25. さらばスイレイ郷、日常への帰還
「おはようございまーす!」
「おお、兄ちゃん! 昨日は楽しかったのう」
「領主様のおかげで元気が出てきちゃったよ」
大宴会から一夜明けた翌日。
タケルが村の広場へ顔を出すと、片付けや農作業を始めている村人たちが次々と笑顔で挨拶を返してくれた。
明らかに、龍神様頼みだった頃の空気とは違う。自分たちの手で村を良くしていこうという、生き生きとした活気が感じられた。
「我を見かけた時の挨拶に張りが出てきたな。良い心がけだ」
「……お前、あれだけ酒飲んで全然影響ないのすごいなぁ」
タケルの隣を歩くヴァルガンはケロリとしている。
昨夜は遅くまで村の男たちと酒を飲み交わしていたはずだが、二日酔いの気配など微塵もない。むしろパワーが有り余っているほど、足取りは軽やかだ。
「おお、タケルではないか。昨日は世話になったな」
「ハクロウさん!」
広場の中央には、村人の後片付けを手伝っているハクロウの姿があった。彼から感じられるオーラ──マナの充実ぶりが、昨日までとは段違いだった。
大宴会の熱狂は祈り以上のポジティブな魔力供給となり、ハクロウの力を大きく回復させていた。見た目は変わらないが以前の疲れ切った雰囲気と違い、内側から溢れるエネルギーを感じさせる輝きに満ちている。
「ハクロウさん、なんか……めっちゃみなぎってる感じですね?」
「クカカ、そう見えるか? 漲っておるのが自分でもわかるぞ。やはり、誰かと笑い合うというのは良いものであるな」
「ではこれで、スイレイ郷は我の領土ということでよいな?」
「は?」
「今それを言うんかい!!」
突然の領主宣言にハクロウは渋い顔をし、タケルは思わずツッコんだ。
そもそも、この村にやってきたのはヴァルガンの「一国一城の主になる」というワガママから始まったこと。主張したくなる気持ちは当然とも言える。
「まあ、お主のおかげでこの村が救われたのは事実。一応、名誉領主くらいには認めてやろうかの」
「名誉だと? 実権を寄越せ」
「それは儂が決めることではないな、村の者たちが判断することよ」
「ええい、龍神のくせに民任せとは無責任な」
「……朝から何騒いでるの」
「お、リンファ。おはよう」
そのやり取りを見ていたリンファが、呆れたようにため息をつきながら歩み寄ってきた。彼女はタケルに短く挨拶を返すと、少し照れくさそうに視線を逸らした。
「あのさ。あたしがアイドル活動なんて、柄じゃないとは思うんだけど……」
昨夜の勢いで「アイドルでも何でもいい」と宣言してしまったことを、少し後悔しているような口ぶりだ。だが、その態度はネガティブなものではない。
「でも、ハクロウさんと村のみんなで盛り上げるって決めたから。……わからないなりに、頑張ってみる」
「おおっ! ホントか!」
彼女の言葉を聞き、タケルは嬉しそうに小躍りした。
アイドル文化が広まるのは喜ばしいことだし、村興しの要素としてもわかりやすい。ハクロウとリンファが中心となって活動すれば、スイレイ郷は必ず活気を取り戻せるはずだ。
「じゃあルミナ・シティに戻ってから、冒険者ギルドに相談して何か協力できないか提案してみるよ」
「ギルド? あたしたち、冒険者じゃないけど」
「そういう細かいとこは大丈夫、俺たちと提携してるし。ルート開拓とか、特産品流通とか、プロモーション連携とか……人の流れが生まれたら、もっと賑やかになるはずだ」
プロデューサーとして、次の展開を見据えたスイレイ郷の宣伝戦略を熱く語りだす。そんなタケルの様子を見て、リンファはくすりと笑った。
「じゃあ、期待して待ってる。無理でしたなんて言ったら怒るからね」
「もちろん。任せてくれ!」
そんなことを話しながら、笑い合っていると──
近くで、ドサッという音がした。
振り返るとレオナルドが掃除用の箒を放り投げて地面にへたり込んでいた。瞳は潤んでおり、肩を震わせている。
「領主候補もできた、荒れ地問題も解決、結界も安定……私は、ようやくルミナ・シティに帰れるんだな……!」
限界集落の管理という、誰の目にも触れない地味で過酷な任務。
その中間管理職の重圧からようやく解放されたレオナルドは、人目も憚らず大号泣し始めた。
「うおおおおん! 長かった……! 毎日落ち葉ばっかり掃く辛い日々がやっと終わるぅぅ……!」
「あはは……本当にお疲れ様でした」
タケルは苦笑いしながら、レオナルドの背中をポンポンと叩いて慰めた。
*
そして、スイレイ郷を出発する時が近づいていた。
