だから建物の大きさに関係なくたくさんの階があるのか」
タケルが手元のマップを見ると、現在地を示す光の点が先ほどとは全く違う棟の階層にワープしていた。
そしてマップの指示は「三つ目の扉を開けてください」となっている。
「この指示通りに行けばいいんだよな。一つ、二つ、三つ……よし、ここだ」
タケルが三つ目の扉を開けると、今度は機材が山積みになった巨大な倉庫のような場所へと出た。
目の前を、荷物を抱えたスタッフたちが小走りで通り過ぎていく。彼らは慣れた様子で倉庫の奥にある別の扉を開け、一瞬で姿を消した。
「倉庫っぽいけど、この道で合ってるのか? ……ん?」
手元のマップを見ると「扉を開けるタイミングが遅れたためルート変更」と表示が出ていた。
「……おい待て。これ、一定時間ごとに位置関係が変わるのか!? どうなってんだよこのテレビ局!」
「チッ、回りくどい構造にしおって。繋がりがパズルのようになっているのだな」
パニックになるタケルをよそに、すれ違ったスタッフの会話が耳に入る。
「何やってんだ新人! 大道具の搬入はそっちじゃねえって!」
「す、すみません! ルートが毎日ランダムで変わるから、覚えられなくて……!」
「防音性確保と機密保持、あと魔導機材の干渉を防ぐためだから仕方ねえだろ。これがなきゃ機材搬入が地獄だし、ちゃんと専用端末見て覚えろ」
(新人にはキツいって、俺たち今日が初めてなんですけど!?)
タケルは心の中で絶望的な声を上げた。
効率化・防音・機密保持・魔力干渉の防止。条件を満たすため、この建物全体が複雑怪奇な設計で構築されていたのだ。
局員たちは専用の魔導端末で常に最新のルートを把握しているためサクサク移動できるが、来客用の簡易マップを渡されただけのタケルたちにとってはまさに無理ゲー。
「いや落ち着け! とにかく指示に従って……は? 十二番目の扉に行けって、どっから数えて十二なんだよこれ!?」
「ええい、鬱陶しい! なぜ我がこんな回りくどいことをせねばならんのだ!」
十五分後。
開けても開けても目的地に着かない無限ループに、ついにヴァルガンの堪忍袋の緒が切れた。魔王はギリッと歯を食いしばり、拳に赤黒い魔力を集中させ始める。
「こうなれば力でこじ開けるまで! 壁ごとぶち抜いて直通の最短ルートを切り拓いてくれるわ!!」
「やめろおおおおおっ! テレビ局を物理的に破壊したら出禁通り越して一発で逮捕だ!」
タケルは全速力でヴァルガンの腕に飛びつき、必死にぶら下がった。
振りほどかれないよう、足で魔王の胴体を蟹挟みにする。
「離せタケル! こんな迷宮で我の貴重な時間を奪われるなど屈辱の極みだ!」
「頼むだから我慢してくれ! 俺のプロデューサー生命がかかってるんだよ!」
*
「はぁっ、はぁっ……」
迷宮の洗礼を浴び続け、約束の時間を三十分も過ぎた頃。
タケルは息も絶え絶えになりながら、ようやく『第四十三階層・第四会議室』と書かれたプレートの掛かる扉の前に辿り着いた。
「や、やっと着いた……。一生彷徨い続けるかと思った……」
「おのれ、無駄に歩かせおって。なぜ我がこんな徒労を味わうハメになるのだ」
ヴァルガンも不機嫌MAXで舌打ちをする。
迷宮内でキレて力を使おうとする魔王を全力で止めながらの移動は、タケルの体力と精神力を根こそぎ奪っていた。
「とにかく入るぞ。まずは遅刻の謝罪からだ……!」
タケルは乱れた呼吸を整える間もなく、ノックしてから震える手で扉のノブを回した。
「失礼します、RE:Genesisのタケルです! 遅れて大変申し訳ありません! 局内で迷ってしまいまして……!」
勢いよく部屋に飛び込み、九十度の角度で深々と頭を下げるタケル。
背後からヴァルガンがゆっくりと入室したが、全く悪びれない態度で腕を組んだ。謝る気ゼロである。
「……キミたちねぇ。生放送の番組を舐めてるのかい?」
頭を下げたタケルの耳に冷たい声が降ってきた。
恐る恐る顔を上げると会議室の長テーブルの中央には、いかにも業界人といった風貌の番組プロデューサーが足を組んで座っていた。その周囲には、数人のスタッフが険しい顔で並んでいる。
「申し訳ありません! 決してそのようなつもりは……!」
「言い訳はいい、こっちは分刻みのスケジュールで動いてるんだ。キミたちとの打ち合わせ時間は、とっくに終わってる」
そう言いながら、プロデューサーは苛立たしげに腕時計をトントンと叩いた。
「もう帰っていいよ。予選の出場者は、他にいくらでもいるんだから」
(ヤバい……! ここで門前払いされたら、ヴァルガンのチャンスが……!)
タケルの顔からサァッと血の気が引いていく。
迷宮構造のせいとはいえ遅刻は遅刻。秒単位で動くテレビという世界で、時間にルーズな相手がどれほど嫌われるか。社会人経験のあるタケルには痛いほどわかっていた。
「──あの。彼らに同席してもらうのはどうですか。わたしは構いません」
タケルが土下座して頼み込もうとした、その時。
会議室の奥から透き通った声が響いた。
タケルが目を向けると、そこに座っていたのは二人組。一人は分厚い手帳を抱えた生真面目そうな、二十代半ばのスーツ姿の女性。もう一人はアンティーク人形のような美しい少女だった。
銀髪のようにも見える淡いブルーアッシュの髪が、室内の光で静かに輝いている。何より目を引くのはサファイアブルーの瞳。一切の感情を排したかのように凪いでおり、底知れない深さを持っていた。
「ルナ君……。しかし、彼らは……」
プロデューサーが困惑したように声をかけるが、少女──ルナは表情を変えずに淡々と口を開く。
「番組の打ち合わせ内容は、全員同じですよね。別々に説明するより一緒に進めた方が、スタッフさんのスケジュールも圧迫しないと思います。イザベラもそれでいいよね?」
声をかけられたマネージャー、イザベラが小さく頷く。
ルナがプロデューサーに頼んだ言葉の意味だけ考えると、タケルたちをフォローしてくれているような内容だ。
「まあ、ルナ君がそう言うなら……。ほら、そこ座って。彼女に感謝するんだね」
「ありがとうございます……!」
プロデューサーは渋々といった様子で頷き、顎で席に座るよう促した。
安堵の息を漏らし、タケルは慌てて指定された椅子に腰を下ろす。ヴァルガンも鼻を鳴らしながら隣に座った。
「……あの、ルナさん。同席させてくれて本当にありがとうございます。助かりました」
タケルは、助け船を出してくれたルナに向かって頭を下げた。
彼女はRE:Genesisをチラリと一瞥し、小さく会釈だけを返すと手元の資料へと視線を戻してしまった。
呆れも優越感も、興味すらも全く浮かんでいない。道端の石ころを見たような無機質な視線。
(……なんだ、この子?)
タケルの背筋に一瞬、冷たいものが走った。
これまで見てきたアイドルたちとは根本的に何かが違う。感情が見えない。
(面白い。まるで氷のような小娘だな)
ヴァルガンもまた、ルナの放つ異質な空気を敏感に感じ取っていた。