村の入り口にはタケルたちを見送るために多くの村人たちが集まっている。
「マリアンヌさんも、本当にありがとうございました」
「お気になさらないでください、これも神の導きですから。……次にわたくしを呼ぶ時は早めに連絡してくださいね? 今回のような無茶な依頼をしたら容赦しませんよ?」
「ひいいい! はい、ホントすんません! マジでそこは反省してます!」
マリアンヌは結局、ヴァルガンの魔力暴走のリスクについては誰にも話さなかった。今はまだ、その時ではないと判断したからだ。だが……いつ、どのタイミングが「その時」なのか。その答えは、彼女の中で見つかっていない。
「……と、来たようですね」
そう言うと、マリアンヌは空を見上げた。遥か上空には、彼女を迎えに来た聖アイディール教会の飛空船が向かってきているところだった。
「では、わたくしはこちらで。ごきげんよう」
マリアンヌは軽やかに跳躍し、光の羽を展開して空へと舞い上がる。そのまま風に乗って、一直線に飛空船へと向かっていった。
「退場もド派手だなぁ……」
「あの、領主様……」
タケルが感心していると、村人たちがモジモジしながら近づいてきた。
彼らの手には、小さな木箱が抱えられている。
「これ、記念に作ってみたんじゃ。お受け取りください」
「ありがとうございます! 見ていいですか?」
村人が頷いたのを確認し、タケルが木箱を受け取って蓋を開けると……中には茶色くて丸い奇妙な形をした饅頭がぎっしりと詰まっていた。
「む。我の顔か?」
ヴァルガンが怪訝な顔で饅頭を一つ摘み上げた。
怒ったような、笑っているような、なんとも言えないデフォルメされたヴァルガンの顔を模した『領主ヴァルガン様まんじゅう(試作品)』だった。
「フン、悪くない出来だ。我の威厳がよく表現されておる」
「え!? これいいんだ!? お前の感性よくわかんないよ!?」
魔王の謎センスにツッコミを入れつつも、ありがたく木箱を荷物に詰めた。
こういったお土産も立派な村興しの第一歩だ。
「よーし。じゃあ、行ってきます! また必ず来ますからねー!」
「カカカ、楽しみに待っておるぞ」
「ちゃんとあたしたちの活動、見に来てよ!」
リンファやハクロウ、村人たちの温かい声。
それらを背に受けてタケルとヴァルガン、泣きはらした顔のレオナルドはルミナ・シティへの帰路についた。
*
数日間の過酷な馬車の旅を経て。
タケルとヴァルガンは、ようやくルミナ・シティへと続く魔導列車の駅に到着した。レオナルドはこの都市で手続きがあるとのことなので、分かれて帰ることになった。
「はぁ〜……やっと文明の利器だ。ケツいってぇ~……」
列車に備えられたふわふわクッションの座席に深く沈み込み、タケルは心底ホッとしたため息を吐いた。
窓の外の景色が、ゆっくりと後方へ流れていく。列車の心地よい揺れに身を任せながら、タケルの頭の中はすでに次の仕事の算段でいっぱいだった。
(帰ったら、まずは動画の確認と編集。あと、ギルドに報告してルート開拓の提案をして……)
やらなければならないことは山積みだ。
だが、村興し企画から大宴会まで走り続けてきたこと。また、長旅で溜まった疲れがここに来てどっと押し寄せてきた。
「ふぁ……」
タケルのまぶたが重く垂れ下がっていく。
思考がまとまらなくなり、首がカクンと落ちそうになる。
「タケル」
隣に座っていたヴァルガンが、静かに声をかけた。
「ルミナ・シティに着いたら起こしてやる。それまで寝ていろ」
「え……? でも、編集の構成とか、今のうちに考えとかないと……」
「今は休め。これは命令だ。貴様が倒れては、我の覇道に支障が出るからな」
ヴァルガンの声は有無を言わさぬ威厳を含みつつも、穏やかな声音をしていた。
その言葉に安心したタケルは、睡魔に抵抗するのをやめた。
「ん……わかった、ありがと……」
心地よい疲労感と共に、あっさりと深い眠りに落ちていく。
窓から差し込むオレンジ色の夕日が、タケルの無防備な寝顔を照らし出していた。魔導列車の振動に合わせて、その頭が不安定に揺れる。
「……」
ヴァルガンは、その寝顔をしばらく見つめていた。
それから自分の身体にタケルを寄りかからせ、頭を支えるように座り直す。
かつて世界を支配した魔王を前にして。
これほど呑気に眠ることができる人間など、この世界で彼一人だろう。
「……世話の焼ける奴だ」
ヴァルガンは誰にも聞こえないほど小さく、優しく呟いた。




